第87話 恋人デート 後編

 映画館を出た俺達は、良い時間だったのでフードコートで昼食を食べていた。空いていた四人席の左半分を使い、一応右半分は他の人が使えるようにする。


 休みのフードコートはさっきの映画館と同様学生達でごった返していた。制服じゃないからわからないけど、もしかするとうちの高校の生徒も居るのかもしれない。高校からはそう遠くないしね。


「今日は映画だったから作ってきてないんだけど、悟くんはやっぱり恋人のお弁当が食べたかった?」

「作ってくれるのはそりゃ嬉しいけど、愛哩と一緒なら何でも嬉しいよ」

「あは、ちょっと恥ずかしいかも」

「ごめん、忘れて」


 さっきの映画のせいか変なテンションになってる。何だ今の臭い言葉。服装を褒めた時もだけど、今日はメンタルボロボロだなぁ……。


「んーん、そう言ってもらえて嬉しいよ」

「そ、そう言えば前に一回作ってもらったことあったよね。あれはどちらかと言うとお弁当というか昼ご飯だったけど」

「あ、琴歌ちゃんの時? 確かテストに負けてまだ付き合ってもないのに家に呼ばれたんだよね」

「今思うと結構ヤバいことしてるね俺」

「んふふ、流石の私もちょっと動揺しちゃったっけ」


 愛哩はその頃を懐かしみながら破顔する。思えばあの頃から既に俺は惹かれてたんだろうな。普通友達の女子を家に呼ぶなんて考えない。


「昨日琴歌に俺達が付き合いだしたことを話したよ」

「そっか。どうだった?」

「おめでとうって言ってくれた」


 俺が実兄とはいえ好きな相手が自分じゃない人と付き合うなんて、聞いた時はショックだっただろう。それでも祝福してくれた琴歌には本当に感謝しかない。俺なんかには勿体ない、なんて言うと琴歌に怒られるのかな。




 食べ終わったトレーをそのままに、俺と愛哩は他愛もないことを話す。学校でのこと、家での過ごし方、相手が知らない自分の昔の話。出会い頭は緊張でガチガチになっていたとは思えないほど、会話は弾んでいた。


 三十分くらい話していただろうか、いよいよ人が多くなって相席をしてるところもちらほら見え始める。もしかしたら空けている隣の席にも誰か来るかもしれない。そうなったら操二に言われた通りウインドウショッピングにでも切り替えようか。


「すみません、ここ空いてます?」


 噂をすれば影がさす。俺と愛哩は同じタイミングでどうぞと促した。


 クレープを持った二人はどちらも女子。片方はビックリした様子で小さくわ、わ、なんて言っていて、もう片方はふーんと意味深な笑顔を浮かべていた。


 ……ってか、めちゃくちゃ見覚えある人達じゃん。


「あれ、愛ちゃんと舞ちゃん?」

「お邪魔してごめんね、長岡さん」

「わ、そっか、そうだよね! 休みの日だったらデートするもんね! 何かごめん!」


 舞さんが愛さんを上座に促すと、本当に良いの? と俺と愛哩へ目で確認しながらも控えめに腰を下ろす。舞さんは俺の隣に座った。


 何かこの二人とは縁があるなぁ。まさか相席するとは思ってもいなかった。


「宮田くん、疑ってたわけじゃないけど本当に付き合ってたんだね。おめでと」

「嘘だったら俺痛すぎるでしょ」

「愛ちゃんに言い訳をくれるために話を合わせてくれてるとか? 生徒会はそういうところだって聞いてるよ」

「流石にそこまでは身体張れないって」

「あは、それもそっか。だったら私と付き合ってとかも受け入れてもらえるわけだしね」

「それは何の言い訳?」

「言霊にしたいだけかもよー」


 舞さんと軽口を叩き合う。学校ではとりたてて話したりはしないけど、いざ会話を交わすと昔からの友達のように言葉がポンポン出てくる。内面が似てるのかな、何度も思ったことだけど俺と舞さんは相性が良いんだろうね。


 そしてその様子を、愛哩と愛さんは二人して黙って見ていた。


「……ど、どうしたの? 俺何か変なこと言った?」

「別にー」

「ほ、ほら宮田くん謝って! 彼女を怒らせるなんて彼氏失格だよ!」

「え、怒らせる?」

「私別に怒ってないけどね」


 愛哩は教室で見せるような満点の笑顔で、だけど目だけが笑っていない。


 ……怒ってはないだろうけど、これは良くも思ってないな。確かにデート中に恋人が異性と仲良く話してたら良い気はしないか。


(本当に怒ってないからね? ただあなたの彼女は誰だったかなーって思って)

(あ、や、その。舞さんとはそういうのじゃなくて……ごめん……)

(下の名前で呼んでるんだ?)

(こ、これは別に浮気とかじゃなくてね!? 何と言うか、その)


 自分でも恥ずかしくなるくらい慌てる。視線が泳いでるのを実感した。


(……失礼だとは思うんだけど、愛さんと舞さんは愛さんと舞さんで辞書登録されてるというか……)

(何?)

(……苗字覚えてない……)

「ぷっ、あはは! ホント冗談だから気にしないで大丈夫だよ? それはそれとして今のは絶対本人に言っちゃダメだからね!」

「そうだね……」


 今度は本心から笑う。何とかなった……のかな……? こういうのは気を付けなきゃ。


「ふふ、お二人さん熱いねー。目で会話なんて老夫婦でも出来ないんじゃない?」

「あ、今のそういうこと!? 二人とも大人だなぁ……」

「んふふ、ありがと」


 何だか気恥ずかしくなって隠すように唇を巻き込む。こういうところを見られるのに慣れてないからかな、少しだけ顔に熱が帯びた。


「そろそろ行こっか、悟くん」


 そんな俺を見てか、愛哩はまるで助け舟のような提案をしてくれる。俺は否定するはずもなく、そうだねと言って席を立つ。


「じゃね、長岡さん。宮田くん」

「また学校でね!」


 愛さん舞さんも特に止める様子はなく、小さく手を振って俺達を見送った。


 トレーを返却口に置き、フードコートを後にする。あてもなく並ぶ店を眺めながら歩いていると、不意に手を握られる。


 見ると、愛哩はほんのり頬を赤くしながらはにかんでいた。


「ふふ、手を繋ぐのはちょっと恥ずかしいかも」

「……まあ、他に人も居るかもだしね」

「悟くんは嫌?」

「……言わせたがるなぁ」


 手の平にまで伝わりそうなはやる鼓動。愛哩には伝わってないよね? まるで少女漫画の主人公みたいな内心に俺は変な羞恥心を覚えた。


「嫌なわけないよ」

「んふふ、ありがと。じゃあ悟くんが本音を言ってくれたお礼に、私からも一つ本音を教えてあげる」


 愛哩は手を握りながら俺の前に躍り出る。身長差で上目遣いになりながら。




「気にしてないのはホントだけど、少しは嫉妬しちゃったんだからね?」




 そう言って照れ笑いを浮かべる愛哩に、この間まで着飾っていた仮面は見えなかった。今のは紛れもない本心だと、心を読める俺には人一倍伝わってくる。


 ……嫉妬させることは良くないことだってわかってるんだけど、それでも、俺は嫉妬をしてもらえていたことにどうしようもなく嬉しさを感じた。


 結局この後は当たり前の時間を過ごしながら、新しい関係でのデートを満喫したのだった。


 まあ、操二に言われたキスは出来なかったんだけどね。それも付き合っていけばいつかは経験するんだろう。そんな予感を、俺は家路を辿りながら感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る