嘘の現実

才野 泣人

残響


 雨は嫌いだ。音も匂いも全部掻き消されて私の存在そのものが消されてるみたいだ。

 いっその事もう消えてしまおうか。そんな気分になる。


 特にここ最近は嫌なことが有りすぎた。向こう5年分ぐらいの罰はもう受けただろう。


 雨音が窓越しに聞こえてくる。外の明るさに左右される私の部屋は昼だというのに真っ暗だ。私の心象そのものだな。


 最後の1本だった煙草に火をつける。匂いが残るから部屋で吸わないでくれ、と言った人はもう居ないから別に構わないだろう。


『別れよう』


 もう2日も前の言葉なのにまだ部屋に響いている。


 私の何がいけなかったんだろうか。できる限りの事はしたつもりだ。家事はもちろんのこと記念日にはサプライズも欠かさなかった。これ以上何を望んでいたというのだろう。考えれば考えるほど泥沼に沈んでいく。


『まだ若いからいいだろ』


 まだ再生がきくだろ。果たしてそういう問題だったのか。


『お互いもっといい人がいると思うんだ』


 違う。私には貴方しかいなかった。貴方さえいればそれで良かった。人生の全てとまではいかないが生きる意味にはなっていた。


「熱っ」


 煙草の灰が指に落ちた。もうほとんど灰になってしまっている。これで煙草が切れてしまった。

 そういえば冷蔵庫ももうほぼ空だった。買い物に行かなければ。洗濯物も溜まってる。洗わなければ。


 時間は残酷だ。人間様に何があっても待ってはくれない。明日からまた仕事が始まる。日常が向こう岸で待っている。


 買い物に行こう。外に出よう。前を見よう。


 諦めがついた訳じゃない。でもそうしないと生きていけない。陽はまた昇る、なんて洒落た事を言うつもりは無い。生きてりゃいい事あるなんて全部嘘だった。


 けどやるしかないんだ。辛くても地べた這いずり回るしかないんだ。

 床に投げ捨ててた服を着る。化粧をしてないからマスクと帽子をつける。


 玄関を開けると雨はまだ降っていた。今日1日降り続けると言っていたな。

 1本だけになった傘を開く。いや、この言い方も嫌味ったらしいな。


 さぁ行こう。鍵を閉めると雨の中へ踏み出した。

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