第84話 報告

 操二と別れ、俺は生徒会室に顔を出した。中には既にみんなが各々の席に着いていて、だけど会話は無い。


 席に座ると、まずは音心が咳払いをした。


「開始三分前。ちょっと遅いわよ」

「ごめん、少し操二とね」

「そ」


 空気は軽くない。いつもは三人で談笑をしてるからか、余計にそう感じた。


 今朝愛哩が言っていた未耶ちゃんに謝る件。当然音心にも思うところはあったはずだけど、やっぱり一番乱されたのは未耶ちゃんだ。この様子だと俺が来るまで待っていたんだろう。


 そんなことを考えていたからか、タイミング良く愛哩はねえと切り出す。


「昨日は本当にごめんなさい。みんなに軽蔑されるようなことを言って」


 真剣な様子で頭を下げる。正面の愛哩の表情は、平静を装いながらもどこかバツが悪そうにしていた。


「顔を上げてください。……付き合うことになったのは、わたしも会長から聞きました」

「アタシのクラスにまで話が届いてきたくらいだし、もう多分全校生徒の殆どが知ってるんじゃないかしら。愛哩はホント人気者よね」


 未耶ちゃんと音心は激昴するわけでも瞠目するわけでもなく、普段通りに返す。


「その、信じてもらえるかわからないけど、昨日のことについて説明させてもらいます」


 そう言うなり、愛哩は今までの心情を吐露する。


 自分みたいな人間は誰かと仲良くなると傷付いてしまう。


 人の心が見えるとは言うけどそれは表面しか見えていない。


 仲良くなってしまった相手には嫌われるくらいが丁度良いはず。


 ……俺も聞いていなかったような等身大の本音は、どうしてもその場しのぎの言い訳には聞こえなかった。


 全て聞き終えた未耶ちゃんは、恐る恐る愛哩へ訊ねる。


「……ということは、二股……じゃないんです……よね?」

「うん。好きなのはずっと悟くんだけだったと思う」

「思う?」

「考えないようにしてたから。私が人を好きになれるなんてそもそも思ってなかったし」

「それは、相手の心を読めてしまうからですか?」


 未耶ちゃんの力のこもった目はしっかりと愛哩を見据える。緊張感が俺まで伝わってきた。


「そうだね。だから悟くんと出会った時はビックリしたもん。まさか同じ境遇の人がいるなんて思ってもなかったし」


 初めは好奇心だったけどね? と俺を見て補足した。


 そこまで聞いた音心は、ふむと顎に手を添える。


「……とりあえず何個かツッコミどころはあるんだけど、アンタって悟のこと下の名前で呼んでたっけ?」

「「あ」」


 同時に反応してしまう。そう言えば名前呼びは二人の時だけって言ってたっけ……。愛哩もいっぱいいっぱいだったのかな、完全に忘れてたんだろう。


「まあそこはもう付き合ってるし何でも良いけど、心が読めるっていうのは? やっぱり思ってることがわかるの?」

「そうですけど……、え? やっぱり? 知ってたんですか?」

「そりゃわかるわよ。アタシを誰だと思ってるの?」


 ふんすと鼻息を立てる。音心は抜けてるところが目立つけど、こういうところはやっぱり上級生だ。一歩引いたところから全てを見透かしている。


 未耶ちゃんは愛哩から俺へ視線を向ける。意思が込められている気がした。


「悟先輩」

「うん」

「愛哩先輩を泣かせたら怒りますからね」

「泣かせないようにするよ」

「……二人が上手くいっていなかったら、またアプローチするかもです。だからアプローチさせないように頑張ってくださいね?」


 それまでの真剣な空気とは一転、冗談交じりに蠱惑的にそう告げる。


 ……やっぱりって言うとあれだけど、ちょっといやらしいよね。ちなみに愛哩に冷めた目で見られてるのはスルーする。


「そうさせないためにも、愛哩に悟。アンタらデート行ってきなさい。文化祭前のこの期間しか直近だと行けそうにないから」

(ごめんね、未耶)


 強引な指示とは裏腹に心の中で音心は謝る。表に出さない気遣いは俺と愛哩のことを思って。心を読むまでもなく意図が理解出来た。


 ……これまで擬似デートはあったけど、恋人としてデートをするのは初めて。


 俺はどうしようかなと内心で考えながら、無意識に両指を絡めた。

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