第41話 件(くだん)

 これは俺が勤めている福祉施設で先日亡くなった爺さんの話だ。

 爺さんと俺は偶然にも同郷で、ローカルネタで盛り上がった。地元ではデカい祭があって若い男は皆駆り出されるのだが、それが辛いのなんの。重い丸太を十人ほどの男で一日中肩で支えて村を練り歩く。爺さんの時代のそのまた昔から現在まで続いている伝統行事で、いつの時代も苦労は一緒だ。終わった後は肩の凹みが一週間取れなかっただの、行く先々で酒を貰ったがために最後はへべれけになるだの共感し合いながら楽しく喋っていた。

 俺は故郷には五年も帰っていないから、話を聞く度に懐かしさが込み上げたものだ。爺さんは気難しかったけれど、俺にだけ心を開いて色々と胸の内をこぼしていた。

 そんな爺さんが亡くなる前日に不思議な話をしてくれた。

 

 むかし爺さんは地元で牧場を家族経営しており、牛を約五十頭と羊を三頭、そして家族が食べる卵のために鶏を数羽飼育していたらしい。

 二十年ほど前の熱帯夜、出産間際の牛を爺さんはずっと一人でブラシで摩っていた。夜中三時を回っても全く眠くはなかったという。というのも初孫ももうすぐ産まれるに違いないからだ。他の家族は昨晩産気付いた息子の嫁に付いて皆病院に行っている。早くこちらを済まして自分も病院に行きたかった。

 早朝になってようやく牛が落ち着かない様子で横たわり足を投げ出しはじめた。そろそろかと待ち構えていると、子牛の蹄がのぞき始めた。手を突っ込んで介助してやり、腹まで出た所で今度は器具を子牛の足に取り付けて引っ張り出す。

 もう少しで頭が出るという所で腹を抱き抱えると、一気に引っこ抜いた。しかし、ズルッという音とともに出て来た頭を見た瞬間に爺さんは悲鳴を上げて腰を抜かした。

 頭は牛のものではない。どう見ても人のものだ。


「アーーー」


 野太い男の声を発したそれは目をギョロギョロと左右にやると、


「20XX年12月、核、世界大戦」


と叫び、再び「アーーー」と唸り声を上げた。そして、他の生まれたての子牛となんら変わらぬ様子でおぼつかない前足で必死に立とうとし、母牛は頭や体にベッタリと付着した羊膜を舐め挙げた。断末魔のような叫び声は止まない。もう少しで完全に立ち上がろうというところで、爺さんは先程出産を介助した金属製の棒を強く握りしめ、人とも牛とも判別のつかぬそれへと一気に振り下ろした。


「そのまま埋めた。庭の隅に。家族に見られんで良かった。折角の孫が産まれたハレの日を汚すところだった」


 爺さんは虚ろに呟いて、そして亡くなった。


 その話を同僚にすると、


「ねぇ、20XX年12月ってあとひと月じゃない」


 と言ってカレンダーを繰っていた。少し楽しそうにも見える。まぁ気持ちはわかるよ。これだけストレスが溜まって退屈な毎日だと刺激を求めるよね。

 爺さん、あんたの話が本当だったかひと月後に分かるよ。まぁ天国で見ててくれ。


(完)

 























 

 

 



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