第78話 追いつかない理解

 愛さん舞さんと解散した俺は生徒会室に向かった。時間前だったけど既に愛哩と音心、未耶ちゃんは中で作業を始めており、俺も遅れてやることを始める。


 長机の上に置いてあるパソコンを立ち上げ、各委員ごとの時間割り振りを貰った資料に基づいて決めていく。クラスごとに演劇や模擬店など動けない時間があるから確認が面倒臭い。どうせこれも変えることになるんだろうなぁ……。


「みゃーちゃん、配布用の資料作成は終わった?」

「あとちょっとです。出来上がったら確認お願いします」

「アタシにも回してね。先生に小言言われるのストレス溜まるし、こっちでさっさと片付けちゃいましょ」


 なら俺も完成したら見せるか。確かにちょいちょい小言というか、どうでも良いところに指摘を入れられるんだよな。過去のやつと文章が違うからダメとかね。それ参考にして作ったんだから別に良いだろうと何度言いかけたことか。


「あ、そうそう悟。昨日の中学の友達とはどうなったのよ?」

「か、会長!?」

「……突拍子も無い上に気遣いも無くないか? いや別に良いんだけどさ」


 いきなり核心を突く音心に未耶ちゃんはわかりやすく動揺し、俺も目を丸くする。愛哩は特に動じていなかった。


「世間話よ、世間話。大方そいつとの何かでそんなに変わったんでしょ?」


 変わったっていうのは小学生の頃と比べての話だろうか。否定する余地は無いので俺はまあ、と呟く。


「昨日は特に何も無かったよ」

「そう? じゃあ愛哩とも?」

「会長、手が止まってますよ」

「こういう時の愛哩は小姑みたいね。これも世間話よ」


 正直掻き乱されているのはそっちの件だ。島本の告白、それの阻止、もしくは準ずるもの。


 こっちとしても言い訳を貰ったとはいえ、具体的な行動内容はまだ思いついていない。


 トントン、と机が指で叩かれる。音のする方は長岡さんからで、俺は静かに視線を向けた。


(何かしてくれるの?)

(……どうだろうね。してほしいなら、っていうのはずるいかな)

(そうだねー。私としては悟くんの自発的な行動を見てみたいかな。私の根底にあるのは結局悟くんを知りたいってことだし)


 初めて話した時に言われた“もっと君のことを教えてよ”。同じ能力を持ちながら、まるで別の道を歩んでいるその差異、理由。


(んふふ、じゃあ手助けしてあげようかな?)

(? 何を……)

(人っていうのは、不可逆の変化が起きる時に本質が現れるらしいよ)


 含みのある言葉を思考しながら愛哩は口元だけ笑みを浮かべる。どこか蠱惑的なアルカイックスマイルは俺の動きを封殺した。


「会長、一つ自慢して良いですか?」

「何よ急に。したいなら別に良いけど」

「私今日告白されたんです。それもみんながいる教室で」

「へー。まあ愛哩なら有り得なくもないでしょうね」

「で、その件についてなんですけどね」


 不自然な間を空ける愛哩。俺を含めた残りの三人は自然と吸い寄せられる。






「受けることも考えてるんです」






 ……え? いやいや、前は受ける気はないって言ってなかったか?


 というか、受けるってことは付き合うってことだよな?


「……愛哩、アンタそれ本気なの?」

「どうでしょう。勿論心変わりはあるかもですけど、今まで誰とも付き合ったこともなかったですし。丁度良い機会にもなるかなって」

「……何ですか、それ」


 ポツリと響いた呟きは未耶ちゃんによるもの。温度は無く、ひたすらに冷たくて重い。


「本気なんですか」

「まだ悩み中。絶対に断らなきゃってわけでもないしさ」

「そういうことじゃありません。本気で向き合っているのかってことです」

「……痛いところを突くなぁ」


 はは、と愛哩には珍しく困ったように笑う。


「そうだね、うん。宮田くんを見習わなきゃだよね」

「……そうしてくれないと、怒ります」

「宮田くんもごめんね」

「いや、俺は……」


 歯切れの悪い返事をするが、実際今のにはどういう意図があったのだろうか。


 俺からの告白はまだと言われ、島本の告白は受けないと言って、そして今の発言。


 ……愛さん舞さんの依頼に知業の件も合わせると、考えることが多すぎて本当に嫌になるよ。


 ため息を吐きそうになるが、その直前でポケットに入れていたスマホが振動する。届いたのはメッセージで、差出人は操二だった。


 “部活終わり時間空いてる? サッカー部は多分七時までやるんだけど、そっちはどうかな? もし良かったら一緒に帰らね?”


 丁度生徒会もそのくらいの時間で終わる。俺は了承を伝え、取り出したスマホをポケットに戻す。


 ……丁度一人では頭が煮えそうだったから、このタイミングは本当にありがたい。


 俺はとりあえず今の作業を終わらせるために、考えていたことを頭の隅に追いやってタイピングの指を動かした。






 今日の活動が終わり、すっかり日の落ちた校門に到着する。既に操二は一人で待っており、知り合いであろう運動部の人達を見送っていた。


「ごめん、待たせた」

「おっす悟クン、待ってたぜー」


 操二は顎に手を添えて探偵のようなポーズでにやりとした。イケメンだからか絵になる。


「さ、ちゃっちゃと帰ろうぜー! それともどっか寄る? 飯とかカラオケとか!」

「断る理由は無いんだけど、やっぱり本題は歩きながらだと話し辛いってこと?」

「さっすが悟クン! んじゃまあ適当に歩きながらでも話すかな!」


 見透かされたような物言いに対して特に嫌悪感を示したりはしない操二。今のは特に心を読んだわけじゃないけど、気まぐれで俺を呼び出したわけでもないだろう。


「先にあらましだけ言っとくよ」


 操二は半分になった月を眺めながら、先程のものより幾分トーンを落とす。


 どうしても場の空気が張り詰めていく。






「長岡さんだけど、多分島本の告白受けるぜ?」






 今日二回目のその内容は、俺の足を止めるのには充分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る