第112話 任期満了のお疲れ様会

 時刻は午後六時。今日は愛哩の生徒会活動を早めに切り上げてもらって四人で焼肉に来ていた。


 連日遊んでるから俺と愛哩は中々の出費だけど、別に他に使うこともないしね。


 それぞれ頼んだ飲み物が到着すると、俺はグラスを掲げた。


「今日は急な呼び掛けに応じてもらってありがとね」

「良いわよ。むしろ感謝するくらいだわ」

「じゃあ長い音頭もあれだし、早速乾杯しよっか」


 俺達は乾杯、と四人でグラスを合わせる。甲高い音が響いた。


「いやー、にしても愛哩と二人で回してた頃には考えられない光景ね。あの頃は今のままでも回りそうだしいっかとか言ってたっけ」

「ありましたね。だけどやっぱり未耶ちゃんと悟くんが入ってくれて助かりました」

「そりゃアタシと愛哩が見込んだ人間よ? 力にならないわけがないわ。ホントに感謝してるわよ。ありがとね」


 音心のさり気ない褒めと感謝に俺と未耶ちゃんは照れくさくなる。こちらこそ生徒会に入れてくれて、それこそ音心よりも感謝してる自信がある。


 生徒会が無ければ、俺は今も心を閉ざしたままだっただろう。人間はーなんてカッコ付けた言い訳で独りのまま適当に生きて適当に死ぬのが関の山だった。


「にしても今年はいろんなことがあったわね。悟が入ってすぐに相談が来たらしいし」

「立花さんの件か。そう言えば補習かなんかで音心は居なかったな」


 学校という場ではありふれたイジメの発端。立花さんのアレはそれよりはまだ優しいものだったけど、あれがエスカレートしていたらどうなっていたかわからない。


 幸い今はクラスのみんなとも良好な関係を築けているみたいだけどね。文化祭の準備で見た立花さんは、クラスの中心と言っても過言ではない存在感を放っていた。


「その次は操二の一件だね」

「元々は島本君が持ってきた相談のはずなのに、気付けば高槻君の相談も受けてたっけ」


 取ってつけたような理由でサッカー部をやめた操二の真意を探って欲しい。あの頃は操二とここまで深い仲になるとは思ってなかった。


「私と悟くんも喧嘩したしね?」

「あったなぁ……」

「何それ。方向性の違い?」

「バンドメンバーみたいになっちゃってますけど、実際そうですね。何を大事にするかで意見が分かれちゃって」


 ソラちゃんが彼女だと紹介された時はビックリした。そしてその本当の理由を知って、俺は多分、操二に憧れた。


 誰かを傷付けた俺とは対称的な、ある種ヒーローのような人物。そんなことが出来る操二に、嫉妬さえしていたかもしれない。


「その後は未耶ちゃんのことが好きだった先輩ですっけ」

「あー……あったわねぇ……」

「い、今は何も無いので大丈夫ですよ!」


 今挙げてきたような大きな相談に限らなければ、生徒会には簡単なカウンセリングみたいな恋愛相談が持ちかけられてきたりもする。


 そして中にはそういう場を利用して役員自体と仲良くなろうとする生徒がいる。この一件はまさにそれだった。


「後は悟が彼女になってくれないかとか言ったりしてたわね」

「あれはもう忘れてくれ……完全に言い方を間違えてた……」


 妹の琴歌に俺を諦めてもらうために思いついた“偽彼女”。最終的にはそんな小手先は失礼だと正面から断った。一時はもう元の兄妹としての距離感ではいられなくなると思ったけど、元通りではないにせよ今は良好と言えるくらいには回復してる。


