第88話 席替え

 週明けの月曜日。愛哩とのデートを終えた今日からは本格的に生徒会が忙しくなる。まだ一時間目の前だというのに今からそわそわしてきた。


 ……が、その前に。今日は一大イベントがある。クラスメイトもどこか浮き足立っていた。


「今日一時間目に席替えあるんだよな! 後ろの席を引けることを願うばかりだわ!」

「オレはドアの近くかな。購買戦争は一秒が命取りだし」


 先生から目立たない場所や友達と隣など、各々が望む席に座れるかの究極の運ゲーである席替え。


 かく言う俺も、明確にここって望む場所は無いもののある位置を確保したいという席はある。


 何としても愛哩より後ろの席に……! 後ろからだと逐一心を覗かれる……!


 今の席は愛哩の丁度同じ列である二つ後ろの席。当然俺の前に座る愛哩が心を読めないのは勿論のこと、前の男子が死角になって俺からも愛哩の心を読めない状態だ。


 もしもその均衡が破れたら。きっとことある事にからかわれてしまう。


 俺は自分の席でチャイムをじっと待つ。最近自販機の当たりとか出てないし頼むからここで収束してくれ。銀のエンゼルとかもう一生要らないから席替えだけは……!


「はーい、席に着いて」


 一時間目の担当教師、つまり担任の先生はいつもと変わらない調子で教壇に立つ。直後運ゲー開始の合図であるチャイムがスピーカーから響いた。


 そもそも何故二学期も始まってひと月ほど経った今席替えを行うのか。それはひとえに席替えへ関心を示さなかった担任が原因で、それを不満に思った生徒達から要望を受けて自分の授業時間にすることになったのだ。まああるあるだね。


 席替えは下部分が切り取られたあみだくじの開始点に名前を書いて行われる。それは生徒から生徒へぐるぐる回され、刻一刻と俺が名前を書く時間が迫る。


「はい」


 前の席の男子から手渡される。既に半分程の名前が記入されており、空いたところのどこに書こうか頭を悩ませた。


「!」


 ふと愛哩の名前を見つける。達筆な字で書かれた“長岡”の苗字は丁度真ん中。両脇は空いていた。


 ……うん、ここの二つは除外しよう。いや別に真横に書いたら隣の席になれなさそうとか思ってないけどね? 俺の目的は愛哩より後ろの席だし、別に隣の席なんて狙ってないけどね? 誰に言い訳してるんだよ俺。


 少し悩んだ末、空いていた左端に宮田と書いて後ろの席の人に回す。別に真ん中と端だったら最終的に隣の席になれそうとか思ってないからね。


 あみだくじは一通り回って先生へ手渡される。先生は切り取られている部分と照らし合わせ、黒板に誰がどこと図に書いていく。


 左端に書いた俺は真っ先に名前が書かれた。席は今居る列の後ろから二番目。中央後方という目立ちすぎず隠れすぎず、生徒にとったら絶妙に良い席だ。


 それにこれで愛哩が俺の後ろに来る可能性は格段に減った! 真ん中だから最後列だとどこを引いても心を読まれてしまうけど、確率で言ったらほぼ六分の一。パーセンテージに直すと十六パーセント強、これはほぼ決まりなはず。


 先生はひょいひょいと黒板にチョークを走らせる。誰かの名前が書かれる度に生徒は一喜一憂していた。


 ……そして、次は愛哩の番。幸い最後列は既に三つ埋まっている。ここで後ろじゃ無かったらセーフ! 頼むよ先生!!!!!


 名前が書かれた場所。それは奇しくも俺の席と隣接しており──


「お、愛哩ちゃん彼氏の隣だ! おめでとー!」


 俺の席の左隣に愛哩の名前が書き込まれる。いきなり祝われた愛哩は困ったように笑っていた。


 ……こ、これはセーフなのか? そりゃ真横だったらずっとは心を読まれないだろうけど、横目で見ればすぐにバレる……よね?


