第80話 親友

 代わり映えの無い帰り道。街頭の照らす夜道の金木犀の香りが秋を思わせる。


 俺は、操二の突然の発言に固まっていた。


「……長岡さんが島本の告白を受ける?」


 辛うじて絞り出した応答はただのオウム返し。車道を走る車の音がやけに響く。


 操二はいたって真剣な様子だ。


「一応オレも島本が告白したって話は聞いててさ。多分オレらの学年は全員知ってるんじゃねえの?」


 言われてみるとそうかもしれない。告白したのは操二と並んでサッカー部の未来のエースである島本で、相手はうちの生徒だと知らない人はいない愛哩。


 いや、そんなことよりもさっきの発言の内容だ。


 何故操二は愛哩が告白を受けると


 愛哩がそれを言い出したのは今日の生徒会活動だ。わかるはずがない。


「はは、その顔は何でわかったんだって顔だよね?」

「……相談とか受けてた、のか?」

「島本にはなー。ただ長岡さんからは何も」

「だとしたら何で……」

「そうだなぁ」


 操二は人通りの少ない歩道をゆっくり歩きながら呟く。


「前にオレが“心と女心は違う”って言ったの、覚えてる?」

「そんなこともあったね。俺が長岡さんと喧嘩した時だっけ」

「そそ。あれ名言じゃね? って今でもちょっと思ってるんだよなー」


 俺と操二が出会った頃の話。あれからもう三ヶ月程は経ったんだな。


「んでさ、何が言いたいかってーと! オレ割と女の子の考えてることはわかんのよ!」

「それはそうかもね」


 なんせ何股もかけられるくらいだ。ソラちゃんと付き合いだしてからはそんなこともなくなったらしいが、それまでは何人もの女子と遊んでいたって聞いてる。


 それが出来るのはひとえに、相手の望むものがわかるからだろう。


「どれくらいわかるかって言うと、その子の顔見たら大体わかるってかさ。今日たまたま廊下で長岡さんとすれ違ったんだよ」

「じゃあその時に?」

「まあ確証はないよ? けどいつもとちょい違ったし、何か思い詰めてたってかさ」

「……俺にはわからなかったよ」

「こればっかは経験だと思うよー。別に悟クンがわからなかったからって相性が悪いとは思えないし」


 そうは言ってくれるものの、俺には相手の心を読めてしまう。相性を飛び越えて相手のことを理解出来てしまうはずなのに、気付けなかったことには理由がある気がしてならない。


「ブルーになんのは無し! ……そうだなー、ダルいかもしんないけどちょい俺の悟クンに対するイメージを語っても良い? プロファイリングってわけじゃないけどさ」

「うん」

「多分だけど、悟クンって相手が考えてることに異常に聡いよね」

「っ」


 いきなり核心を突かれてドキッとする。ただ否定出来る材料よりも圧倒的に肯定材料の方が多い。俺は口を挟まずに続きを待った。


(お、今のは図星って顔だな。ここまでわかるようになった男は初めてだし、そろそろ親友を名乗っても良いかも?)

「……俺も操二のことは、一番仲の良い男子だと思ってるよ」

「あはは! 流石悟クン! やっぱ考えてることは見抜かれんだなー」


 頷く代わりに口に出していないことに対して答えを先に言う。かつて拒絶されたもの。


 だと言うのに、操二は嫌な顔一つしていない。


「んでさ? だからこそわからないことに対してすげー拒否感を覚えてるんだと思うんだよ。嫌悪感って言い換えても良いかも?」

「どうだろうね。そこは自分じゃわからないや」

「続けると、わからない相手にはめちゃくちゃ分厚い壁を作るんじゃねーかなって。考え方の違いで長岡さんと仲違いをした時もそうだし、今回だってわからなかったことにもやもや抱いてるっしょ。今日の出会い頭のあれ聞いてすげえ顔してたし」

「……俺、そんな顔してた?」

「してたしてた。嫉妬とはまた別の感情だったと思うよ」


 ちょっと恥ずかしいな。それと今のを聞いたら、もしかすると愛哩が生徒会室で理解不能の発言をした時も似たような顔をしてたかも。


「……さて! ここで悟クンに問題です!」


 操二は俺の前に躍り出てバッと手を広げ、歩く足を止める。思わず立ち止まった。


「何故オレはこんなことを悟クンに伝えたでしょーか!」


 こんなこと。つまり、愛哩が島本の告白を受けるかもしれないということと、俺はわからない相手に対して壁を作りやすいこと。


 これらを組み合わせると。


「……ごめん、前提だけ確認させて」

「いくらでも!」

「俺が長岡さん……いや、愛哩を好きってのが前提になってるよね?」

「お、名前呼びしてんの? しかもその感じは二人きりの場合限定で、だけど関係性をハッキリさせたかったからオレの前でもそう言ったと見た」

「俺よりよっぽど相手のことを理解出来るね、操二は」

「いーや悟クンだからこそだぜー。人となりを知ってっから選択肢が限られるんだよ。例えば今名前呼びしたのが島本だとすると、本当はそう呼んでないのに虚勢を張ったとか自慢とか、あとはこれから呼ぶつもりで慣らしたとかさ」


 そう言われると納得してしまう。確かに相手の情報が多ければそれだけ相手の意図に対する選択肢が限られる。


「とりあえず悟クンの質問にはイエスだな! 実際好きっしょ?」

「……どうだろう。ちゃんとは考えたことないかも」

「それはちょい違うね。考えないようにしてたんだよ」

「そうかもしれないね」

「変化とか嫌ってそう、ってか恐れてそうだしなー。トラウマか何かもありそうだけど、それは今は良いや」


 ……操二は本当に凄いな。カウンセラーにでもなれそうなくらい見事に当ててくる。


「とりあえず、何で操二は俺に言ってくれたかだよね」

「そそ」

「……自分で言うのは恥ずかしいけど、長岡さんとくっつけるため?」

「二割は正解」

「思ったよりも外れてるんだな」


 言ってくれたことを繋げるとこれしか浮かばなかったんだけど、だとしたら正解は何なんだろう。他に意図があるのか?


 操二はまた考え込む俺を見て、ニヤリと笑う。




「答えなんて、オレが悟クンの親友ってこと以外にねーよ。親友の正念場に男見せなくてどうすんだっての!」




「……操二って、意外と古風なところがあるよね」

「引いた?」

「逆だよ。そんな人に親友って言ってもらえて良かった」


 俺なんかには勿体ないくらい良い人。俺を否定するのは簡単なことだけど、それでは親友と言ってくれた操二に失礼だ。


 俺は覚悟を決め、僅かに息をつく。


「ありがとう。やれることはやってみるよ」

「礼なんか良いって。オレは既に返せないくらい悟クンに借りを作ってるしさ」

「逆だと思うのは、お互い様ってことなのかな」

「じゃね? オレは正直やっと一つ返せたって思ってるくらいだし」


 本当、生徒会もそうだけど高校生になってまたこんなことを思える日が来るとは思わなかった。知業達に拒絶されて以来、ずっと人との関わりは絶つようにしてきたのに。


「操二と親友になれて良かった」

「はは、それこそお互い様だって。明日は頑張りなよ? 応援してっからさ」

「うん。良い報告が出来るようちゃんと伝えてくる」

「それでこそ悟クンだな!」


 にかっと笑顔を浮かべる操二は、月に照らされてか輝いて見えた。


 心臓がドクンと脈打つ。これは何が理由なのだろう。


 俺は、操二に返すように笑い返した。

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