「寝ましょう」

「もう一度聞くようですが、お祖父様には何か変なこと言われませんでしたか?」

「軽く茶飲んで、煎餅と羊羹食べて、軽く口は災いの元になるかもしれないからみたいな教訓を訓示してくれた」

「本当にそれだけですか?」

「後はちょっと、大学病院の件で時の権力者に気をつけろぐらい」


 そうですか、と言われて顔色が暗くなるのをみて、返答をまずったかなと一瞬思う。とはいえ隠すのも不誠実だし。


「どうかしたのか?」

「いえ、私が考えなしのせいで、こんなことになってごめんなさい」

「あぁ、いいよ気にしないで」

「ですが……」

「あー、わかったわかった。じゃあ何で連れていこうと思ったか教えてくれ」


 こんな様子をのフミカを見るのははじめてであった。てっとり早く話題をそらすために、件の大学病院に何故連れて行こうと思ったのかを聞いてみる。


「うぅ……えーと、その」

「……?」

「夢でないことを確かめたかったのです。私の妄想の中だけではなく、現実にユウさんがいるっていうことを」

「それだけだったら、あの本屋とカフェじゃダメだったのか」

「ダメなんです。もしかしたら傍目私が一人で二人分の買い物をしていたのを、主観的には夢と現実の見境がなくなってしまっている可能性もありましたので」


「いやいやそりゃないでしょ」

「世の中にはそういう病があったりするんですよ。無自覚でそうなっていないということを誰が保証してくれるのでしょうか」

「哲学的な質問だけど、考え過ぎじゃないか?」


 イケメンなやつならば、俺がいるなんていうキザったらしいことを言うのかもしれないが、そんな甲斐性なんてない。そもそもそういう関係でもないし。


「むむむ……では哲学的な話はまた今度の機会にしましょう」

「今度にするんだ」

「はい、時間のある時に。今はまずは大学病院の件についてですが」

「何かしたいことがあるのか?」

「寝ましょう」

「はい?」


 夢の中での冒険で調べたいという意味と理解するのに少しばかり時間がかかってしまった。その反応でフミカは何かおかしいことを言ったのかと首を傾げたが、次の瞬間には顔を真っ赤にしていた。

 そして襖の向こうでガタガタという音が聞こえる。揺れる襖をスライドして開けると、そこには文乃さんと文藻さんの二人が襖に近づいていたのか、耳に手をあてて聞き耳をたてていた。


「何してるんですか、お二人とも」

「いやー青春してんはんなぁ」

「まさかこんな時間から文香ちゃんの方から誘うとはなぁ、やっぱり女は恋をすると変わるのねぇ」

「そういう意味じゃないです!」


 わいわいがやがや。女三人寄れば姦しいとはまさにこのことか。フミカが言い訳をすれば、それを二人がからかいはじめる。二人はちらちらとからかう度にこちらに目を向けるが、口出しをすれば火の粉が飛んでくるものにわざわざ口をつっこみはしない。つっこみはしないのだ。


「もう、ですから。そういう関係ではなくて、夢の中で出会って」

「夢の中で出会うって運命の赤い糸とか前世みたいな話で夢があるわねぇ」

「せやけど、そういうのを押し付けたら、重い女にしかみえへんやん」

「分かりました……今夜それを証明します……皆で一緒に寝ましょう」


 スマホをいじって話が終わるまで待っていたら、フミカが錯乱したかのような答えを出していた。その目は完全に据わっていた。二人はからかいすぎたことを謝るが時すで遅し、証明するまでは全員一緒に寝ることを決めたようだ。


「なので、由城さん。今日は泊まっていってくださいますよね?」

「え、そんな流れだっけ?」

「一緒に寝ることができれば、きっと証明出来ると思うんですよ」

「いや無理じゃないか……?」

「いやぁ……まさかこうなるとは、すまへんなぁ。ここは一つ男らしくわがままにつきあってやらへん?」

「完全に巻き込まれ感」

「若い男の子と同じ布団に入るっていうと、すごい背徳的ねぇ」

「文藻さんはちょっと何言ってるか分からないです」


 何故かそういうことになった。今の時間はすでに夕方だった。ここで話してる間に料理の準備が進んでいないためにテンヤもの……出前をとることになったようだ。

 女性陣が最終的に合意した注文内容はケータリングでサンドイッチのパーティーメニューにしたようだ。出前には違いないが、高級な感じの出前になったようだった。女性陣は食べたいものを少しずつ食べては、残りをこちらに差し出してきた。すすめられたら食べざるをえないが、最終的には満腹で動けなくなるまで食べることになってしまった。

 風呂もすすめられたが、さすがにそこまでと遠慮をしてみた。が、臭い殿方とは一緒に寝ることができないのでと据わった目で見られてしまえば、入らないといけないというか、一悶着ちょっとあったが。

 そして気がつくと畳の上に布団が敷かれており、4人川の字に。恭司さんはそもそも夕方にはもう寝てた模様。見た目は若いだけに、行動が普通に年配の方なんだなぁとしげしげと、左にフミカ、右に文乃さんで挟まれて思うのであった。


 

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