第95話 自己紹介

「ここです」


 俺は保護者の二人改め愛哩の両親を生徒会室まで案内し、ドアを開ける。


 中には未耶ちゃんだけが居て、無心でパソコンのキーボードを叩いていた。


「あれ、未耶ちゃんだけ?」

「悟先輩? お疲れ様です……、えと、その方達は?」


 動かす手を止め、俺の後ろに立っていた二人に気付く。対人はましになってきてるとはいえ人見知りだもんね。ちょっと萎縮してしまってる。


「愛哩のご両親だよ。今の時間なら生徒会室に居ると思ってたんだけど……」

「実は丁度さっき実行委員に呼び出されまして……。申請していない割引をしていた三年生のクラスがあったらしいです」

「それは確かに生徒会が出ていった方が良いね。去年もこういうことはあったのかな」


 午前中だけでも教室の窓を隠すなどルールを違反しているクラスはいくつかあった。俺が向かった時は言えばすぐにわかってくれたけど、三年生が相手となるとちょっと心配だな。


 愛哩のお父さんは軽く咳払いをする。俺と未耶ちゃんは自然と視線を向けた。


「自己紹介が遅れたね。長岡愛哩の父です。未耶ちゃんって呼ばれてるってことは、君が米原未耶ちゃんかな?」

「は、はい! 一年の米原未耶です! 愛哩先輩にはいつも助けてもらってます!」

「ふふ、良いのよ。いつも愛哩も嬉しそうにみんなのことを話してくれるんだから。でもそう言ってもらえたらお母さんとしても鼻が高いわ」


 お互いの自己紹介はつつがなく終わり、かと思うと奇妙な無言が流れる。


 何か話した方が良いのかな。逡巡してると、不意に生徒会室のドアが開かれる。


「ただいま。……ってお父さんとお母さん!? 何で居るの!?」


 帰ってきたのは他でもない愛哩。微妙な空気になってたし丁度良かった。俺は簡単に事情を説明する。


「愛哩に会いに生徒会室に向かっていたんだけど、その時に丁度俺が声を掛けられて案内したんだよ」

「あ、ああ。そういうこと……。悟くんが案内してくれたんだね。ありがと」

「気にしないで。それより違反クラスは大丈夫だった?」

「自分達も後ろめたさはあったみたいだし、言ったらすぐにわかってくれたよ。売っちゃったものはもう仕方ないけど……」

「まあ違反をしたからそのクラスは中止ってなると顰蹙を買うだろうしね。来年は事前にペナルティを言っても良いかも」


 今から来年のことを考えても鬼が笑うだけかもだけど、これからも生徒会をやっていくとなると無意味ではないはずだ。今の副会長が愛哩なら今度の生徒会長選挙ではそのまま愛哩が会長になるかもしれないし。


 もしそうなれば、俺は出来るだけ近くで支えたい。


「ふむ。なるほどなるほど。確か悟君だったね? トライアンドエラーは大事だよ。今の若者は今が良ければそれで良いって考えの子が多いって思っていたけれど、改めなくちゃいけないな」

「恐縮です」

「もうお父さん! そういうのは恥ずかしいからやめてって言ってるでしょ!」

「はっは、愛哩は恥ずかしがり屋だなぁ」


 愛哩のお父さんは愉快そうに笑う。対照的に、子どもみたいに怒る愛哩は何だか見たことのない姿で新鮮に、そして親子仲睦まじく思えた。


 何だか上から目線みたいになってしまうけど、この親にしてこの子ありみたいな。


 愛哩のアイデンティティを支える頭の良さのようなものを、どこか感じた。


「……あ」

「どうしたの?」


 ふと思い出し、俺は思わず声を出してしまう。


 そう言えばまだ未耶ちゃんみたいにちゃんとした自己紹介はしてなかったな。名前を当てられたからそのまま肯定して案内したけど、俺は愛哩とただの友達ってわけじゃない。


 ここで言うべきか否か。そんな思考を愛哩は鋭敏に読み取った。


(別に恋人のことは言いにくかったら言わなくて良いよ?)


 愛哩の様子はどこにも無理がなく、本心からそう思ってることがわかった。


 まあ、もっともらしい理由を付けたら今みたいな意図しないタイミングじゃなくて、もっと二人で今の関係を伝えようって思った時の方が流れは綺麗だ。そこには多分ドラマだってある。


 俺が愛哩から一度視線を切ると、愛哩も同じく俺から目を外す。


 そして生まれるのは、愛哩の伝えようとしていない本心。


(恋人って言ってくれたら嬉しいけど、悟くんが可哀想だもんね)


 ……俺は開きかけた口を閉じ、出かかった言葉を飲み込む。


 ここで男を見せなかったら彼氏の名折れだ。操二に言われたキスすらあの時には出来なかった。その先駆けじゃないけど、度胸は付けていって然るべき。


 愛哩が俺を気遣ってくれたんなら、俺は愛哩の望む言葉を口にしたい。


「自己紹介が遅れました。さっきも一応名前は伝えましたが、二年の宮田悟です。愛哩さんに誘ってもらって今は生徒会の役員として過ごしています」

「そうだね。話は聞いてるよ」

「あとはその、個人的な関係として」


 緩やかに胸が早鐘を打ちだす。


 ……ここまで来て言い淀むなんて、俺は本当にカッコ悪いな。


「愛哩さんとは、お付き合いをさせていただいています」


 ようやく絞り出せた言葉は形式ばった敬語であり、およそ高校二年の子どもが言うには硬すぎるもの。


 一瞬目を丸くした二人は、しかしやがて優しい笑みをたたえた。


「そっか。だから最近愛哩も変わってきたんだね。本当に感謝してるよ」

「私からもお礼を言わせてもらうわね。ありがとう。……愛哩は昔からよく出来すぎちゃうからか、本音を見せるのが苦手な子だったの。だから誰かと付き合うなんて思いもしなかった」


 しみじみと語りながら俺へ微笑む。そこには愛哩への愛情が詰まっている気がした。


「じゃあ私達はそろそろ行くよ。愛哩は閉会の挨拶をするんだったね。頑張るんだよ」

「じゃあね」


 そう言って二人は生徒会室を後にする。トン、とドアの閉められた音がやけに響いた。


「わたし、ちょっと会長のところに行ってきますね」


 未耶ちゃんは二人の後を追うように出ていく。


 自分で言うのもなんだけど、未耶ちゃんは前に告白してくれたんだよな。酷なことなんて思い上がったことは言えないけど、配慮は足りなかったのかもしれない。


「悟くん。そういう気の使い方は多分みゃーちゃんは求めてないよ」

「……そっか。そうだね」


 丁度さっきの昼休憩で操二の島本への気の使い方を見たばかりじゃないか。勿論俺と未耶ちゃんとはタイプが違いすぎるし、あの通りにするのは違うと思う。


 でもあんな思いやりの形もあるんだっていうのは、覚えておかなきゃいけないよね。


「それと、悟くん」

「何?」

「付き合ってるって自分から言ってくれてありがと。……欲を言えば、恋人って言ってほしかったけどね?」

「そういうもの?」

「んふふ、そういうものなの」


 くすぐったくなるような会話。後から恥ずかしくなった。


「さ、文化祭も残り半分だよ。頑張ろうね」


 愛哩は頬をうっすら赤く染めながら笑いかける。


 俺はそうだね、と平静を保ちながら言葉を返すのだった。

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