第102話 作戦会議1
生徒会室で愛哩達に改めて意志を伝えた後、俺と未耶ちゃんは駅近くの喫茶店に入っていた。
店内はブラウンを基調とし全体的に落ち着いて、客層は俺達のような放課後の学生から上は三十代前半辺りの会社員など、全体的に若めだった。
俺は店員が持ってきたコーヒーに口をつけ、小さく息をつく。
「この時間は最近ずっと生徒会の仕事があったし、放課後にこんなところに居るのは何だか落ち着かないね」
「そ、そうですね……」
未耶ちゃんは喫茶店に入り慣れてないのか辺りをキョロキョロと見渡していた。
「……大丈夫?」
「は、はい! 全然! 悟先輩こそ大丈夫ですか!?」
「俺は別に平気だけど……」
「そそそそうですよね! 変なこと言ってすみません!」
……何だか懐かしいな。告白される前かな、あの頃は意識してもらってたからか噛み噛みになることも多かった気がする。
再度コーヒーに口をつけ、ふと未耶ちゃんを視界に入れる。
瞬間、流れてきたのは未耶ちゃんの内心だった。
(ど、どうしよう!? 悟先輩浮気って思われないかな!? でもせっかくの二人っきりだし……だ、ダメダメ! 悟先輩はもう恋人が居るんだから!)
「……あー、えっと」
「さ、悟先輩!? もしかして心を読みましたか!?」
「……いや」
「絶対見ましたよね!? もう! 悟先輩の浮気者!」
「ちょっ!?」
未耶ちゃんが思ったより大きな声でとんでもないことを口走ったせいで店内の注目を一気に集める。浮気者って人聞きが悪過ぎるな……。
俺は周りの人に軽く会釈をし、こほんと咳払いをして一旦仕切り直す。
「……とりあえず、本題に入ろっか」
「わ、わかりました……」
「えっと、とりあえず状況整理から始めるね」
何事もまずは俯瞰で現状を把握することが大事だ。数学の問題だってどこが分からないから答えに辿り着けないかを明確にしないと取り掛かれないからな。
「生徒会長に立候補したのは二人。言わずもがな、俺と愛哩だね」
「お二人共有名人ですね」
「まあ俺の方は愛哩のおこぼれみたいな感じだけど」
あの長岡愛哩と付き合うに至った人物。ただ俺が有名になった根底を語るには愛哩の存在が不可欠だ。
「で、俺の推薦人は未耶ちゃん。対して愛哩の推薦人は音心。前会長だね」
「やっぱり会長が推薦人なのは大きそうですよね」
「何も手を打たなかったら三年生の票をかっさらうんじゃないかな。一応こっちの推薦人も学年は違うけど……」
「正直、カリスマのある会長とは真逆の存在です……」
「未耶ちゃんがそうだって言うわけじゃないけど、それをもっと顕著にしたのが俺と愛哩の人望の差なんだよね」
今朝舞さんにも話したが、片やクラスを飛び越えた学校の人気者、片やクラスの中でもろくに話す相手の居ない独りぼっち。ありがたいことに今では数人は話せる友達も出来たけど、知り合ってる人間の絶対数が圧倒的に違う。
友達だから応援したい。どこにでもありふれた単純接触効果は、俺にとっては確実に不利だ。
「まあそこは今更どうにかなる問題とは考え辛いから、ひとまず置いておくよ」
「だとしたら差をつけるにはマニフェストでしょうか」
「そうだね。正直勝機はここにしか無いと思う」
よく使われるものとしては今の学園生活をより良くするなんて美辞麗句。生徒会長にそこまでの影響力があるかはさておき、前提にそれが無ければ勝負の土俵にすら立てていないのと同じこと。
後は自分の成長のためなんてのが中学の頃の会長選挙にあった気がするけど……、その人は落選してたしな。そりゃ何で自分達がよく知りもしない人のために投票しなければならないんだと、まして自身の学園生活が向上する可能性が低い選択肢を取らなければならないんだと考えるのは当たり前だ。
一人で考え込んでいると、未耶ちゃんがあっと声を漏らす。
「会長はどんな演説で勝ち抜いたんでしょう?」
「あー……。俺も一応演説は聞いてたはずなんだけど、その頃は他人に興味が無かったからなぁ……」
それに音心の時は立候補が一人だけだった気がする。信任投票なら余程のことがない限りは就任に至るだろう。
「でも他の人の話を聞くのは良さそうだよね。参考になりそうだし」
だけど悲しいことに俺の知り合いに生徒会長を経験している人間は心当たりがない。同じ高校なら音心しか居ないし、他校と言っても俺は友達が少なかったどころか途中からは孤立していたし……。
「……いや、ちょっと待てよ」
「悟先輩?」
「一人、力になってくれる人が居るかもしれない」
俺はスマホを取り出してその人物にメッセージを送る。内容は場所と今時間があるか、そしてもう一人を一緒に連れて来れるかどうか。
コーヒーカップの底が見えた頃、届いた返信は『丁度二人で近くに居たし今から向かう』という端的なものだった。
「今から来れるって。ひとまずはその人達に聞いてみよう」
「誰を呼んだんですか?」
「他校の“知り合い”だよ。未耶ちゃんも顔は知ってると思う」
あえて“元親友”とは言わなかった。この話に過去の間柄は関係ない。今でもすぐに思い出せるそいつの顔を思い浮かべながら、あえてそれを隠した。
少しして、“そいつ”は俺達の姿を見つけて歩いて来た。
「よう悟。まさかお前から呼び出されるとは思ってなかったぜ」
「俺もお前に頼るとは思ってなかったよ、
俺のものとは違うブレザーを着た爽やか系のイケメン。再会は愛哩へ告白したあの日以来だ。
そして、その隣にはもう一人。
「知業君から聞いた時は少し驚いたけど、僕を呼んだってことは生徒会絡みの話なのかな?」
背丈が大きい大人びた雰囲気を持つ人間。演技がかった話し方が特徴的で、ある種音心よりも
「呼び出してすみません、生徒会長」
形式的な俺の謝辞を、彼は人の良い笑顔で受け入れた。
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