第115話 元独りぼっちの演説

 凄さを語りに来た。およそ立候補者がするような演説内容ではなく、だけどインパクトは他の何よりも大きい。


 ……だけどこのままじゃ先生に止められるかもしれないな。軌道修正しなきゃ。


「先に言っておきますが、俺は負けに来たわけじゃありません。ただこの演説ではどっちが優れてるかの選択の一助になるような内容ではなく、どっちをを決めてもらうためのものにしたいと考えました」


 俺の目的は愛哩の変革だけど、それはそのまま勝負を投げたわけじゃない。一度立候補した以上は最後までやり通したい。


 そしてその説得力を持たせるために、未耶ちゃんは俺と愛哩が対等な力関係だという証明をしてくれた。


 ……今思うと、音心の演説もそんな感じがしたな。言わなくても意図がわかるなんて、俺や愛哩も顔負けの心を読む能力だ。


「ご存知でない方が居られるかもしれないので、今一度俺と愛哩のマニフェストを説明したいと思います」


 いくら選挙活動をしたと言えど興味のない人はスルーしてるかもしれないし、もしかすると見事にタイミングが合わず見てない人だっているかもしれない。


「まずは俺からですが、この学校にはない体育祭を来年から開催させるというものです。うちは進学校であるが故に勉学に重きを置いており、文化祭と対を成すもう一つの高校生の花形とも言える青春の代名詞の体育祭がありません。みなさんの中にももっとクラスメイトと団結する機会があればなと思った方は少なくないと思います」


 校外学習を増やすなんてことは無理がある。やり方によったら不可能ではないかもしれないけど、マニフェストにするには現実味が足りない。


「学校の存在理由は教育を受けさせることですが、それは勉学だけに留まりません」


 誰しも疑問に思ったことがあるだろう。勉強をするだけなら別に学校に通わなくても良いんじゃないか。自分の好きなタイミングで好きなだけ勉強して、そのスタイルに合う進学先を選べば良いと。


「集団に属することで、今後社会に出た時に新しいコミュニティが形成、ないし加入した時に円滑に進める。これは学校というコミュニティで育んだ能力が試されます」


 以前の俺がおざなりにしていたこと。どの口が言うんだと僅かに自嘲する。


「ですが社会は競争社会であると同時に“協力社会”でもあります。学校は大目的が自分の学力の向上である以上、友達と勉強することは出来ても本番では一人で完結します。つまり既存の学力重視だけでは、うちの高校はある側面だと偏差値にも表れているように優れていますが、ある側面では劣っています。具体的にはコミュニティで磨く協調性、さっきも言った他校だと当たり前に存在している体育祭の有無ですね」


 ともすれば高校に喧嘩を売るような発言。教員の中には表に出さないだけで反対意見を持った人もいるだろう。


 だけどこの選挙だと有権者は生徒だ。高校対生徒という対立構造にすることで、共通の敵を生み出すことに繋がる。


「……と、ここまでは良いんですよ。問題は愛哩も同じようなマニフェストを掲げていることでして」


 軽く笑いながらそう告げると、静かに聞いていた生徒達からも笑いが零れる。


「愛哩の凄さを伝えに来たっていうのはそういうことです。自分で言うのも変な話ですがマニフェストの完成度は高いはず。なのに愛哩は同じ方向性で三年生のみなさんにも実益のあるより優れたマニフェストを提示してきたんですよ。ホント凄すぎません?」

「どうした悟クーン! 惚気かー?」

「先生、操二を黙らせてください。別にそんなんじゃないから」


 あはは、とたちまち講堂内が笑いで包まれる。遠くに見える操二は先生に謝り倒していて、それがまた笑いを誘う。


 良い空気だ。


「ここで一つズルいことを言います。恐らく俺が当選したら副会長に愛哩を選びますし、愛哩が当選したら俺を副会長に選びます。今は敵対していますが、これが終われば味方になります」


