第103話 彼は如何にして勝負に勝ったのか

「で? 話ってのは何だ?」


 知業は頼んだカフェオレを喉に流し込みながら訊ねる。


 未耶ちゃんの隣に移動した俺の正面には知業と生徒会長。テーブルを挟んで二対二の構図だ。


「俺生徒会長選挙に立候補したんだよ。だから会長さんに自分が会長になった時の話を聞きたくて」

「なるほど。それは勿論構わないんだけど、普通なら他校の人間に頼るっていうのは珍しいよね。考えられる線は三つ。敵にするには分が悪い相手なのか、どうしても勝たなきゃいけないからか、もしくはその両方か」

「両方です」


 生徒会長だからと言うわけではないが、流石に鋭い。自分が呼ばれた状況だけでそこまで辿り着けるのは限られた人間だけだろう。


「敵にするには分が悪い相手を推測するのに一つ聞いておきたいんだけど、君……えっと、悟君だよね。悟君は学校ではどういう立ち位置なのかな」

「お世辞にも友達が多いとは言えませんね。同学年は言わずもがな、一年生はここに居る未耶ちゃんともう一人、三年生は相手の推薦人であるうちの生徒会長だけです」

「なるほどなるほど。整理するから少し待ってね」


 拳を作って下唇に当てる。考えてるポーズと言われたら思い浮かべそうなものそのままだ。


「……えっと、もし良ければ順を追って説明しますよ?」

「良いんだよ悟。これは会長の癖でさ、バイアスがかかってるかもしれない意見を鵜呑みにするよりは自分で辿り着いた結論の方が信頼出来るんだと。探偵ばりの推理力を持ってる人だから勘違いは起きないと思うぜ」

「バイアスなんて言葉知ってたんだな」

「そこは関係ねぇだろ!?」


 軽口を叩くと慣れた様子でツッコミを入れてくる。こういう掛け合いはかつて何度もやってきた。


 ……一度解消した関係だけど、これくらいは別に良いよな? わざと忘れるのもおかしな話だし。


 会長さんはたったそれだけの時間だったけど、考えが固まったのか手を静かに下ろした。


「悟君の推薦人は恐らく隣に居る子だね。その上で不利と考えられる理由は三つ」

「三つ?」


 二つまでなら分かる。知名度は勿論、こう言うのは申し訳ないけど音心と未耶ちゃんの差だ。大元はどちらも知名度で片付きはする話だけど……、もう一つ?


 俺の熟考をよそに、会長さんはピンと指を三本立てた。


「一つは君と相手の間には知り合いの数が天と地程の差がある。ほとんど関わりのない僕を呼んだくらいだから相手は人気者なんだろう」


 俺の目をじっと見て確認し、薬指を折る。これはその通りだ。


「二つ目は推薦人の差。別に女の子の君が悪いとは言わないが、相手の推薦人が元生徒会長というのは思ったよりも大きい。生徒会長とはつまり学園の意見の代弁者。信頼度も推して測るべきだね」


 同じ意見だ。生徒会長は責任が付きまとうが、成功した場合の功績も生徒会長の存在が最も色濃く記憶される。


 まして大成功に終わった文化祭の直後だ、ここの不利も少し考えれば全員が辿り着けるもの。


 だけど、あと一つが分からない。


「最後に、君達には一般生徒の情報が足りないんだよ」


 中指を折りながら、残った人差し指を俺に向ける。


「相手の推薦人、交流会で話した背の低い彼女だろう? あの性格じゃさぞ友達も多いことだろう。そして君の相手もそうだ」


 それは一つ目の理由じゃないのか。口にする早く、彼は続けた。


「つまりね、彼女達は生徒が望んでいることに触れる機会が多いんだよ。それはそのままマニフェストに繋がる」

「……!」

「わかったようだね。恐らく君達は元々の知名度で負けている以上マニフェストで差をつけようと思ってたはずだけど、その点においても君達は不利を取っている」


 考えてみればそうだ。多くに望まれるマニフェストを組み立てるためには現場の声が必須。


 じゃあ俺達は一体どうやって情報を集めれば良いんだ。


「勘違いしないでほしいのが、マニフェストで差をつけるのが間違いってわけではないんだ。むしろそれしか道はない。今から相手よりも人気者になるなんて荒唐無稽と天秤に掛けたらどちらが正解かは明らかだ」

