滅びた砂の国
逆さの摩天楼へと落ちていくと、途中で何かをくぐったかのような感覚の後に風景が変わる。視界に入るのは、砂漠と何らかの遺跡の残骸。俺たちは砂漠の上にある船の甲板の上にいた。
「ぺっぺっぺっ。砂まみれになってもうたわ」
「文乃さん、簡単ですよ。夢の世界なのですから、自分が砂まみれになるわけがないと思えばいいんです」
「さらっと文香ちゃんは頭おかしいこと言いよる。見てみ、ユウも砂まみれやん」
「ユウさんは砂まみれで冒険してる感が見えていいですよ」
文乃さんのフミカを見る目が、かわいそうな子を見るような目になる。そこで学習したのか、隙あらばからかおうという雰囲気が消えた。
「ところで、このふね――」
「はい、空飛ぶ船です」
「空を飛ぶんか」
「はい、ストーク号です。ファンタジーでの冒険といえば、やはり空を飛ぶってのは大事ですよね! 楽しくなってきませんか?」
「あぁ、うん。せやな、だから落ちつこ? ここ熱いし」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、夢の世界だから――」
「熱くないと思えば熱くない、やろ」
そういうフミカの姿は、それを実践できているのか一切汗をかいていない。それに比べてしまうと、文乃さんは滝のような汗をかいており、その長い金髪が肌にはりついていた。
「それで、何でこんなところにいるん?」
「この滅びた砂漠の国の遺跡に、空飛ぶ船の伝承が石碑にありまして。それで冒険して見つけましたので、これに乗って別の場所に行ってみようかなと」
フミカはそう言うと、船の舵がある方へと向かって舵を握る。すると突然ひとりでに船の帆が広がり、船の底から船体を這うように寒いぐらいの風が吹き上がって船体が浮かび上がる。
「違う、そうやない。いやあってはるけど、聞きたいことはそうやない」
「ここに来る時は前回来る時と同じに場所に出ることが多くてな。すまんな、フミカはこうなると、ちょっと話が通じづらくなってな」
「つまり、あれか。ユウは夢の中でいつも夢見る少女のロマンにつきあってると」
「それが皮肉ではなく、ただの事実確認でしかないのが、驚きだよなぁ」
そんなことを言いながらも、甲板から見晴らしのいい場所へと移動し、下を見下ろす。空飛ぶ船から見える風景は、目に見える範囲では砂と古代王国の残骸だろう遺跡が点々としていた。遠くと見れば向かっている先にはオアシスが、別の方向を見れば砂嵐が舞っているのが見える。
「ほー、いい眺めやな。ゆうても飛行機に乗って見える風景と――」
「それ以上いうと、フミカが涙目になって面倒になると思うから、素直に称賛だけした方がおすすめだな」
「あ、せやね、うん」
「お二人だけで何を話してるんですか?」
フミカは舵から手を離しており、こちらに歩いてきていた。
「いい風景だなって言ってただけだな」
「せやせや。あれ、舵から手を離していいんか?」
「大丈夫ですよ。オート運転できますので」
「オート運転なんて空飛ぶ船にあるんやな……」
「はい、思った場所にまで行って欲しいって思うと動いてくれるんですよ!」
ニコニコと船の凄さを語るフミカを眺めながら、ふと船の後方をみる。何やら地上からこちらを狙っているかのような竜巻が船体に衝突し、大きく船が揺れる。揺れた拍子に二人がもつれてこちらへと倒れかかってくる。それを受け止めた直後に、再度船が揺れる。身体が浮かび上がることを感じることと同時に、二人が船から落ちないように強く突き飛ばす。
「ユウさん!」
突き飛ばして二人が一緒に船から落ちないのを見届けながらも、そのまま地上へと落ちていく。夢の中なんだから、痛いはずがない。
そう思いながら地上にぶつかると、砂の中にばふんと勢いよく叩きつけられる。一瞬だけ砂が巻き上がったことにより周りが見えなくなったが、すぐに強い風がふいたのか、視界が良好になった。ストーク号はオート運転だからか、いつのまにか遠いところまでいっていた。
立ち上がって、竜巻がとんできた方をみてみる。するとそこにいたのは茶色い毛並みの狼男がいた。目が血走っており、その身体の筋肉という筋肉から煙を上げており尋常ではない様子であった。
「アァァ、お前を殺して、俺は名をあげるぅ!」
そいつはこちらの返答を待つ前に、駆け出し殴りかかってきた。反射的に後ろに下がってしまい、砂に足をとられて大きく足を投げ出した形で転んだ。結果としてそれがよかったのか、相手の足を引っ掛ける形になり相手は勢いのままに大きくすっとんでいく。
「まったく、一体なんなんだ」
「ルォォォォォ! 我は世界を統べるもの! このような家畜しかいない世界には用はない! 我は、ウォルフな――」
何やら名乗りをあげようとしていたのだろう。ウォルフという自己紹介が聞こえた直後に、砂の中から飛び出た巨大な芋虫――サンドワームにその狼男は空中へ跳ね飛ばされる。そして空中から自由落下していくそいつを、サンドワームは大きな口を開けて、飲み込み、噛み砕く音が聞こえる。
「断末魔が聞こえなくてよかったといえばよかったとはいえるが、ピンチだよなぁ」
その名前を名乗った狼男を食べたサンドワームは、異常な変化をとげる。砂漠が保護色となっていたはずのその体皮は、真っ赤な色へと変わる。頭(だと思われる)ところにしかなかった口が、体皮のあちらこちらが赤色に変わると同時に新しく口が開く。そして、頭の中に響くような低音で、声をあげた。
「おぉ、天啓なり! 天啓なり! 我は名を授かった! 我が存在強度は昇華せし!全てを喰らうがために我は動こう! 我が名はウォルフナーガ! まずは手始めに貴様をくらおう! 小さき名もなき肉よ!」
その言葉とともに、体皮に口だけではなく、無数の目が生えてそのすべてがこちらを一斉に見る。
「まったく、人のことを名前がないっていうのは勘弁して欲しいものだ」
「で、あれば名を唱えよ! その名ごと食らいつくし汝の世界を喰らいつくそう!」
「お前に名乗る名前などない!」
フミカが言っていたことを思い出す。名前を求める化物に名を教えてはならない。それがファンタジーの約束だと。
雷のような音と、空気を切る音が響く。それと同時に目の前のウォルフナーガとやらに何かがふってきて、そいつの頭上に突き刺さった。
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