 少年漫画とかだと熱い展開ですね、と言いかけて辞める。女子もいる場では内輪ノリにしかならない。


「単刀直入に言います。俺のマニフェストである体育祭の実施。愛哩のマニフェストである学年を超えたレセプションの導入。同じ方向性だからこそ、どちらが当選しても実現させます。だから最初に選びたい方を選んで欲しいと申し上げました」


 これはそういう勝負だ。どちらかが負けてもマニフェストは完遂させられる。そこに選択の余地を与えるとしたら、花いちもんめのような選ぶ側の贔屓しか存在しない。


 ……これの何がズルいって、この後の愛哩のハードルをガンガン上げてることなんだけどね。既存の台本は俺がもう説明し終えたマニフェストの内容だろうから、心象を良くするためには大部分をアドリブに頼らざるを得なくなる。


「ご清聴ありがとうございます。一票を、ぜひともよろしくお願いします」


 俺が頭を下げると、雨のような割れんばかりの拍手が降り注がれる。


 勝つことが目的ではないけど、負けるつもりはない。はたして愛哩はどんな演説をしてくれるのだろうか。


 ステージの下手しもてに戻ると、初めに声を掛けてきたのは音心だった。


「やるじゃない。演説で相手を追い詰める方法にはあんなのもあるのね。勉強になったわ」

「出来過ぎな気もするけどね。俺が先行の方じゃないと成立しないし、そもそもマニフェストの方向性が同じ方を向いていないと心象勝負にならない」

「それでもよ。見直したわ」

「ありがとう」


 誰かにそう言ってもらえただけで考え抜いた甲斐があった。本当に音心は人を喜ばせるのが上手い。


「そんな悟を見込んで、ほら。そこの恋人を元気付けであげなさい」


 言われて差されたところを見やる。


 そこには上の空の愛哩と、励ます未耶ちゃんの姿があった。


「行ってくる」


 音心を置いて駆け足で向かう。


 俺に気付いた未耶ちゃんは、簡単に事情を説明してくれた。


「……その、悟先輩が場を沸かせた辺りからこうなってしまって……」

「ありがとう。愛哩、今話せる?」


 愛哩の出番までもう時間が無い。俺はなるべく急いで応答を待った。


「……悟くん?」

「うん。様子がおかしかったから、つい」

「……ありがと」


 ずっとこんな調子なのだろう。未耶ちゃんの不安そうな表情は晴れない。


『それでは次に、同じく立候補者である長岡愛哩さんによる演説です』


 そうこうしてるうちに時間が来る。能動的に能力を使うのはまだ躊躇われたけど、綺麗事を言っていられる余裕はない。


 意を決して、俺は愛哩の顔を見た。


(このままじゃ勝てない……みんながこんな私を受け入れてくれる保証はないし……心だって今はもう……)


 ……そういうことか。つまり愛哩は緊張しているのだ。正確な自己評価の基準を失って、今までの手法が通じるか不安なんだ。


 何か、何か愛哩を信じさせるものは──


「──未耶ちゃん、アレ!」

「っ、はい!」


 俺に残された隠し球。本当は演説が終わってから渡すつもりだったけど、今はそれしかない。


「愛哩、大丈夫だ。愛哩が積み重ねてきたものはそんな簡単に揺らがない」

「……でも」

「持ってきました!」


 未耶ちゃんの手には大きな紙袋。俺はありがとうと言って受け取り、中のものを取り出した。


「ほら、見てよこれ! これがみんなの気持ちなんだよ!」


 そこにあったのは色紙。部活の引退式ではよく見る寄せ書きだ。


 だけど枚数は、普通の比ではない。


「一年生から三年生まで、ほとんどの生徒が寄せてくれたんだ! 関わりがあって感謝を伝えたい人だけで良いって言ったんだけど、ほら! こんなに沢山!」


 その数実に三十二枚。十枚集まれば上出来だと考えていた俺達を嗤うかのように、それは一枚、また一枚と増えていった。


「愛哩のやってきたことは何も間違ってない! これだけの生徒が愛哩に救われてきたんだ!」


 伝わってくる色紙の重さは、文字通り愛哩の積み重ねてきた信頼を表しているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る