第114話 応援演説
ついに生徒会長選挙の当日。講堂に集められた全生徒は思い思いに話し、それを注意する先生の声も合わさって喧騒が生まれていた。
選挙は間もなく始まる。今日の司会はいつも行事を取り仕切ってる生徒会ではなく選挙管理委員会だ。なので元生徒会メンバーの俺達四人は進行を待つという新鮮な時間を過ごしていた。
「いよいよですね」
そう呟いたのは未耶ちゃん。現在俺と未耶ちゃんは二人でステージの
「未耶ちゃんは大丈夫? 推薦人の挨拶から、しかも先行は俺だから始まればいきなりだけど」
「問題ありません。……緊張しないかって言われたら当然今も胸がドキドキ鳴ってるんですけど、それよりも悟先輩の役に立てることが今は嬉しいです」
未耶ちゃんの目は曇りない。虚勢じゃないことはそれだけで伺えた。
「今までわたしは悟先輩に沢山助けてもらいました。なので今度はわたしが助ける番です」
これ以上心配の言葉は要らないだろう。そう思わせるだけの力強さが未耶ちゃんにはあった。
心配よりも、伝えるべきことがある。
「頼りにしてるよ」
「はい!」
今回ほどみんなに助けられたことはない。特に未耶ちゃんに関しては推薦人だけに留まらないことまでお願いしたのだ。
隠し球はまだその時ではない。まずは未耶ちゃんの、そして音心の応援演説からだ。
『それでは、只今より生徒会長選挙を始めます』
諸々の注意事項の説明が終わり、開始の合図がなされる。
ようやく始まる。今思えば俺はこの時が待ち遠しかったんだなと自覚した。
『まずは生徒会長立候補者の応援演説てす。宮田悟さんの推薦人である米原未耶さん、壇上へどうぞ』
「はい」
マイクが無くてもよく響く声。未耶ちゃんは壇上に上がると、ペコリと一礼した。
「只今ご紹介に預かりました、米原未耶と申します。本日はよろしくお願いいたします」
鈴のように透き通った声は聞く者を魅力する。人を動かす人物にはf分の1ゆらぎという聞いてるだけで心地良くさせる声があるという。
未耶ちゃんがそれを持っているかはわからないが、少なくとも講堂に居る全生徒は未耶ちゃんの声に釘付けになっていた。
「知っておられる方も居るかとは思いますが、悟先輩は今年の春からの生徒会役員です。役職は特に無く、様々な案件を受け持ったり、時には庶務であるわたしの仕事や副会長の雑務などもこなされていました。つまり、悟先輩は生徒会に出来ること、また出来ないことを熟知しておられます。……まあ、この辺りは愛哩先輩もですし、何なら一年生の頃から役員だった愛哩先輩の方がわかっておられる気もするんですけどね?」
はは、と小さな笑い声が聞こえてくる。軽い掴みにより生徒は先程よりもリラックスした様子で耳を傾けていた。
「では悟先輩にあって愛哩先輩にないものとは。それは一般生徒であった時間です」
どうしたって愛哩と比べると俺は様々な点で劣ってしまう。それなら言い方で印象を変えるまで。未耶ちゃんが自分で生み出した意見だ。
「再度言います。悟先輩は今年の春からの生徒会役員です。つまり一年生の頃はみなさんと同じ環境で、だからこそみなさんが求める改善点や心の内に抱く不満を同じ等身大の目線で共感することが可能です」
ここに関しては言ってしまえばハッタリだ。彼らの思いが俺にはわからなかったから操二や立花さんに頼った。体育祭のマニフェストも二人が居なかったら浮かびさえしなかっただろう。
「ただしみなさんを導ける学園のリーダーになるからには、人格も優れたものでなければいけません。自己中心的な人物に今後を任せたいと思う方は居られないんじゃないでしょうか」
極論だが正論。そして共感性を煽る言い方は聞き手の芯に響く。
「……こういう説得の仕方は恐らく効果的じゃないんでしょうけど、かつてわたしは男性が苦手でした。それは今も治ったとは言えませんが、ましになったのは他でもない悟先輩の親しみやすさや人柄の良さがそうさせてくれたおかげだと思っています」
……思えば未耶ちゃんは初めからそれ程俺を怖がってなかったな。理由は色々付けられるんだろうけど、言ってくれた言葉を否定するような失礼を働くつもりはない。
「あまり長くは語りません。ただ覚えて欲しいのは、悟先輩は愛哩先輩に劣らない資質を持っているということだけです」
最後にご清聴ありがとうございましたと締め括り、頭を下げる。生徒は惜しみない拍手を未耶ちゃんに向けていた。
簡潔で、それでいてわかりやすい演説。
俺の目的は愛哩の変革。だけど心を動かすためにはまず対等でいなければならない。
その後のことは俺に任せてくれているという信頼、そしてそのための土台は自分が作るという行動で見せた固い意思。
つくづく未耶ちゃんが味方でいてくれて良かったと、心の底から思う。
『ありがとうございました。続いて長岡愛哩さんの推薦人である……』
「紹介は良いわよ」
選管のマイクを奪い取りみんなに聞こえるようにそう言った。傍若無人という言葉がよく似合う。
「前会長です。未耶もさっき言ってたけど、応援演説なんて短くてなんぼなのよね。だからアタシも大事なことだけを言って終わるわ」
敬語すら使わない。意図的かはわからないけど、こういった公的な場では改まるという共通認識を見事に覆した振る舞い。
嫌でも釘付けになる。
「生徒会役員は同じく役員の推薦を経て所属が決まる。例えばそこの悟は愛哩が推薦したわ」
動機はどうあれ事実だ。そして推薦した愛哩にもまた、推薦人は存在する。
「愛哩を推薦したのはアタシ。それだけでわかるでしょ?」
さっきの未耶ちゃんの演説よりもはるかに短い。だけど音心のことを全生徒が知っているからこそ、それだけでも充分な説得力を持つ。
マイクを返された選管は面食らってしばらくキョロキョロと周りに指示を仰いでいたが、やがて仕切り直すようにコホンと咳払いをした。
『……あ、ありがとうございました。それでは次に、立候補者の演説に移ります』
思ったよりも早い出番。俺は目を閉じて一度深呼吸した。
「悟先輩、頑張ってくださいね」
「うん。ありがとう」
未耶ちゃんに見送られ、俺は壇上に姿を見せる。
生徒会長選挙。しかし俺の目的は会長になることではない。
『立候補者である宮田悟さん、よろしくお願いいたします』
形式的な拍手。一身に受け、俺は深々と頭を下げた。
そして。
「宮田悟です。今日はもう一人の立候補者である愛哩の凄さを語りに来ました」
その言葉には、生徒のみならず教員までもが目を剥いていた。
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