変わった世界、変わらない関係

 大学構内にいた人間の8割が一斉に短時間眠っていた、なんて醜聞があれば理事会にとっては不都合な事実で。大学運営に支障をきたすということでその事実は公開されることはなかった。とはいえSNSで拡散するやつがいるだろうから時間の問題と思われる。そこに都合よくテレビを意図的に壊した学生がいるということで、謹慎処分をされた。汚い都合ではあるが、SNS拡散に対する牽制だろう。森谷教授いわく、はじめは停学処分をしようとしていたところをどうにか取り下げてくれたらしい。

 たった1日でそこまでの迅速な会議が済ませられるところには誠に感心するが、遺憾の意であることを森谷教授に伝えつつも、大学に出てすぐにそれをゼミで言われたものだから、帰るしかなくなった。


 仕方なく普段できないことをやろうと思い、本屋でも巡ろうと考えた。電子書籍が普及した今、本屋にあるのは立ち寄ることで電子書籍端末での試し読みができるスポットだった。それではいつもと変わりがないので、紙の本を扱うレトロな本屋を探すことにした。

 ネットで検索をすれば、そういったレトロなお店はいくらでもでてくる。少しばかり電車での遠出となってしまうが、どちらにせよ時間はある。そうして見つけたのはとある大学のある駅に近い本屋であった。





 そのレトロな本屋へと入ると、まるで物語に出てくるようなファンタジーの雑貨屋みたいな内装をしていた。一歩その床板を踏みしめれば、木の床板が軋みをあげる。このご時世わざわざ本屋を開くのであれば、ただ陳列してるだけであればよほどの物好きでなければ来ないのだろう。

 そう思いながら蔵書を眺めていると、内装を反映したかのようなラインナップで、ファンタジー作品が多く並んでいた。


「あっ、ごめんなさい」

「あ、こちらこそすいません」


 本棚に手をのばした際に、たまたま同じように手をのばした女性の手とぶつかる。この近くにいる大学生なのだろうか。少し影があり、儚げな印象を感じる。目元のメガネを隠すほどにその長い黒髪は目についた。オドオドとした様子で、こちらを見て何かを言い出そうとしてるのだろうか。こういう時ならば大抵はすぐに別の本棚に行くか目当ての本を取りに行きそうなものだけど。


「そ……の……どこかでお会いしたことありませんか……?」


 そう言われると、会ったことあるような、会ったことがないような。

 首を傾げていて悩んでいると、彼女は一旦本を置いて、メガネを外す。そして自分の前髪を両手で抑えて。


「これでどうですか、

「あっ……?」






 その後、時間があるとのことで近くのオシャレなカフェに入った。いい時間だったのか、時間限定のティータイムサービスがあった。


「レモンティーに、チョコレートケーキかな、フミカは何にする、奢るよ」

「え、そんないいですよ」

「まぁまぁいいからいいから」

「うぅ……分かりました、お言葉に甘えまして、同じものがいいです」


 そのリクエストを聞いて、注文をしてから話し始める。


「なんか奇妙な感じですね」

「ある意味オフ会みたいなものだけど」

「夢であったことある人たちのオフ会って、客観的に見ていろいろな意味で恥ずかしいですよね……」

「そこはまぁ、思ったけどさ。まぁ、改めて自己紹介するか?」

「あ、はい。白鷺 文香しらさぎ ふみかです。大学では心理学を専攻しています」

「これはどうもご丁寧に。由城 由ユウキ ユウです。大学では社会学を少々」

「ユウユウ?」

「ユウユウ」


 お互いに顔を見合わせて、タイミングがあったかのように小さく笑う。こんな名前であるのは大した理由はない。元々が別の苗字だったから自然な名前だったが、諸事情で親の再婚により苗字が変わったのだ。


「でもまさか、本当に出会えるとは……」

「本当に出会える、って?」

「あ、すいません、こちらの話です。はどうして、あの本屋に? 今までお見かけしたことはないと思うのですが」


 その質問に、昨日あった大学での出来事を話す。一斉に春眠症候群に陥った状況やあの子の声が聞こえたこと、そして笑い声について。


「そんなことが……春眠症候群ですか」

「何か知っていることでもあるのか?」


 ケーキをつつきながら、彼女に聞く。それを聞かれて何か思う所があるのか、ケーキを口に運んでいたフォークをくわえてちょっと唸っていた。


「春眠症候群、って何でしょうね」

「原因不明の昏睡状態とは聞いてるが……」

はその患者……といっていいかはわからないですけど、その人たちをみて何か変なところはありましたか?」

「慣れないのであれば、今までどおりの呼び方でいいからな? それで変なところかといえば、何か変なモヤが見えたな」

「実は、春眠症候群の症例では回復した事例というのは本来ないんです」

「え、でもテレビではそんなこと言ってなかったし、実際にうちの大学の連中は起きたわけだし」

「それがおかしいことなのですよ。この後時間をいただいてもいいですか? 一緒に私と大学に行ってもらえませんか?」






 彼女についていくと、大学病院にたどりついた。受付で入館手続きを行いゲストパスをもらい胸につける。白い無機質な廊下の先には、二重の扉があり、厳重なセキュリティが敷かれていることがわかる。

 その二重の扉を、二度、三度と抜けていく。するとその先にはフミカが事前に連絡を入れていたのか、白衣を着た女医さんが道案内をしにきてくれた。


「まさか、フミカちゃんが男連れてこんなところに来るなんて」

「高峰教授」

「冗談よ。今までも色々な先生や学生諸君がいろいろと試していたけど、全くもって効果がでなかったけど。フミカちゃんが今まで一度も試してないのに、急にというのはどんな心変わりなんだい?」

「パズルのピースが見つかったら、はめたくなりませんか?」

「それは分からなくもないが、君そんなキャラだったかな?」

「キャラとか言わないでください。高峰教授の趣味がバレますよ」


 会話から置いてけぼりにされながら、ついてく。いくつもの扉を抜けた先にあったのは、ベッドの上に寝かされていたモヤを纏った人だった。

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