第23話 おばけやしき

 県内に一つしかない、県民ならば誰しも一度は行ったことのある遊園地が潰れる事が決まったらしい。

 現在高校生の私は、中学で同じクラスだった利香と久し振りに会った折に、その遊園地の話題で盛り上がった。


「ねぇ、折角だからさ、同窓会も兼ねてみんなで一緒に行かない?」


 私は二つ返事で話に乗った。すぐにグループラインで声を掛け、一か月後の雪が降る寒い日、そこそこの人数が集合場所に集まった。ざっと見て十五人ほどだろうか。眼鏡だった子がコンタクトをしたり、丸坊主だった子がワックスで髪を整えていたり、みんなどこかちょっとだけ変化しておめかししていた。

 テンションが上がった私達は、早速張り切って園内へと突入した。私もここへ来たのは小学生の時以来だったから、懐かしくて思わずはしゃいでしまう。かなり楽しい。

 途中、疲れたのと寒いのとで、女子だけで休憩しようという事になった。ホットココアを飲みながら、誰々がかっこいいだの、当時実は付き合っていただの、好き放題喋っては笑い合う。そろそろ動くかなって時に利香が「おばけやしきに行こうよ」と言った。


「女子だけで?」


「男子煩いし。中で騒がれたら面白くないし」


 みんなで顔を見合わせて、じゃあ行こうか、という事になった。


 お化け屋敷は見るからにチープな造りだ。色褪せた張りぼての鬼の顔が大きく口を開けており、そこが入口となっている。ここへ来るまでに二人一組で五分毎に入ると決めていたので、四組に別れて順番に入場した。私は綾乃という、吹奏楽部にいた子と三番目に入ることになった。

 中からは悲鳴が聞こえて来る。そんなに怖いお化け屋敷だったろうか。なんとなくは覚えてはいる。確か長い廊下があったはずだ。そして、その突き当りには入口と同じように大きく鬼の顔が描かれている。いや、でも鬼の前に――。


「時間だよ、行こう」


 綾乃に手を引かれて暗幕をくぐり中に入る。おどろおどろしい音楽が流れ、早速井戸の中から白い着物を着た女性の幽霊が飛び出した。早すぎる。もうちょっと間を置いてから出て来て欲しい。間抜けに左右にゆらゆらと揺れる様を見て「ウケる!」と綾乃は笑い出した。確かに、これではあまりにも子供騙しだ。

 続いて、幾つか妖怪が闇の中から現れては引っ込んでいった。さっき入った子達はどこで悲鳴を上げたんだろう。

 やがて、記憶の中にある長い廊下へ出る。少し薄暗いだけで、今までの道より明るい。ふと、突き当りを見て既視感を覚えた。そこには作業着姿の男の人が立っている。ヘルメットを目深にかぶっているせいもあり、顔がよく見えない。


「あんな人、うちらが入る前にいた?」


 綾乃に聞くと、彼女は怪訝な顔をした。


「人?どこ?」


 今度は私が訝しむ。視線を元に戻すと、男の人と目が合った。それを合図に、足を引き摺りながらこちらへとゆっくり近付いて来る。

 その様子を見て思い出した。前に入った時も同じように、鬼の絵の前に彼がいた。


「綾乃、戻ろう」


「えっ」


 私は綾乃の腕を掴み、来た道を必死に戻る。暗くて走りにくかったけれど、すぐに入口まで辿り着いた。丁度、利香たち四組目が暗幕をくぐろうとするところだった。


「えっ、びっくりした。どうしたの?」


「痛いよ、なんなの、いったい」


 綾乃が困惑した表情で手を振りほどく。

 言うか迷ったけれど、結局は抑えきれなくて口から出てしまった。


「なんか変な男の人がいてさ、足を引き摺ってる……鬼の絵が描いてあった廊下の突き当たりに」


「そんな人、私見てないけど」


「いたんだよ!」


 思わず叫んでしまう。一瞬静まり返ったあと、利香が「見て来るわ」と言った。


「ちょっと、やめときなよ」


 利香は静止する私を笑いながらかわして、暗幕の中に吸い込まれていった。私にもう一度入る勇気はない。足が竦んで動くことが出来なかった。やがて最初の組の子達、続いて二組目の子達が出て来た。事情を説明して利香が出て来るのを待ったけれど、一向に気配がない。


「おいー、なんでみんな外に出てるんだよ。利香も既読つかんし」


 やがて、男の子たちがおばけやしきの出口からぞろぞろと出て来た。彼らは利香と仕組んで、お化け屋敷の中で私達を脅かすために待ち構えていたらしい。

 利香がまだ中にいると伝えると、何人かが利香を連れ戻すために再び中に入った。しかし、出口から戻って来たのは彼らだけだった。


「利香は?」


「いなかったけど」


 そんなはずはない。また、何か企んでいるのだろうか。

 今度は私も一緒になって中を隅々まで探した。けれど、どこにもいない。非常口があったのでそこからこっそり出たんじゃないかという話になり、園内放送を流してもらった。それでも利香は現れない。

 閉園時間になっても利香は見つからず、ラインも既読が付かなかった。もしかしたら家に帰っているかもしれないと、綾乃たちと利香の実家を訪ねた。しかし、そこに姿はなかった。

 まだ遅い時間ではないからもう少し待つべきなのか、それとも捜索願を出すべきなのか利香のお母さんは迷っていた。利香が心配だったので見つかるまで一緒にいたかったけれど、遅くなるから帰りなさいと言われて、連絡先だけ伝えて帰った。


 そして三日後、利香の訃報が入った。


 利香のお父さんは話を聞いてすぐに警察に捜索願を出し、同時に携帯会社に問い合わせてGPS機能を使って場所を特定したそうだ。

 利香の携帯はおばけやしきを指している。

 遊園地側に問い合わせて一緒に探してみたが、指している場所には何も落ちていない。虫の知らせなのか、お父さんは床下に携帯があるんじゃないかと言い出した。遊園地側も半信半疑だったけれど、どうせ来月には潰れる人気のないアトラクションであったし、何よりお父さんを納得させるためにも、業者を呼んで床下に穴を開けた。

 すると、コンクリートや鉄筋やらにまみれた奥にある土の中かから、肌色の何かが見えたそうだ。利香であった。しかも、傍らには白骨化した死体があと三つ見つかり新聞や全国ニュースで取り上げられる騒ぎになった。

 

 私は利香と別れる直前に変な男を見たと話したせいで、念入りに事情聴取され、遊園地の職員が疑われた。でも、警察だって分かっていた筈だ。どうやって土の中に人を埋める事が出来るっていうんだろう。上には頑丈な建物が建っていたのに。

 発見されたのは、長い廊下の突き当たり、鬼の絵が描かれた壁の前あたりだそうだ。

 利香を探している最中、私達は利香の上を走っていたんだろうか。その時、生きていたんだろうか。もしかしたら、私が土の中に連れ込まれていたかもしれない――。

 私が利香に話さなければこんな事にはならなかった。ごめんなさいと何度も心の中で呟き、涙した。


 結局、遊園地は予定よりも早く閉園となった。買い取り手はおらず、今も廃墟と化してそこにある。


(完)



 


































 












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