春眠症候群
フミカと高峰教授(自己紹介してもらった)に連れてこられた場所にいたのは、何重にも存在を隠すかのような、セキュリティが高く隔離された場所だった。
ベッドに寝かされている患者は、自分ところの大学で見たことあるようなモヤを纏っていた。違いとしては頭のてっぺんから糸が通ってきた道筋に伸びてきていることである。
「由城さん、これが本物の春眠症候群の患者です。」
「本物って言われても偽物も見たことないし」
「由城さんなら、この纏っているオーラが見えますよね?」
「モヤモヤ?」
フミカが言うには、見えているモヤはオーラと名付けたという。
「おや、そのオーラという話は初耳だね。分かってて黙っていたのかい?」
「他に見えていそうな人もいないのに、言い出したらどうなるか高峰教授にも分かるでしょう。」
「よくあるインチキ霊媒師やら祈祷師の輩と思っちゃうよね。でも実際にそういうインチキを連れてきた教授方やら学生諸君はいたけど、誰もそんなオーラについては言ってないわねぇ。本人の日頃の行いが悪いだの、先祖供養だのばっかりだったね」
二人が話してるのを聞きながら、なんとなく気になった糸を指ではじいてみる。ピンと張った糸をつつくのと似たような感覚だが特に音はでない。二人がこちらに振り返りそうな会話の流れになったので、一度糸いじりをやめる。
「では由城君、この春眠症候群について今大学側で把握してる内容について軽く説明してあげよう。こんなおばさんの解説と、フミカちゃんのありがたい解説どちらがいいんだい?」
「ノーコメントしてもいいですか?」
「高峰教授、お客さん来てる時ぐらい真面目に解説してくださいよ」
「ははは、すまないね。さて、春眠症候群は見ての通りただ寝てるだけにしか見えない病状だ。さて由城君に質問だ。この患者はこうなってから何ヶ月たったと思う?」
そう言われて観察をしてみる。心音をとるための機械がこの部屋に置かれているが、点滴等は見当たらない。普通のホテルの一室かのようだった。顔色をみても、ただ寝ているだけにしかみえない。
「ちょっと分からないですね」
「適当な予想ではなく、そこで素直に分からないといえるのはとても褒められるものだね。で、答えだけど……この状態のままで、ほんの2ヶ月かな、分かるかい?そのおかしさが」
「おかしさについては私から説明しますね。通常1週間程度の寝たきりが続くと筋力が10%前後低下します。2ヶ月も寝たきりであれば、筋力が約6割ほど低下してやせ細ってくるのですが、見ての通り健康体のままです。」
「排泄物もなし、発汗等もみられない、まるで魔法でコールドスリープでもされてるかのような状態なのだよね。それ以外にも、面白いものを見せてあげよう。少しナースコールするから待ってくれ」
そういって高峰教授の言う通り待つと、ナースコールで呼ばれた看護婦が点滴を持ってやってくる。高峰教授に指示をされて、点滴をしようと腕をとり針をさそうとするがその針を患者の腕におしあてると刺さる気配がなかった。フミカのいうところのオーラによって阻まれているように見えた。
「見ての通り、点滴が通らないでね。その状態で2ヶ月の間栄養等の補給が出来ていないのに、この健康体だ。ニュースでみたことはあるかもしれないが、運転手が春眠症候群に陥り事故をおこしたというのもあったが、大炎上してもまったく無傷だったそうだ」
説明を受けている間に、看護婦が点滴を片付けて退出する。手持ち無沙汰に話を聞いてるだけしかないので、糸をついついいじってしまう。そしてプツン。
「「あっ」」
「どうしたんだい?」
切れた糸のオーラは、それぞれが繋がっている方に引っ張られていくかのようにどこかへと行く。そして患者の方に糸が吸収されて見えなくなると、オーラが変色し、大きく膨らんでいく。膨らんだオーラは一瞬で部屋を覆い尽くした。
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気がつくと、病室ではなく森の中にいた。周りを見渡すと、いるのはフミカと高峰教授だけだった。近づいて様子を見ようとしたら、フミカが先程とは違う服装になっていることに気づく。紺色のスリットの入った動きやすいワンピースドレスと長手袋にカチューシャ。いつもの夢の中で冒険する格好だった。
「……ここは」
「フミカ、服装変わってるぞ」
そう指摘すると起き上がったフミカは自分の格好を確認するために、身体をひねってあちこち見ていた。
「ユウさんは……服装変わらないですね……」
「まぁ、大した問題じゃないだろ。高峰教授を起こしてもらってもいいか?」
「分かりました」
フミカが高峰教授を起こそうと揺すったり、声をかけるもまったく反応がなかった。こちらに顔を向けて、ダメですと伝えてくる。
どうしたものか、考えているうちに、足元が軽く揺れる。まるで大きなものが近づいてくるようであった。近くの木がバリバリと音を立てる。その音の先を見る。
――巨大な影が木を踏み倒し、音を立てていた。まるで雑草かのように木を踏みつける姿を見上げれば、湾曲した牙がバチバチと凶悪な光を放ち、その全容を照らす。
その場に現れたのは、一軒家を優に超えるマンモスだった。
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