第81話 過去の清算
昨日は操二に励ましてもらった。愛さん舞さんに貰った“言い訳”もそうだけど、俺は本当に沢山の人から助けてもらってる。
立花さんには人との距離感を教えてもらった。
音心には昔の自分を思い出させてもらった。
未耶ちゃんにはこんな俺を肯定してもらった。
──そして、今正面に立つ知業には友達の大切さを教えてもらった。
午前七時半。登校には早い時間。
冷たい秋の風は河川敷に居る俺と知業を繋ぐ。さわさわと流れる川の流れは緩やかで一定だった。
「来てくれてありがとう、知業」
俺は真正面から知業の目をじっと見る。何だか懐かしいものを感じた。
「気にすんな。……あれから初めて、お前が呼んでくれたんだしさ」
「そう言えばそうだな」
拒絶されてからは呼び出しを何度も無視し、再開してからも話し合いの場を設けたのは知業だ。俺からは何一つ動いていない。
俺は流れる川へ目をやり、あの頃を思い出す。
「知業はここ覚えてる? 昔よく来た場所なんだけどさ」
「忘れるわけねえよ。あの頃は青春だーとか言ってここで色々話したよな」
「テストがヤバいってよくぼやいてたね」
「悟こそ告白されたって舞い上がってたくせに」
その会話はまるで久しぶりに出会った友達とするようなもの。まるでなんて言ったけど状況はほとんど一緒だ。
違うのは、“元”友達だということ。
「今日知業を呼び出した理由はさ、俺からちゃんと全部伝えようって思ったからなんだよ。思ってたこと全部」
「ああ。どれだけ罵られたとしても覚悟は出来てる」
「……じゃあ、前みたいに座りながら話そうか」
「ん」
中学の頃はこうしてよく芝生に腰掛けながら川を眺めて話し合っていた。知業と二人で話すこともあれば他の友達も一緒に和気あいあいと談笑してたっけ。
思い出しても拒絶を覚えないのは、出会ったみんなが俺にはもったいないものをくれたからだろうな。
俺と知業はその場に腰を下ろし、流れる川を見つめる。
「前に空き教室で知業が俺に言ったこと、覚えてる?」
「悟は優しすぎるから人の嫌なところを見ようとしない、か?」
「うん。あれを言われた時さ、実はその通りかもしれないって思ったんだよ。俺には嫌なことがあると逃げる癖がある」
「……そうさせてしまったのはオレらだけどな」
「そうかもしれない。でもそれはただの引き金で、銃弾自体は俺が既に持っていたものなんだよ」
だから知業達は一切悪くないとは流石に思えないけど、俺が一方的に拒絶するのは違う。どっちかだけに非があるとは口が裂けても言えない。
「嫌なことから逃げさせないようにしてくれたのが俺の今の親友でさ。そいつはめちゃくちゃチャラくて女遊びも激しかったんだけど、いつも俺を助けてくれるんだよ」
「良い友達を見つけたな」
「良いやつが友達になったってだけだよ。元が良い人なら友達になれば自ずと良い友達になる」
「そうか」
俺と知業はどちらも川を眺め、言葉だけを交わす。
視界に入れてないと心は見えない。だけど、知業相手なら見えずとも何を考えているかは何となくわかる。
「……まあ、正直知業ももっとやり方はあったんじゃないかって今も思うけどね? いきなり拒絶されたらそりゃ俺だって嫌になるよ」
「はは、確かにな。オレも同じことをよく思ってたよ」
「過去形なんだな」
「あれはあれで間違いじゃなかったんじゃないかって、今は思ってるよ」
何をもって正解で何をしたら間違いになるのか、俺にはわからない。
だけど、だからこそ、間違いと断ずるのはやっぱり早い。
「……なあ、オレ達はもう友達にはなれないんだよな?」
「今すぐは無理だろうね。絶対どこかで綻びが出てくる」
「だよな。聞いてみただけだ」
「……だから、これはかつての友達だった知業に相談したいんだけどさ」
高校生になってから出来た友達じゃなく、俺が弱くて脆かった過去を知っていた相手。音心とはまた違った唯一無二。
「俺に恋愛って出来ると思う?」
「……はは、何だそりゃ。愚問も良いところだ」
「愚問なんて言葉も覚えたんだ」
「そりゃオレこう見えて生徒会だぜ? うち一定の成績を取ってなきゃペナルティあるんだよ」
俺がみんなのおかげで変わったように、知業にも変化がある。知らない部分を見て、俺は何故だか少し安心した。
川が凪ぐ。秋の風はすっかり消えていた。
「悟に恋愛が出来るか、だよな」
「うん」
「そんなもん出来るに決まってんだろ? 優しい男っていうのはモテるらしいぜ」
「……そっか。ありがとう」
「何改まってんだよ。オレとお前の仲じゃねえか」
軽口を叩かれつつもどこか胸の内が温かくなる。
そうだ。知業はそういう不思議な魅力を持つやつだったな。
「……オレもそろそろ遅刻するかもだし、最後に一個だけ良いか?」
「知業こそ何改まってるんだよ」
「言うようになったなぁ悟も。……ちょっと臭いことを言うけど、引くなよ?」
「内容による」
「そこは嘘でも引かないって言えよ!?」
知業はたまらずガバッと俺へ視線を向ける。こんなやり取り一つとっても懐かしい。
凪いだ川が少しだけ波打つ。俺は川から知業へ目をやった。
「悟なら逃げなきゃ告白は成功する。これは“元親友”からのアドバイスだ!」
知業は昔のようににかっと歯を見せて笑顔になる。
どうしてか、少しだけ目の奥が熱くなった。
「はは、臭いよ」
「おまっそれは言うなって!?」
「ありがとうな、知業」
