第24話 危険な遊び
冬は寒いから、昼休みは教室で遊ぶ事が多い。私もその一人で、灯油ストーブに当たりながら下らない話で笑ってた。その時に真由が、
「ねぇ、隣のクラスの子から聞いたんだけど、ひとりかくれんぼって知ってる?」
「なにそれー」
その場にいた全員が知らなかったので、真由はネットで拾った検証動画を見せてくれた。
「怖すぎでしょ」
「でも、ちょっとやってみたくない?」
真由ははしゃいでいた。私も面白そうだなって思った。何も起きないとは思うけど、少し怪奇現象も期待している。毎日つまらないし、刺激がある方がいい。
「わたし、今晩やってみる」
真由に告げると、「わたしも、わたしも!」と、笑った。二人で明日の朝に結果を言い合いっこしようって約束して別れた。調べてみると、結構手順が細かい。ぬいぐるみの綿を抜くだの、縫わなければいけないだの、言わなければいけない台詞だの。面倒くさがり屋の真由が全てをこなすのか怪しかったけれど、私はとりあえず試してみることにした。
家族が寝静まった真夜中、静かに行動に移した。シロと名付けたクマのぬいぐるみに開始の宣言を小声で三回発し、浴槽に張った水にぬいぐるみを浸す。静かな水のたゆたう音だけが響く。そして、自動点灯の明かりも含めて、家の中の電気を全て消して回った。家族の部屋もこっそり覗いて確認する。次は砂嵐のテレビ画面を点けるのが本来だけれど、今はそんなものはないので、放送休止になっているテレビ画面を映して音を消す。そこまで済んだら、背後から沸き起こるような不安と高揚に襲われつつ静かに目を瞑る。
一、二、三…………十。
ゆっくりと目を開き、刃物を持って浴室に移動した。浴槽の底に沈んで重くなったぬいぐるみを取り上げ、その名前を囁きながら「見つけた」と言って刺した。ぬいぐるみを素早く浴室の床に置くと、「次はシロが鬼」と早口で吐き捨てて、足早に和室にある押入れに向かった。押入れにはあらかじめ塩水を入れたペットボトルを入れておいたので、それを抱き締めるように三角座りする。息を殺して微動微動だにせず、時間が過ぎるのを待った。
三十分ほどたった頃、気が緩んで来て眠くなってきた。だって、そもそも深夜の三時半だ。いや、早朝と言ってもいい。何も起こらないし、もういいやって思い始めていた。その時、床を擦るような音が微かに聞こえた気がした。神経が耳に集中する。音は少しずつ大きくなる。こちらへ近付いて来る。ゆっくり、ゆっくりと。そして、音は畳の上を擦る音に変わった。生唾を飲み込む。そして、音は止まった。押入れのすぐ前にいる――。
すぐにペットボトルの蓋を開けて塩水を口に含み、泣きそうになりながら恐る恐る押入れを開ける。何もいない。安堵して思わず塩水を飲み込みそうになる。慌てて堪えて浴室に移動した。
しかし、そこにある筈のぬいぐるみは見当たらない。
心臓は限界まで早鐘を打ち、もうほとんどパニックで叫びだしそうだった。私はリビングやキッチン、靴入れまで覗きこんだ。口の中の塩水があと少しでなくなってしまうとこでやっと、自分の部屋のベッドに横たわっているぬいぐるみを発見した。
ベッドが濡れるのもお構いなしに、ペットボトルと口に含んだ塩水を順番にぬいぐりみに掛ける。「私の勝ち!」と三回唱えて恐々と周囲を上目遣いに見渡した。
これで終了のはずだ。
私はぬいぐるみをベッドに放置して、お母さんのいる部屋へ駆け込んで布団に潜り込み、眠る事も出来ずに朝を待った。
翌朝、ぬいぐるみを新聞紙でくるみ、燃えるゴミに入れて捨てた。いつもはゴミ捨てになんて行かないけれど、今日だけは私がゴミ捨て場まで持って行った。
登校中に、夜中に起きた事を真由にラインしてみる。しかし、なかなか既読がつかない。いつもなら、この時間はすぐに帰ってくるのに。学校に到着してから昨晩起きた事を友達に話していたところで先生がやって来た。そこで、真由が今日は風邪で休みだと聞かされた。夜中まで起きていたから寝坊しているのかな、それとも何かあったんだろうか――。
既読は結局、一日中つかなかった。数日経っても状況は同じなので、担任に一度尋ねてみた。すると、担任は眉を顰めて考え込んだ後、「内緒にしてくれ」と念を押して声を潜めた。
「今、精神病院に入院してるんだよ。昨日見舞いに行ってきたんだけど、とても学校に来れる状態じゃない。仲が良かったから辛いだろうけど、もしかしたらずっとこのままかもしれないって話だ」
「なんで……」
「それがわからないらしいんだ。彼女が休んだ最初の朝、家族が見つけた時にはその状態だったらしい。なんでも押入れの中で縮こまっていたとか……」
私は息をのんだ。
「それ、絶対ひとりおにごっこのせいです!」
「ひとりおにごっこ?なんだそれ」
教師は私から詳しく事情を聞きとり、翌日の朝礼で全校生徒に『ひとりおにごっこ』を含むオカルト的な遊びはしないように通達があった。なんでも、昔から若干数こういった儀式めいた事で正気を失う子供がいたらしい。
「思い込みなんだよな、きっと。怖いっていう。思春期で柔らかい心には刺激が強すぎるんだよ」
担任は頭を抱えた。
違うよ、先生。いるんだよ。
(完)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。