第101話 宣戦布告

 二日後の朝、クラスは生徒会長選挙の話題で持ち切りだった。


「おい見たか!? 生徒会長選挙、長岡さんだけじゃなくて宮田も立候補してるぞ!」

「話し合いとかしなかったのか?」

「恋人対決だね……!」


 俺と愛哩が付き合っているのは既に周知の事実。なおかつ愛哩は学校の有名人だ、そんな二人が会長選挙で争うともなれば勿論沸き立つ。


 そしてこのクラスには当事者がどちらも在籍している。質問が飛び交うのは当然だった。


「ねえ長岡さん! 立候補前に二人で相談はしなかったの?」

「そういうのはなかったかな。だって悟くんの立候補は私も今朝知ったばかりだし」


 隣に座る愛哩は様々な質問へまるで流れ作業のように答えていく。


 ……俺の方は、まあいくら愛哩と付き合ってるとはいえ当人自体がぼっちだからね。質問しに来る人は居らず、いつもとあんまり変わらない様子だった。


「ね、宮田くん」


 そんな中声を掛けてきたのは、愛哩とは反対の席に座る舞さん。含みのある笑顔を浮かべていた。


「事情、あるんでしょ?」

「何でそう思ったの?」

「だって今までの二人ならこうなる前に話をするじゃん。そうじゃないってことは何か理由があるんだよ」


 いつもながら舞さんは鋭い。俺の性格を知っているからこそ出来る推測だ。


「……詳しくは言えないけど、勝たなきゃいけなくてさ。じゃないとちょっと危ういんだよ」

「ふーん? それって長岡さんが二日休んでたことと関係ある?」

「分かってるくせに」

「それが答えになっちゃってるよ」


 どうせ隠そうが舞さんなら勝手に答えに近いところまで導き出しそうだ。相手のペースに乗り、俺は続けて「だけど」と前置きした。


「勝てるビジョンは今のところ全然湧かないんだけどね」

「そうかな? 私は宮田くんが勝つ可能性も充分あると思うよ」

「元々の知名度は勿論、裏付けされた人気もある。実際の選挙で芸能人が勝つみたいに、俺は愛哩に比べて圧倒的に不利だ」

「そりゃ集合体としての意見が独り歩きするような国民が相手ならそうかもしれないけど、ここは生徒数が五百人程度の普通の高校だよ。顔の見えない少数意見は実際の選挙とは重みが違うんじゃないかな」


 舞さんは俺には見えない道筋を示唆するかのような物言いをする。


 俺が愛哩に勝てるところ。言われて考えてみるが、すぐには思いつけない。むしろ思いつけていたら苦労はしてないだろう。


「ま、いろんな人と考えてみたら良いんじゃないかな。推薦人の子も居るみたいだしさ」

「そこは本当に良かったよ。未耶ちゃんが居てくれなかったら土俵にも立ててなかった」

「そしたら私が推薦人になってあげるよ」


 会話をする上で必ず挟まれるクッションを舞さんは無視しがちだ。だからこそ不意の好意のようなものに一々面食らってしまう。


(ホント、長岡さんは良い買い物をしたなぁ)


 心の中で呟く舞さんの表情は、いつも通り感情の読めないものだった。




◇◇◇




 生徒会室は何とも言えない空気に包まれていた。重いとはまた違うけど、どこか質感を持った異質な雰囲気。


 座る席はいつもとは異なる。生徒会長が座るお誕生日席は空席で、俺と未耶ちゃんは相談に来た生徒側の席、そして愛哩と音心は役員側の席に座っていた。


 生徒会活動時間まで残り十分程。普段なら何気ない会話くらいは交わされているものだが、今日はまだ誰一人話していない。自然とこの席配置になった。


「良いかな」


 口火を切ったのは俺。多分この場に居る全員が同じ話題を待っていることだろう。


「もう知ってるとは思うけど、俺も会長選挙に立候補したよ」

「理由はあるの?」

「あるけど言えない。一応俺達は敵同士だからな」


 短く訊ねてきた音心を一刀両断する。気にした様子はないのか、もしくはその答えを予想していたのか、音心は特段深堀せずに「そう」とだけ返した。


「私からも良いかな」


 口を開いたのは愛哩。音心も未耶ちゃんも反応する気がないのか、頷いたのは俺だけだった。


「悟くんは私が生徒会長に立候補した理由を知ってるよね。なのに対抗するっていうのは、元々決めてたことだからなの?」

「あんまり言うとさっきの音心の質問に答えなかった意味が無くなるから大体は隠すけど、一つ言えるのはそれを聞いてから立候補の選択を思いついたってことだけ」

「そっか」


 表面的には愛哩も気にした様子はない。教室ではよく見ていた読み取れそうで読み取れない感情を浮かべた表情だ。




 だけど、俺はその内側も理解出来てしまう。




(──絶対に負けないから)




 それは妄執。だけど言葉通りに伝えたところで、愛哩に響きはしない。


 気持ちを伝える方法は結果だけじゃない。好きを伝えるのが告白だけじゃないように、それまでの過程だって同じくらい、いやそれ以上に重要だ。


 しかしそれだけではまだ足りない。直感で理解した当たり前を、俺は続く愛哩の思考を見て止めた。


(……生徒会長にならなきゃ、お父さんとお母さんをまた困らせることになる)


 手段と結果が結び付いていないのは気付いているのだろうか。


 普段の愛哩なら──いや、普段の愛哩じゃないからこそ、今のような暴挙に出ている。


 主張は行動で示すもの。


 そう言語化した途端、何だか目標が改めて明確になった気がした。

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