第13話 瓶詰の小人
どうしたことでしょう、私は先ほど飲んでいたワインの瓶の中にいるのです。
酔って夢や幻でも見ているのでしょうか。
それにしては、膝あたりまで浸かっている液体はむせ返るほどのアルコールの匂いがしますし、遠く頭上の丸い穴以外は、私を取り囲む景色全てが深い緑色のガラスに覆われています。
困りました。どうやって抜け出せば良いのでしょう。
つい先ほどバーで知り合って部屋に連れてきた彼女は、スマホを見ながら酒を飲み続けており、私の事など気付きません。
思い出さねばなりません。こうなるには理由があったはずなのです。しかし、私が覚えているのはワインを調子よくあおって馬鹿笑いをしていたところまでです。
ふと、彼女は飲んでいたグラスを飲み干して、私が入っている瓶へと手を伸ばしたのです。
彼女は私の瓶を逆さにしました。つるつるとした瓶の中を、私は勢いよく瓶の口を目掛けて頭から滑ってゆきました。人生で一度だけ経験して、二度とやらないと決めたウォータースライダーを彷彿とさせます。
そのまま私の頭頂部は瓶の口にはまり、ワインが出てこないのを変に思ったのか彼女は瓶を振りました。
振れば振るほど私の頭は瓶の口にはまっていき、ワインの中で溺れそうになるので必死に藻掻きました。やがて彼女は諦めたのか瓶の底を強く机に叩きつけました。
私は瓶の底の少し高くなった部分に頭を強く打ち付け、何かが自分の頭の中で砕ける音が聞こえました。朦朧とする意識の中で頭をもたげると、彼女と目が合ったのです。
彼女は瓶の中の私を覗き込み、悪戯っ子が獲物を見つけた時のように笑っています。
そして彼女はコルク栓で入口に蓋をしました。
彼女はそれからグラスや皿の後片付けをしていましたが、私の視界からいなくなったと思えばシャワーの音が聞こえてきます。
そして、髪も乾かさずに私の服を着て、再び私の瓶の前に座りました。
彼女は自分の手に頭を乗せながら、息があがって苦しそうな私の姿を楽しそうに見ています。
酸素が足りません。けれど、一生懸命吸おうとしても瓶の中はアルコールで充満しており、吐き気がしてなかなか吸えないのです。
苦しみが波のように押し寄せてきます。逃げ場がありません。
瓶の壁を必死にかきながら、バーで彼女が呼ばれていた名前を息も絶え絶えに口にしました。
『ちづる』
彼女の顔は一瞬で引き攣り、みるみるうちに硬直しました。
すると、私の視界は歪み、気付けば自分の部屋の床に転がっていました。
寒気と吐き気がして朦朧とするなか起き上がろうとすると、頭の後ろに激痛が走りました。そっと触れてみれば、生温かくてぬるりとした液体に触れます。血です。
私はすぐに救急車を呼びました。
病院で見て貰ったところ、頭蓋骨にヒビが入っていたそうです。私は酔って転んだと説明したのですが、医師はどうにも納得していないようでした。
実際、私は本当に床で転んだのかもしれません。その方が瓶の中で怪我をしたというより現実的でしょう。
現実的なのは頭ではわかっているのに、どうにもあれが夢とは決めつけられません。
私は回復してすぐにバーに行ってみました。そして、驚くべき事に再び「ちづる」を発見したのです。
私はその後ろ姿に震え上がり、そのまま踵を返して逃げ出しました。
彼女は、あの日シャワーを浴びた後に着ていた私の服でそこに座っていたのです。傍らにワインの瓶を置いて。
(完)
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