「……生徒会も、もう終わりかぁ」


 寂しそうに呟いたのは音心。聞くと音心は一年の頃から生徒会の役員だったらしく、高校生活のほとんどを生徒会で過ごしていたのだ。


 感傷に浸るのも無理はない。


 そんな音心を見て、愛哩は空いた間が無言にならないくらいで新しい話題を提供する。


「そういえばもう会長じゃないなら会長って呼ぶのは違いますね?」

「そうね。正直他の呼び方はあんまり慣れないけど、これからはややこしくなるかもだしね」


 会長選挙が終われば俺か愛哩が生徒会長になるのだ。例えば誰か第三者を交えて音心と話す時なんかは頭が混乱するかもしれない。


「俺はそもそも呼び捨てだしこのままで行くけど、愛哩と未耶ちゃんは呼び方を変えなきゃだね」

「そ、そうですね。……えっと、音心、先輩?」

「ん。そっちもそっちでしっくり来るわね」


 音心は運ばれた肉を適当に焼きながらそう答える。てか目を離すとすぐ自分が動こうとするな。俺はトングを音心から取った。


 次は愛哩がどう呼ぶかだけど……、よく考えたら愛哩は生徒会長になる前から音心と付き合ってきてる。その頃の呼び方にでもするのかな。


「んふふ、じゃあ私は昔みたいに音心ちゃんって呼ぼうかな?」

「そう言えばアンタそうやって呼んでたわね! あっ何かイライラしてきた! 去年まではいっつもからかってきてたわね!」

「まあまあ」


 俺は焼きあがった肉を適当に音心の取り皿に置いていく。頬張りながらも音心はもごもごと愛哩へ文句を言っていた。


「食べながら喋るのはお行儀が悪いよ? 音心ちゃんはホント可愛いなぁ」

「だーっ! 頭撫でんのはやめろって何回も言ったでしょ!!!」


 何か新鮮だなぁ。普段は正直どことなくビジネスライクな雰囲気も感じてたし。本来の二人はこんな風に学年って壁を超えた仲の良い友達なのかな。


「あの、愛哩先輩はどうして呼び方を変えてたんですか? それに口調まで……」

「恥ずかしい話だからやめて」

「威厳を保たせるためだよ」

「ちょっと愛哩!?」


 音心のストップなんてお構い無しに、愛哩は説明を始める。


「当時就任したての音心ちゃんは凄い親しみやすい生徒会長だったの。私も気付いたら敬語が取れちゃってたし、誰かと近い距離の間柄になることに関して音心ちゃんは天才だった。会長選挙が信任投票だったのは誰も音心ちゃんに勝てるなんて思わなかったからそもそも他の立候補者がゼロだったんだよ」


 愛哩とはまた違った人望の築き方。音心は運動はともかく勉強は補習にかかるくらいには得意ではない。


 だけどみんなから慕われていたのは、それこそ天性の才能、言い換えるなら俺が音心に何度も感じたカリスマに起因してるのだろう。


「だけど嫌な言い方をするなら舐められちゃってたんだよね」

「あの頃はよくわかんない仕事まで回ってきてたわね。生徒だけならともかく教師達まで便利屋扱いしてきてさ」

「だからまずは私から目に見える形で敬うようにしたんだ。それまで引き受けてた生徒会に関係ない仕事もちゃんと理路整然と理由を説明して断ったりね」

「でもそれじゃせっかくの親しみやすさを捨ててしまうことにならない?」

「そこは音心ちゃんだよ。信頼を別の方法で取り戻すくらい訳ないよ」


 音心はどこか居心地悪そうにそっぽを向いている。その姿は俺が小学生の頃によく見てた音心そのものだった。


「……ま、そんなことは良いわ。今はアンタらの会長選挙だもんね」


 この話はここでおしまいと言わんばかりの話の変え方。


 誰も突っ込まなかったのは、舐められていたと言われた当時にはなかったであろうリーダーシップに圧倒されたからだ。


「二人なら信頼出来るからどっちがなっても安心出来るわ。悟なんかは成長が著しいしね」


 そう言われると恥ずかしくなる。俺が本当に成長してるのかは自分では自覚出来ないけど、やっぱり音心は人をよく見てるんだなという確信はあった。


「それと愛哩。アンタもよ」

「私?」

「誰かに頼るの、昔は怖がってたから。頼り方はもう知ったんでしょ?」


 見透かすような言葉に、愛哩は目を丸くする。


 人に頼るのが怖い。それは自分一人で何でもこなせるがゆえの悩みだ。


「……今は人の信じ方を忘れてるだけ。もし自分で気付けないなら、愛哩が一番信頼してる人に気付かせてもらいなさい」


 焼けた肉を自分で取る。さっきの言葉は当たり前のことなのだという主張が、なぜだか所作から伝わってきた。


「愛哩が積み上げてきたものは、一回誰かに甘えたくらいじゃ崩れないわ」


 それが事実かはわからない。なぜならまだそうしたことがないから。


 だけど、今のが事実なんだろうなという説得力は、他でもない音心が積み上げてきた信頼が雄弁に語っていた。

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