夕雲、青空に沈む。


「私ね、空が好きだったみたい」


 わからない。


「入道雲がもくもくって湧き出た夏の青空も、雲一つない冬の乾いた青空も。気づいたらずっと眺めてたの」


 わからないよ。


「意識がね、空に吸い込まれちゃうの」


 だったら。


「有原君はさ、こんな経験ある?」

「だったらなんで死んだんだよ!」


 あの日彼女は学校の屋上から飛び降りた。前日まで全くそんな素振りはなかったのに。


「...まあその答えは聞けないんだけどね。死んじゃうから」


 彼女は死ぬ直前、1本の動画を残した。御丁寧に動画の冒頭に『有原くんへ』と書かれた紙を映して。


「飛び降りるならやっぱりこんな晴れた日がいいよね」


 画面が綺麗な青空を表示する。嫌なくらい晴れていた。


「あ、『なんで自殺するの?』って質問には答えないからね。私が死ぬ理由は私だけが知ってれば十分だから」


 さっきの叫びが向こうに届いたかのようだ。


「でも有原くんの事嫌いじゃなかったよ。というか好きだった」


 だったらなんで...という言葉を飲み込む。いくら考えたって当時の彼女の心境は分からない。


「恥ずかしいね、こういうこと言うの。でもまあ最後だからいっか」


 彼女の言葉一つ一つが心に刺さる。


「よし!そろそろいこうかな。またね有原くん。先に向こうで待ってるから!」


 そして画面は真っ黒になった。








 _ _ _ _ _



「という感じなんだけど...ダメかな?」

「ダメに決まってるでしょ!」


 彼女は台本をバタンと閉じるとそのまま机に叩きつけた。


「これ私死んじゃうじゃん!」

「まぁそこはそうだね」

「それに勝手に有原くんの事好きな設定になってるし」

「書いてるこっちも恥ずかしかったよ」

「そんなこと知らないから!」


 ただでさえキツい彼女の目がさらにキツくなっている。


「とりあえずこれは没ね」

「へーへー」


 まぁこうなるだろうとは何となく予測はついていた。彼女は我儘なのだ。


「ああでも私が空好きってよく知ってたね」

「あれ、自覚ないの?いっつも空見てるじゃん」

「え?ほんと?」

「うん。しょっちゅう」


 まさかとは思ったけどほんとに自覚なかったようだ。


「ま、いいわ。それよりも早く台本ちょうだい。文化祭まで時間がないのよ」

「今目の前で没にされたばっかりなんですが...」

「何言ってるの。次のに決まってるでしょ。書くのよ今すぐ」

「いぇすマム」

「誰がマムよ」


 気がつけば時計は既に18時を指していた。夕方だというのに空はまだ青い。窓の外から大きな入道雲がこっち見ている。


 よし、次のテーマはこれだな。そう決めると早速ペンを走らせ始めた。







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