第111話 クラス交流会
翌日の放課後。終礼が終わるなり島本は教室のみんなに聞こえるくらいの大きな声を張り上げた。
「今日遊べるヤツいるかー? オレ久々に平日の部活が休みでさー、一回くらいクラスでボウリングとか行かね? って思ってさー!」
基本的にどんなクラスでもリーダーが存在する。うちは女子は勿論隣にいる愛哩で、男子はサッカー部のエースでキャプテンでもあり、スクールカーストも最上位の存在である島本だ。
そんな人物からのお誘い。予定があると断る生徒もいたが、合計すると十人が参加の意を表明していた。
「俺達も行こうか」
「え、でも私は選挙活動が」
「今日は俺も朝やってなかったし、イーブンってことで」
「あ、悟くん」
面食らった愛哩の手をとり島本達のもとへ合流する。
これで十二人かな。ボウリングは一レーン四人までだし、丁度良いな。
(急にどうしたんだろう……? これも作戦のうち……?)
見当違いなことを考える愛哩。
俺は投げかけられはしなかったその疑問に答えないまま、みんなとぞろぞろ教室を後にした。
◇◇◇
徒歩十五分程のボウリング場は賑わっていた。うちの高校から近いからか学生の姿もチラホラと映る。
運の良いことに隣合った三レーンがまるまる空いていたため、俺達のグループは分かれずにゲームを始めることが出来た。
四人席には俺と愛哩、そして島本と愛さん。今日のグループの中には話したこともない人もいたため、全員知ってる人なのは少し安心した。
「オラァ!」
ゴン、と鈍い音が鳴った直後快音が響く。島本がストライクを出したようだ。
「っしゃ!」
「島本君すごーい!」
「球技は得意だからな!」
ボウリングは球技って言って良いのかな。定義としては何一つ間違ってないんだけど、何となく違和感はあるよね。授業でやらないからかな。
次に投げるのは愛さん。よろよろと重たそうにボールを持ちながら位置に着く。
「重い……」
「お前それ重さオレと同じじゃね? 十二ポンドは女子が投げるもんじゃないぞ」
「でも……島本君はこれを投げてたし……!」
「ああもう、ちょっと待っとけ」
そう言って島本はボールを取り上げて軽い物と取り替える。まあ十二ポンドなんて男の俺でさえ投げる気にならないもんな。
「……ねえ悟くん。今日のこれはどういうつもりなの?」
「どうもこうも、たまにはクラス規模の遊びも行ってみたいなって思っただけだよ」
「……嘘つき」
流石に普段の俺ならしない行動を不審には思ってるけど、その真意にまでは辿り着いていない。
別に今のが嘘ってわけでもないんだけどね。一年の頃は断りまくってたし、このクラスでのそういうお誘いはそもそも初めてだ。
軽いボールに持ち替えた愛さんが投げるとピンは七本倒れた。次いで二本が倒れたので、惜しくもスペアは逃した形だ。
「……ま、いっか。次は私だね」
愛哩は澱みなく自分のボールを手に取り、流れるように投球する。
カカコン、と気持ちの良い音を響かせた。紛れも無くストライクだった。
「さ、次は悟くんだね」
「頑張ってくるよ」
俺は自信満々に九ポンドのボールを取り、勢い良く放り投げる。
ダンタン、ガガン。まずは左に逸れた綺麗なガーター。
気を取りなおそう。
次。
ダダン、ガン。
……おかしい。何でまたガーター。俺が投げたボール重心が左に寄ってるんじゃない?
「おいおいどうした宮田ー! そんなんじゃ彼女に良いとこ見せらんねーぞ!」
「よく見たらこのボール楕円形になってるんだよ。次は倒すから」
「クソみたいな言い訳だなお前……」
言い訳じゃないから。別に俺が下手とかじゃないから。
島本のダブルを後目に、俺は良さそうなボールを見繕っていた。
結論から言うと、俺にボウリングの才能は無かった。
投げてもガーター、よしんばピンに当たっても一本から良くて六本という体たらく。
だけど二ゲーム目の四回、神様は俺へ突然ほほ笑みかける。
「ほっ」
さっきまでのよろよろとしたものとは異なり真ん中少し左に吸い込まれるように直進する。
そして直後、気持ちの良い音が響いた。
「え!? ストライク!?」
「はは、何で投げた宮田が一番驚いてるんだよ。おめでとうさん」
島本とパン、とハイタッチを交わす。俺の短いボウリング人生の中で初めてのストライクだ。何か嬉しいな。
「宮田君! イェーイ!」
「い、イェーイ!」
次に愛さんが両手を出してきたから精一杯ノリを合わせて両手を鳴らす。
何だろう、この感じはちょっと久々だな。中学以来こういったクラスメイトとの普通の絡みっていうのはなかったから、どこか新鮮に感じる。
「ほら、愛哩」
「え、ああ、うん」
今度は俺から手を出すと、愛哩は困惑気味に手を合わせてくれる。そう言えば最近は手を繋いでないな、なんて関係の無いことを思った。
俺はソファーに腰掛けてストライクの余韻に浸っていた。初めて出来たけどすっごい気分が良いや。ハマってしまいそうだ。
ちょんちょん、と背中がつつかれる。振り返ると、そこには隣のレーンの舞さんが後ろのソファーからこっちを向いていた。
「見てたよ。凄いじゃん」
「ボールの重心が今度はちゃんと真ん中になってたからね」
「あは、何それ」
軽口を叩くと舞さんは大人びた笑顔を浮かべる。
「宮田君、ハイタッチ」
「あ、うん」
パンと乾いた音が響く。
しかしさっきまでのものとは違い、何故か舞さんは合わせた手を離さない。
「ま、舞さん?」
「んー? どうしたの?」
さっきのとは異なり蠱惑的に目を細めて、今度は指を絡めてくる。
ちょっ、力強っ。離そうにも全然離れないぞコレ。えっ俺何で男なのに力負けてるんだ。
ちなみに俺は愛哩の隣に座っている。つまり当然その様子を愛哩は見ているわけで……。
「ちょ、ちょっと舞ちゃん? 悟くんは一応、その……私の恋人だからさ? そういうのは何かほら、ね? わかるでしょ?」
「んー? 言われないと舞ちゃんわかんなーい」
いたずらっぽい笑みを浮かべて首を傾げる。
ま、マジで舞さん力強いな。本当に何で離れないんだ!?
