爺さまと煎餅

「なにもない離れじゃが、母屋は孫娘二人が使っておるでな。流石に家主とはいえ勝手に男を招き入れるものでもないだろう」


 そういって、この屋敷の主である鷹司恭司たかつかさきょうじ氏の居室である離れの方に連れてこられた。歩いてくる途中でみかけたのは、少女といえなくもない人が一人いたぐらいだった。

 何もないというその離れには、ちゃぶ台一つに座布団、あとは本棚があった。ちゃぶ台の上には古めかしい電子ポッドに湯呑と急須、煎餅がある。確かに今風ではない上に娯楽になりそうなものもなければ、本好きでもなければ辛い空間だろう。


「さて、ジジイの入れる茶になるが、そこは勘弁してくれると助かるよ」

「あ、やりますよ」

「いいから、いいから」

「いやいや、やらせてくださいって」

「気が利くのう」


 電子ポッドから急須へとお湯をだし、その湯気をみながら一度湯呑へとお湯を移す。そして急須に戻す。


「ほう」

「湯冷ましの器がないのでそこはすいませんが」

「よいよい、それは誰に教わったのかな?」

「前にふみ……白鷺さんに」

「そうかそうか。なるほどの」

「何がなるほどかは分かりませんが、できましたよ」

「茶葉に関する知識がつけば完璧じゃの」


 正直茶缶に入ってる状態の茶葉じゃ、何か分からないので、それを言われたら辛いところだが。よく考えたら何しにきたんだったかと思いつつ、二人して煎餅を噛み砕く音を離れに響かせる。


「それで話なのだが……大学病院での件じゃな」

「……それはつまり?」

「あまりこういうことをいうのはあれではあるが、タイミングが悪いというかの。永遠に朽ち果てずにいられるということに対して価値を抱くものというのはおるもんでな。ある意味わしの家内もそれに似たものではあったが」

「大学病院で何が起きたかというのはご存知ということですか」

「その通り、といえばその通りであるし、そうでないといえばそうではない」


 そんな話をしていると襖が開き、先程の少女がお盆にお茶請けに用意してくれたのか、羊羹を持ってきてくれた。


「そうだ、紹介が遅れたね。これが私の家内だ」

文藻あやもと申します。フミカのフミに、海藻のソウを合わせて文藻あやもと読むんですよ。どうぞよしなに」

「その自己紹介は流行ってるんですかね……」

「あらあら、名前の漢字を間違えて覚えられると困るもの。名前というのは大事なものよ。それで貴方のお名前は聞かせてもらえないかしら」

「由城 由です。自由の由と城で由城に、自由の由です」

「大変な事情でもあったのねぇ。それじゃあわたくしは少し、フミカと話すことがあるので、これにて」


 そういって文藻さんはお盆を持って退出していった。それを見送っていると声をかけられる。


「君は家内を姿に見えていたかね?」

「ちょっとその質問の意味が分からないのですが」

「なに、その反応でだいたい分かったからいいだろう。それで先程の話の続きをするとだが、つまるところ今すぐどうこう、というわけではないが危険なことが差し迫るかもしれないの」

「何故そんな話に」

「謎の病でコールドスリープ状態の永遠の若さで、それを起こす鍵が一つ。それを元に眠らずに永遠の若さで怪我もせずに済むかもしれない研究ができる、といえば分かるかね」


 流石に現代でそんな永遠に生きるために何でもするような話について聞きたくなかった。


「まぁ、とはいえ。そういう事を露見しないようにしっかりとお口チャックをするのであれば、どうとでもなるだろう。口は固くな」

「ご忠告はありがたく」

「あとはそうだな、己を強くしっかり持つのだぞ」

「それは一体?」

「まだ今は話す時でないでのう」

「もったいぶりますね」

「夢の中でフミカと出会ったというのであれば、その先で分かるじゃろうよ」


 一体この人は何をどこまで知っているのか、その言葉で少しばかり考えてしまう。とはいえ、答え合わせなんてしてくれそうもなし。それなら一旦忘れたほうがいいと思い、煎餅をかじる。


「うむ、それでいい。口を固くすることは本当に大事だとも。それとあと一つ」

「まだ何かあるんですか?」

「文香は奥手だと思うからそんなこと口に出さないとは思うが、せっかくの関係だし、たまにはどこかに二人で旅行にでも行ってくると――」


 恭司氏がそう言い出したタイミングで、襖がすごい勢いで開く。そして飛んでくるお盆が恭司氏の背中に直撃する。襖の向こうには文藻さんがいた。


「コホン。由城君、文香ちゃんが待ってるわ。お爺さんの話はもう終わってるでしょう? ほらほら、女の子を待たせない」


 そういって、文藻さんに背中を押されていってしまう。横目に恭司氏をみると、笑顔で軽く手をふってくれる。いやそれでいいのか、と思いながらも、母屋の方へと連れていかれる。母屋へと繋がる廊下でフミカと文乃さんが二人で何やら話していた。


「お、ようやくのおでましやな。待ちくたびれたで」

「由城さん、何かお祖父様は変なこと言ってたりしませんでしたか?」

「うーん……口は災いの元だから気をつけろ的な……」

「ほー、爺さまが忠告してくれるて、よほど見込まれたんやな。どや、文香のコレやないんていうなら、うちと付き合わへん」


 そういうことはご勘弁を苦笑しながら告げる。別に後ろの文藻さんの笑顔と圧が怖いわけじゃあないです。


「ほらほら、お客様を廊下に立たせるものじゃないでしょう?」

「せやせや、ほなうちの部屋にでも」

「もう悪ふざけしないでください、文乃さん。由城さん、行きますよ」


 文乃さんと文藻さんががんばってーと野次をいれるのを尻目に、フミカに連れられていった部屋には、本棚が壁一面に並び、様々な蔵書がある部屋だった。


 

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