第100話 立候補者

 生徒会の役員というものは既に生徒会に属している者から推薦を受けて初めてなることが出来る。実際に愛哩から推薦を受けた俺がそうだ。


 だけど生徒会長だけは異なる。


 推薦人を一人以上得て、きたる生徒会長選挙で勝ち抜く、もしくは立候補者が一人の場合は信任投票を経て初めて就任に至る。


 ──放課後になり、俺達は生徒会室で音心から引き継ぎを受けていた。


 内容は生徒会長の業務について。もしここに居る役員以外が次の生徒会長になればこの引き継ぎは無駄に終わるのだが、慣習として引き継ぎは現会長から二年生以下の役員に行い、そして改めて新生徒会長にするそうだ。理由は三年である会長がすぐにでも受験勉強に専念出来る環境にするため。


 本来は文化祭直後にするものだけど、愛哩が二日間休んでいたから今日にずれ込んだというわけだ。


「次に生徒総会についてだけど……」


 音心は真剣な様子で引き継ぎをする。これが最後の仕事だからか、一つずつ噛み締めるように行っていた。


「……って愛哩。聞いてる?」

「勿論です。生徒総会は役員の全会一致と全常勤教員の過半数の承認があって初めて開ける。そこで上がる議題は基本的に学園の問題について。必要があれば校則も変わる。一年生の頃からずっと生徒会に居たんです、ちゃんと理解していますよ」

「言われてみたら愛哩は二回目の引き継ぎか。ホントよく覚えてるわね」

「ありがとうございます」


 そんなやり取りもあり、続くこと十分。


 最後の確認事項が終わると、音心は長いため息をついて背もたれに身体を預けた。


「……これで全部ね。わからなかったところはあった? はい未耶」

「えっ!? と、特に無かったです!」

「なら良かった。悟も無いわよね」

「無かったよ。一年間お疲れ様」

「ありがと」


 聞かされた生徒会長の業務は思っていたよりも多かった。文化祭が良い例だが、うちは他の高校よりも生徒会に任される割合が多い。


 生徒会長ともなればそれもひとしお。今まで音心は成績不良になることもあったが、引き継ぎを聞き終えてからはどこか納得してしまうのも事実だった。


「……で? アタシはまだ聞いてないんだけど、次の生徒会長は誰がするのよ? 未耶が立候補しないのは前に聞いたけど」

「ま、まだ人前に出るのはちょっと緊張するので……」

「私は立候補する予定です」


 未耶ちゃんの気弱そうな声とは対照的に、凛とした態度で愛哩は言い放つ。


 ……立候補する理由は、当然今朝言っていた『両親が誇れる理想の娘になるため』だろう。


 このまま立候補させてはいけない。本能的に感じて、待ったをかけようとする。


 しかし、俺よりも早く音心は口を開いた。


「ならアタシが推薦人になるわね。頑張りなさい、愛哩」

「ありがとうございます。会長が推薦人になってくれるなら安心出来ます」


 口を挟む前に会話が終わる。今の様子だと音心は特に反対する気も、というかむしろ賛成なんだろう。


 音心は鈍感そうに見えて実は人一倍鋭い。今の発言でさえ俺にはどこか違和感のようなものを覚えたのだ、恐らく音心なら事情を知らずとも何か感じたはず。


 その証拠に、音心の心は。


(……危ういわね)


 何が、とは言語化していない。だけど反対しないにしても思うところは存在している。


「愛哩。立候補届けを貰いに行くからついてきなさい。あとついでにその帰りにポスター剥がしもするつもりだし、帰ってくるのは大体二十分後くらいかしら」

「それくらいですね」

「そういうことだから、悟」

「え?」


 それだけ言うと音心と愛哩は生徒会室を出ていく。


 すれ違いざま、音心は意味深に俺の背中をパンと叩いた。


 無言が流れる。途端、思考の波が押し寄せた。


 ……さっきの発言は何だ?


 立候補届けを貰いに行くのはわかる。その場で書いて、合わせて提出もするだろう。ポスター剥がしも文化祭後にまだ剥がし忘れてるものがあればいつかはする必要があった。


 ただし二十分後と明言するのは、単体では普通に見えても。


「何だか珍しいですね、会長が時間を言うのって」

「未耶ちゃんもそう思うよね」


 生徒会の一員として関わるようになってから半年以上の時間をかけたからこそ、気付くことが出来る違和感。


 ……もし音心が愛哩の生徒会長への立候補に対して思うところがあるとして、普段言わない時間、そして含みのある背中を叩く行動。


 これらに全部意味があるとしたら。


「ねえ未耶ちゃん、人の背中を叩くのってどういう時?」

「そもそも叩いたことがありませんけど……、会長はよくしますよね。さっき悟先輩もされてましたし」

「そうなんだよね。最近背中を叩かれたのだって文化祭の閉会式の直後だったし」


 あの時音心は何て言ってたっけ。『何しんみりしてんのよ』って言われたのはすぐに出てきたけど、その後。




『次はアンタ達が頑張る番なのよ。生徒会長選挙だってあるんだし、落ち着いてる暇はないんだからね』




 その言葉を思い出した瞬間、全てが繋がった。


「ねえ、未耶ちゃん」

「? はい」


 目を丸くして応答してくれる。


 音心は人を励ます時、そして託す時に誰かの背中を叩く。それは言葉通り誰かの背中を押すように。


 今まで俺は愛哩を立候補させないことがベストだと思っていた。何故ならもし生徒会長になれたとして、それでも愛哩の両親がまだ心のどこかでは愛哩を恐がってしまっていた場合、恐らく今の不安定な愛哩では耐えられないだろうから。


 その道は音心によって断たれてしまった。今頃はもう立候補届けに名前を書いているだろう。


 だけど、手段はそれだけじゃなかった。


「琴歌の時といい、最近は未耶ちゃんに頼ってばっかりだけどさ」


 音心が時間を伝えたのは“俺が未耶ちゃんと二人で居る時間”を強調するため。


 音心はもう託したのだ。自分は表舞台を降りるから、これからの生徒会を作る俺達に起き得る問題の解決を任せた。


 だったら、俺はその信頼に答えなければいけない。


「今回も、頼らせてもらえないかな」


 音心みたいな頼れる先輩にはまだなれない。恥を承知で聞く。


 未耶ちゃんは、力強い目で応えてくれた。


「頼ってください。悟先輩の力になれることなら、何でも」


 男の前で震えていた未耶ちゃんはもう居ない。成長しているんだな、なんて何様かも分からない感想を抱いた。


 そして、俺は再度未耶ちゃんに頼った。




「生徒会長選挙。俺の推薦人に、なってくれないかな」




 俺が生徒会長になれば、つまり愛哩に勝てば。


 起き得る問題は解消出来るのだ。

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