「だ、だから……見てると嫉妬するの! ていうか悟くんも何ずっと手繋いでるの!? 浮気!?」
「ちっ違うって! これは舞さんの握力が思ったより強いからで!」
「む。乙女に向かって何てことを。もう一生離さないから」
「変なこと言わないでそれと愛哩顔めっちゃ怖い!」
感情の無い極寒の視線で俺を突き刺す。いろんな意味で痛い。
そんな俺達三人を見ていた島本と愛さんは、二人とも投げ終わったのか遠巻きに眺めていた。
「……何か舞ちゃんがあんな感じで男子と絡むのって珍しいかも。てか見たことない」
「オレは好きだった相手が別の男に好き好きオーラを浴びせてて超辛い……何この地獄……」
「あ、あたしは味方だから! ……何なら同じ境遇というか……」
「え? 何だって?」
「バカ!」
「えぇ……?」
またベタなことを……しかもアレ本気で言ってるよな……。
「悟くん!!! ホントにいつまで手繋いでるの!?」
「俺だって離せるものなら離してっ痛い痛い本当に何でそんなに力強いの!?」
「愛の力かな。あと長岡さん可愛いからからかいたくなっちゃう」
「も、もう知らないからね!? 私投げてくる!!!」
「ちょ、愛哩!?」
むくれた愛哩は俺を放置してレーンにボールを取りに行く。絶対勘違いされたよな!? そういうのじゃないのにさ!?
……結局俺は、自分の番が回ってくるまで舞さんに手を繋がれたままだった。
◇◇◇
それからボウリングの後はカラオケ行った。時間と人数の関係上一人二曲歌えれば良い方だったけど、そんなことはお構い無しにかなり盛り上がっていた。
夕日も沈み、そろそろ帰るかと解散の空気。そんな折り、クラスメイトの一人が島本にお礼を言った。
「今日は誘ってくれてありがとな、島本」
「礼ならオレじゃなくて宮田に言えよー。今日のこれはアイツが言い出したことだしさ」
その発言にみんなは驚く。まあキャラじゃないしね。
そして中でも驚いてたのは、やっぱり愛哩だった。
「正直宮田のことあんま知らなかったけどさ、宮田って面白いんだな!」
「それねー! ぷふっ、歌のこと思い出しちゃった……!」
「や、やめろって! 確かにクソ下手だったけど……ぶはっ!」
「やめてくんないかな!? めっちゃ恥ずかしいんだけど!?」
俺の必死なツッコミに爆笑が起きる。いやそりゃあんまり歌は上手いほうじゃないけどさ! 盛り上がってたから全然気にしてないけどさ!
みんなは思い思いに今日のことについて話す。たまにはこうやって大人数で出かけるのも楽しいな、なんて半年前の俺なら絶対に考えないことを考えていた。
そんな中、俺はこっそり愛哩に耳打ちする。
「今日は楽しかった?」
「え、それは楽しかったけど……」
愛哩はやはり戸惑いながらも質問に答える。その言葉が聞けただけでも今日は誘って良かった。
「ねえ、何で今日はこんなことを企画したの?」
「いつも遊びに行く時は生徒会メンバーが多かったでしょ? だからたまにはクラスのみんなともって思っただけだよ」
「嘘つき」
「本音だよ」
他にも意図はあれど、今のも嘘ではない。一番の目的はまだ隠すけどね。
「明日は生徒会メンバー……いや、もう元生徒会メンバーか。四人で少し遅れた音心の任期満了打ち上げをするから、愛哩も来てね」
「え、明日も?」
「おーい宮田ー! 今からもう一曲歌ってくんねー?」
「それかなりタチの悪いノリだからな!? あんまり言うと本当に歌うよ!? ゆうがたクインテットなら得意だから!!!」
「あははっ、宮田君ホント面白い! 何で隠してたのさー!」
「さ、悟くん!」
慌てて呼び止める愛哩へ、俺は手を引いて輪に引き入れる。
それ以上俺と愛哩に個人的な会話はなく、解散するまでずっとみんなでバカ騒ぎしていた。
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