「だったら──」

「その上で聞いて欲しい。僕の時の会長選挙は、君と同じく圧倒的不利なところから始まったんだ」

「ああ、そうでしたね」


 会長さんの言葉に知業は同調する。俺と未耶ちゃんは黙って続きを待った。


「会長って元々生徒会の役員じゃなかったんだよ。そこはお前とは違うけど、相手の状況は似たようなものだった」

「前生徒会長が推薦人で、立候補者は副会長だったね。ちなみに僕の推薦人はその辺で見つけたこれまた生徒会の役員ではない生徒だったよ」

「本人を目の前にしてそこまで言いますか……」


 だから生徒会なんて柄じゃないはずの知業が役員になっていたのか。思わぬところで知った事実に驚きながら、だったらどうやって勝てたのか理由を探す。


「“小さい夢は見るな。それには人の心を動かす力がないからだ”」

「……?」

「ゲーテの言葉だよ。僕は現場の声が重要とは言ったけど、言われたことをそのまま叶えますって言われてもあまり揺さぶられないだろう?」


 聞き馴染みのない言葉に俺は目を丸くする。


「例えば僕の高校は元は男は前髪が眉を隠すことやもみ上げが耳を隠すこと、ツーブロックなんかも禁止だった。女は元々の髪質をそのままにしなきゃダメで、ストレートパーマですら禁止だった。初めからストレートの子は許されているというのにね」


 うちにも似たような校則は存在する。前時代的と言うに相応しい、言葉通り前時代に作られた校則が今も残り続けている。


「じゃあその規則を緩くします! と言うよりも染髪もOKにします! って言われた方がワクワクしないかい? ついでに生徒総会の開き方や規則、そこでの校則の変え方何かも伝えたらどうしても期待される。……締めの言葉は何だったかな」


 見た目の真面目さからは考えられない奔放さ。終始驚きながら、やがて彼が口にした言葉は。


「『僕はみんなの望む高校に作り替える。金髪でもスマホでも私服登校でもそれが多数派の意見ならば絶対に叶える。方法も知っている。先生に嫌われるのは僕の仕事だ。だからその代わり、君達匿名の多数派は僕に投票してくれ』……うん、これだね」


 自由を通り越して傲岸不遜。だけど生徒相手にはどこまでも献身的。


 有権者が生徒だからこそ、絶大な支持を得たんだろう。


「まあ、ここまで言っておいてなんだけど僕のやり方は少し無理矢理が過ぎる。一般生徒から聞いた要望を最大限に誇張したから出来なかったこともいくつかあるしね」

「高校自体の偏差値を上げるというのは達成出来ていませんでしたね」

「ただ勝てば官軍だ。選挙というものは勝った方が多数派になるんだよ」

「俺が勝つには会長さんのような強引な手法を取るのが一番ということですね」

「有り体に言ってしまえばそうだね。状況が不利なら盤面自体をひっくり返す一手で滅茶苦茶にすれば良い」


 理知的に見えてどこか暴力的にすら見える彼の口ぶりは当初抱いていた印象とは全く違う。


 考え方を知ればその人へのイメージが変わる。当たり前のことを当たり前のことだと改めて認識した。


「僕からはこれくらいかな。他に聞きたいことはある?」

「いえ、充分です。ありがとうございました」


 本当に、思っていた何倍も参考になった。俺と似たような状況だったというのは僥倖に他ならない。


「じゃあ僕達は行こうかな」


 ピッと伝票を引き抜いて席を離れようとする。遅れて知業も立ち上がった。


「支払いは僕がしておくね」

「いや、呼び立てた側が払わせるのは申し訳ないので俺が」

「こういう時は甘えるべきだよ、悟君」


 有無を言わさずその場を後にする。引き止める間もなく二人は支払いを終えて店を出ていった。


 ……話している時も感じていたけど、あの人は音心と同種か、あるいはそれ以上のカリスマを持っている。


 まるで何かの主人公みたいだ。そんなことを思いながら、俺は彼らの背中が見えなくなるまで目で見送っていた。

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