第29話 雨宿り
秋に嫁と二人で登山していると、突然雨が強く降り出した。岩場が多かったのでこのまま進むのは危険と判断し、丁度近くに洞穴があったので入る事にした。
俺が先に中を確認すると、特に動物がいた痕跡はない。入口は小さいのに優に大人二人が入るサイズだ。これはいいと嫁を手招きして、二人で体育座りをして雨が止むのを待った。
二人とも黙って雨の音や鳥の声に聞き入る。自然の音ってなんて癒されるんだろうか。
「珈琲でも沸かそうか」
「いいねー」
嫁はにやりと笑う。ゴソゴソとリュックサックの中からコップやらバーナー、そしてジンジャークッキーを取り出した。
鼻歌を歌いながら準備していたところ、遠くから何かドスン、ドスンと重量のある何かが地面を踏みしめる音が聞こえてきた。何か動物か、もしかして熊だろうかーー。
緊張が走り、すぐに火を消して外から見えないように隠れる。今の時期の熊はかなり危険だ。どうにかやり過ごさねばならない。鳥達の声も止んだ。
次第に音が近付くにつれて、音は地響きに変わった。これはとても熊のものなんかじゃない。もっと重い何かだ。
嫁は上擦った小声で「なんか変だよ、これ」と言った。音の主が想像できない。何が歩いているんだ。注意深く外を窺う。
すると、洞穴から僅か五メートルも離れていない場所に、木の幹よりも太い巨大な人間の毛むくじゃらの足が見えた。ゆっくりと踵を持ち上げ、爪先から降りる。ドスン、と地響きが起きて洞穴の上から土がこぼれ落ちる。
俺は信じられない光景に目が釘付けになった。もしかして夢を見ているんだろうか。自然と視線を上にあげると、足は膝から上がなかった。ただ、足だけが歩いているのだ。
足は俺達に気付くことがなかったのか、次第に山の頂へ向けて遠ざかって行く。完全に音が聞こえなくなった頃、鳥達が再び鳴き始めた。
嫁に興奮気味に今の事を伝えた。俺が冗談を言う性格ではないので、腑に落ちない顔をしつつも一応信じてくれた。
「あ、雨が止んだ」
俺たちは山頂を諦めて麓の温泉へと向かって下り始めた。あれはなんだったのだろう。以後、他の山でそういったものに出会った事は無い。
(完)
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