第85話 初デートの相談

 自室のベッドに転がりながら、俺は天井へじっと目を凝らす。特に何も無いけどさっきから三十分はこうしてる。


 愛哩とデートかぁ……。前に擬似デートはしたことがあるけど、今回は正真正銘恋人とのデートだ。過去に付き合ったことが無い俺には当たり前だけど初のこと。


 ……どこに行けば良いんだろう。季節は秋だから紅葉とか見に行きたいんだけど、学生のするデートじゃないよね。


 そんなことを考えながらまた現実逃避に天井を眺める。愛哩に喜んでもらえるデートって何だろう。


 うん、相談しようか。俺だけじゃ無理だ。人とまた関わるようになったのも今年からだしね。これは言い訳じゃなくて純然たる事実。逃げてるわけじゃない。うん。逃げてない……。


 電話帳から操二を開いて電話を掛ける。異性絡みの相談はやっぱり操二だよね。蛇の道は蛇って言うと意味合い変わるかな。


 数コールすると、操二はいつもの調子で電話に出た。


『もしもし? 悟クンから電話って珍しいね』

「今って時間は大丈夫? ちょっと相談したいことがあってさ」

『全然行けるぜー! 宿題ダルいからどうしようかって考えてたとこだし!』

「それは宿題した方が良くない?」

『まあまあ。んでどしたん?』


 適当な言葉で雑にはぐらかされる。相談に乗ってもらえるのはありがたいんだけど、俺のせいで学力が落ちたら少し気にしてしまうな。今度勉強会でも提案しよう。


「相談なんだけど、俺週末にデートに行くことになってさ。ただどこに行けば良いか全く分からないんだよ」

『あーそういうこと。オレも昔はそういうの気にしたっけ』

「ちなみにいつの話?」

『んー……、中一だったかな? 昼に同級生とデートして夜に当時高二の子と飯食うみたいな。今思えばショタコンだよなぁ』


 悩みのレベルが違いすぎる。それどうしたらバレないかとかの話じゃない?


『初デートはオレどこ行ったかな。……あ、映画か。そん時流行ってたのを見に行ったよ』

「なるほど」


 言われてみると確かに映画は定番かもしれない。時間も稼げる……って言うと語弊を生みそうだけど、変に気負わなくて済みそうだ。


『今だと少女漫画が原作のヤツやってたはずだぜー。長岡さんがそういうの嫌いなら別だけど、安牌ではあるはず。その後は適当にウインドウショッピングでもしたら良いと思うよ』

「とりあえずはその方向でやってみるよ。にしても映画とかチェックしてるんだね」

『そりゃ流行りに敏感じゃなきゃいろんな女の子と遊べないしな! ソラちゃんと別れてからは誰とも遊んでないけどさ!』


 不貞行為っていうか、そういうのは褒められたことじゃないけど、やっぱり操二もモテるための努力はしてるんだよね。方向性を無視すれば頑張れる人っていうのは素直に尊敬出来る。


『そだ、キスは早いうちにしときなよ? あんま溜めると変に気負っちゃうし』

「っ、ごほっ! 初デートだよ!? 早過ぎない!?」

『そういうのはオレよくわかんねーんだよな。じゃあ逆に何回目のデートなら良いと思う? それとも付き合ってる時間? お互い好きならそれで良くね?』


 ……考えてみると、明確な決まりはないか。お互いその気なのにまだ早いって思って躊躇うと、それは逃げとして捉えられてもおかしくない。


 問題は愛哩にもその気があるってところだけど、まあそこは呼吸をするくらい簡単に理解出来る。


 人の心がわかるっていうのはこういう時チートだね。その代わり愛哩にもバレるんだろうけど。


「うん、ありがとう。何となくビジョンが見えた気がするよ」

『ういうい! お役に立てて何より!』

「あ、そうだ。期末テスト前時間空いてたら勉強会しようか。ちょっと心配なんだよね」

『あっははは! じゃーね!』

「あっ操二」


 勢いで誤魔化されて通話を切られる。勉強嫌いなんだろうなぁ。いざとなったら押しかけよう。


 スマホを放り出し、また天井を眺める。段々遠近感が狂って吸い込まれるような錯覚を覚えた。


 何分そうしてたかわからない。ガチャリとドアが開く音に意識が呼び戻される。


 そこに居たのは、プリントを持っておずおずとしていた琴歌だった。


「ねぇおにぃ。今大丈夫?」

「うん。宿題?」


 俺の問い掛けに琴歌はこくりと頷く。問題が分からなくてか涙目になっていた。


「平行四辺形? っていうの、どうやっても面積が求められない……」

「ん。じゃあここ座って」


 寝転がっていた身体をおこしてベッドに腰掛ける。隣をポンポンと叩くと、琴歌は顔を少し赤らめながらちょこんと隣に座った。


 ……あれ、これはしても良かったんだっけ? 確か頭を撫でるのは大丈夫だったはずだけど……。


「おにぃ、あんまりそういうことを女の子にしたらダメだよ」


 ダメだったっぽいな。気を付けなきゃ。


「それで、これなんだけど……」

「ああ、辺と辺を掛けてるから合わないのか。平行四辺形は底辺掛ける高さで出すんだよ」

「でも今までの四角形は縦掛ける横だったよ?」

「ん、じゃあここに線を引いてみよっか」


 琴歌から鉛筆を借りて上の頂点と下の頂点を結ぶ。平行四辺形が二等分された。


「こうすると三角形が二つあるように見えるのはわかる?」

「うん。普通の三角形と逆さまの三角形」

「じゃあこの三角形の面積ってどうやって求める?」

「底辺と書いてある高さを掛けて二で割る」

「だね。じゃあ逆さまのやつはどう?」

「? 同じだよね?」

「そうそう。てことはこの平行四辺形は同じ三角形の二つ分ってことになる」

「……あ! 底辺掛ける高さ割る二掛ける二だから、底辺掛ける高さ!」


 琴歌は納得が行ったようでパッと顔を輝かせる。ちゃんと説明出来て良かった。算数とか数学って暗記するんじゃなくて、何でそうなってるかをちゃんと理解したら案外簡単なんだよね。習ってないところはそもそも問題にならないし。


「他にもわからないところがあったら持ってきて良いからね」

「うん! ありがと、おにぃ!」


 明るい笑顔で琴歌は頬を緩ませる。気まずかった頃に比べると今はもう随分元通りになってきた。


「……」

「おにぃどうしたの?」


 ふとある考えに至って考え込む。


 愛哩と付き合うようになったこと、やっぱり伝えるべきだよね。ここで言わないと隠してるみたいになるし、それは琴歌に不義理だ。


 また気まずくなるとしても、言わない選択肢は取れなかった。


「俺さ、愛哩と付き合うことになったんだ」


 声のトーンを落として簡潔に告げる。琴歌は目を丸くしたかと思うと、小さく微笑んだ。


(ちゃんと好きな人と結ばれんだね。琴歌としてはちょっと複雑だけど、おにぃが幸せならそれは嬉しいことだもん)


 声には出さず、心の中でも喜んでくれてる。自分を振った相手にそう思えることに俺は素直に凄いと思った。本当に良い子だ。


「おめでと。じゃあ琴歌は行くね」

「うん」


 声に出したやり取りはそれだけ。それ以上の言葉は要らないと言わんばかりの会話に、俺は何だか暖かいものを感じた。


 琴歌が部屋を出ていくと、俺は三度天井を見上げる。映る視界に変化は無いものの、見え方が変わった気がしたのは気のせいだろうか。


 俺は暫くの間、変わらない天井を眺め続けていた。

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