 ただ愛哩と隣の席になれたのは素直に嬉しい。悩んだ末に左端に名前を書いて良かった。


 その後は何事も無く席替えも終わり、みんなはカバンや教材を持って新しい席へ移動する。


 ふと目に入った愛さんは最前列の右端に座っていた。どこか舞い上がりながら隣の席の男子と話して……ってあれは島本か。


「よ、よろしくね島本くん! わからないところとかあったら教えてあげるからね!」

「お、おお? ならそういう時は頼むな……?」

「うん!」


 花が咲くような満面の笑み。見ているこっちまで嬉しくなってきそうだ。


「ね、宮田くん。何だか見てるこっちまで嬉しくなってくるね」

「!?」


 思ってることを一言一句言われて胸が痛くなるくらいドキッとする。声のした方は愛哩の居る左隣ではなく、右側。


「……あ、舞さん。隣だったんだ」

「見てなかったの? さては彼女が隣に来てからは興味失ってたね」

「いや、西園寺さいおんじって誰かわからなくてさ。……あっ」


 苗字を覚えてないのは言わない方が良いって直近のデートで愛哩に言われてたのに。つい口が滑った。


「だから下の名前で呼んでたんだ? ずっと不思議だったんだよね」

「ごめん、馴れ馴れしかったかな」

「ううん、別に気にしてないよ。ちなみに愛ちゃんは東条とうじょう愛だからね。私と合わせて東西愛舞って覚えてよ」


 舞さんは流し目で含み笑いを浮かべる。東西愛舞って凄い覚えやすいな。もう忘れないや。


「っと、それは良いの宮田くん。彼女を放ったらかしにして別の女子と話すとか重罪だよ?」

「あ」

「てことで私はこれから寝るし、話すなら反対側の子と話してね」


 そう言って舞さんは頬杖をつきながら静かに目を閉じる。気を利かしてくれたのか本当に一時間目から寝るのか、俺には判断がつかなかった。


 チラッと横目で愛哩を盗み見る。愛哩はそれはもうじーっと俺を見つめながらアルカイックスマイルを浮かべていた。


(やっぱり仲良いんだ)

(そうだけど、そうじゃなくてさ)

(ふーん?)


 舞さんは完全に友達感覚なんだけど、そうは言ってもそれで納得してもらえる気もしないしなぁ……。今はまず謝らなきゃ。


(ごめん、ちょっと無神経だった)

(私のことどう思ってる?)

(……好きだよ。てか今授業中だけど)

(なのに舞ちゃんとは話してたんだ)

「ね、おふたりさん。見つめ合うのは良いけどみんな見てるからね?」

「ま、舞さん!? 寝てたんじゃなかったの!?」


 心の中で会話していたため周りを見ていなかったけど、言われた通り教室を見渡すと確かにクラスメイトは様々な目で俺と愛哩を見ていた。中には女子達が良いなぁなんて小声で盛り上がっている。


 俺は小さく会釈をしてノートを広げる。授業中だっていうのに全然集中してなかったんだな……。


 ふと思い立ってもう一度愛哩を、今度はバレないようにチラッと一瞥する。今は俺を見ている様子もなく、何だか楽しそうにしていた。


(んふふ、悟くんって本当にからかいがいがあるなぁ)


 ……後ろの席じゃないから一方的に心を読まれてからかわれないと思っていたけど、隣の席だとリアルタイムでからかわれるのか。愛哩はずるい。


 このままだとずっとからかわれる気がする。俺はせめてもの反撃として、愛哩の肩をちょんとつついて。


(愛哩は俺のこと、どう思ってる?)

(? 好きだよ?)


 まるで当たり前とでも言わんばかりに、照れなど一切見せずに言い放つ。


 ……やっぱり、愛哩はずるい。俺は今日の授業中はずっと悶々としていたのだった。

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