俺は浮かんだ羞恥心を隠すように話を終わらせようとする。だけどそんなこともお見通しなのか、知業は小さく苦笑した。
「何だよ、お前の方が臭いじゃねえか」
「気を利かせてあげたんだよ。こうしたら知業だけが恥ずかしくならなくて済むじゃん」
「そりゃどーも。……それと悟。オレたちは多分また交流会で会うけどさ、そん時はもうただの知り合いだ。友達でも、まして親友でも何でもない」
「“元”を付けない場合は、だろ?」
「……オレのセリフを奪ってんじゃねえよ、バーカ」
知業は俺の肩を軽く小突く。照れ隠しにそうするのは中学の頃から変わってない。
「じゃあオレはもう行くわ」
「遅刻しないようにね」
「当たり前だっつの。それこそうちの会長にドヤされるわ」
立ち上がって尻の辺りをパンと払う。知業は何も言わずに歩き出す。遠くなる背中は何度も見た光景だ。
ただ俺は最後にもう一つだけ、背中を向ける知業に心の奥の思いをぶつけた。
「知業ってまだメアド変わってないよな!」
「あー? そりゃ変える理由も無いしなー!」
「じゃあ告白の結果は二番目に報告するから! メール見とけよー!」
「ははっ、一番じゃねえのかよ!」
「知業以上にお世話になってる相手がいるってことだー!」
「んじゃ今日はそれ待ちながら授業受けてるわー! じゃーな! ……は、何か違うな」
距離が空いて小さくなった知業はふむと考え込む。
「またな、だろ! 知業!」
「それだそれ! いっつも良い言葉出てこねえんだよなー!」
「それくらい知ってる!」
「そうかそうか! んじゃまたな!」
最後にまた歯を見せる嬉しそうな笑顔のもと、知業は憑き物の落ちた様子で大きく手を振った。それからまた背を向けた時、見るつもりのなかった内心が伝わってくる。
(頑張れよな、悟!)
そんな知業を見て、俺は自然と笑みを零した。
決まらないやつに見えて、最後はいつもカッコイイんだよな。
……あとはもう一つ。俺は知業とは反対側の方向に振り向く。
黒髪の長い髪をハーフアップにした、見る人全員を惹き付ける美少女。
愛哩はカバンを両手で持ちながら、俺を真っ直ぐ見つめていた。
「良かったね、悟くん」
綺麗な髪をなびかせた愛哩はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
今日ここに呼び出したのは知業と、そしてそこにいる愛哩。俺が過去を清算するところを見てほしいと昨晩に頼んだ。
愛哩はさっきの知業とは反対の右側に腰を下ろす。俺も再び座り込んだ。
「私ビックリしちゃった。初めに会った頃とはもう別人みたいだね」
「みんなのおかげだよ」
「そのみんなの中に自分も入れてあげてね? 誰よりも頑張ったのは他でもない悟くんなんだから」
「みんなが助けてくれたから俺でも変われたんだよ」
綺麗事かな。それでもそう思いたい。そうとしか考えられない。
「“俺でも”なんかじゃない。悟くんは誰よりも優しいから、やっと自分にもやさしくなれたんだよ」
「……そう言われると照れ臭いな」
「本心だよ」
ふわりと右手が包まれる。横を見ると、俺の手を握った愛哩は何故だか
「……ごめん、手握っちゃったね」
そう言って手を離す愛哩に、俺はどうしようもない違和感を覚えた。
別に手を繋ぐのが当たり前ということじゃない。ただ何か、わざと突き放すようなそれは愛哩らしくなかった。
「愛哩。ちょっと変なことを聞くけど良い?」
「エッチなことはダメだからね?」
「恋愛って何だと思う?」
俺の突然の質問に愛哩は目を丸くする。まさかそんな言葉が飛んでくるとは思っていなかったのだろう。
「何だろ、運命……とか?」
「それは一生のパートナーって意味?」
「ううん。たとえいつか別れるとしても、それはそこで付き合って別れる運命だったと思うの。まあそれは友達とかにも言えることだと思うけどね?」
「なるほど。真理かもしれないね」
「でも急にどうして?」
今の話を広げるために欲しかった言葉。愛哩の相手の望む言葉を即座に返せるという能力は、心を読めるかどうかよりも本人の空気を読む力が人一倍あるからなんだろうね。
「昨日恋愛についてちょっと考えてみたんだ。例えば何で未耶ちゃんは俺に告白してきてくれたのかとか、琴歌は何で実の兄の俺を好きになったのかとか」
「哲学的だね」
「結局たどり着いた答えは、基本的に恋愛は勘違いと勢いの産物だって結論なんだけどさ」
一時の感情に流されるなんて言葉が一番しっくり来る。
理論立てた好きなんかよりも、感情的に押し付ける好きの方がずっとわかりやすくて、ずっとそれっぽい。
「だからさ、愛哩」
「ダメ。それ以上はダメ。引き返せなくなるよ」
「俺は初めてこんな物を共有出来た時から、愛哩は唯一無二の相手だと感じててさ」
「勘違い。さっき自分でも言ってたよ」
「ぶつかったこともあった。だけどそれ以上に近くに居られるようになって」
「勢いでそれを言うのはダメ。もう戻れなくなるよ」
「その勘違いと勢いを感じたんだったら、多分それは恋愛の始まりなんだよ」
俺は流れる川から愛哩の瞳をじっと見つめる。
心臓が口から飛び出そうだ。うるさいくらいの心音は愛哩にまで聞こえてしまいそうなくらい。じんわりと手汗が滲む。
秋風が吹く。枯葉はひらりと舞い上がって。
「俺は、愛哩のことが好きです」
それまで言えなかった本心を、俺は初めて言葉にした。
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