第77話 言い訳
終礼後の教室は騒然としていた。男子はついにかと感嘆の声を漏らし、女子は近場の友達と高い声を上げて跳ねていた。
それもそのはず、クラスの人気者である長岡さんに、サッカー部の次期エースである島本がみんなの前で告白したのだ。騒がれないはずがない。
「長岡! 急にこんなことをこんなとこで言うのも変なんだけど、本当に好きだからさ!」
男らしく直球で告白する様は見ていて気持ち良いほど。羞恥心なんて二の次、溢れた想いを無理やり言葉にしたような感じだ。
(言った、言ったぞ。先手必勝、ってな)
不思議と焦燥感は生まれなかった。それは傲慢だからなのか、本心を知っているからなのか。
「いきなりでごめんな。どうしても言いたくてさ」
「そっか」
「返事はいつでも良いからさ! んじゃ部活行ってくるわ!」
そう言い残して島本は逃げるように教室を出ていく。仲の良い男子達は後を追ってわいわいとはやし立てていた。
残ったクラスメイトはクラスメイトで、まるで芸能人にでも会ったかのように各々盛り上がっている。
「長岡さんってばすごーい! 島本君に告白されてるー!」
「ねー! 何だかお似合いだよねー!」
口々に交わされる会話の内容は、詳細は違えど似たようなことを口にしていた。正直俺もそう思わないと言えば嘘になる。
勿論、客観的な事実だけに鑑みた場合で、俺の本心は考慮していない。
くいっとブレザーを引っ張られる。いつもの長岡さんの合図だが、視界の先に当の長岡さんがいるためすぐに別の人だと理解した。
振り返ると、そこには信じられないとでも言いたそうな女子が一人と、後ろで気まずそうにしている女子がもう一人立っていた。
「ね、ねえ宮田くん。この後時間はある……?」
確かこの人は愛さんだっけ。一学期の頃から島本を好きで、後ろにいるのは仲が良い舞って人。
「まあ、生徒会までなら」
「じゃ、じゃあちょっと来て! ここじゃ誰に聞かれるかわからないし!」
「……ごめんねー宮田くん。愛ちゃんちょっと気が動転しててさー」
「大丈夫だよ。とりあえずついて行けば良い?」
「ホントごめんね」
比較的落ち着いている舞さんはこっちと言って教室の外へ歩を進める。ふらふらと危なっかしい愛さんをちょくちょく支えながら、俺は後をついていった。
◇◇◇
連れてこられた先はグラウンドの隅にある旧部室棟の一階。確かにここなら誰も来ないだろう。
「話って長岡さんのこと?」
生徒会は四時から始まる。話せる時間は大体三十分程なのでいきなり本題に切り込んだ。
答えたのはまたも舞さん。愛さんは頬に手を当てて定まらない視線をせわしなく動かしていた。
「そそ。実はこの子島本君のことが好きでさー」
「ちょっ舞ちゃん!? いきなりは恥ずかしいよぉ!」
「別にいーじゃん」
(宮田くんに聞いたところで事実は変わらないし、てかバレバレだし)
……そう言えば、長岡さんと話すようになる前一番苦手だったのはこの二人だったっけ。思考と口に出す言葉のギャップが一番大きくて嫌だった覚えがある。
今は気にしてなかったのにな。
「んでさ、私らはてっきり長岡さんって宮田くんと付き合ってると思ってたの。だけどあの様子じゃまだでしょ?」
「付き合ってはないね」
「ほら愛ちゃん言ったじゃん。花火大会で一緒に居たからってそうだとは限らないんだって」
「でも……でもぉ……」
(すっごい仲良さそうだったし……長岡さんも今まで見たことない顔してたし……)
そう言われるとどんな顔をしてたのか気になるけど、愛さんが口にしていない手前訊こうにも訊けない。俺は疑問を飲み込んで話を進める。
「俺にしたかったのは事実確認?」
「……その、宮田くんはさ」
「?」
「……長岡さんのこと、好きじゃないの?」
愛さんはおずおずと揺れる瞳を上目遣いにして訊ねてくる。まあ訊きたかったのはこれだよね。
そしてあわよくば、進展してしまうかもしれない二人の仲を協力して引き裂く提案をしてくるんだろう。
「俺は二人の邪魔はしないよ。長岡さんの取る選択の結果に任せるつもり」
「……でもそれじゃ、もしかすると付き合ってしまうかもだよ」
「それならそれまでだよ」
「……強いんだね」
そう言ってくれるけど、俺にはむしろ逆に思える。結果を尊重するなんて美辞麗句を並べてはいるものの、結局は変化を恐れて何も行動しないと言っているだけなんだから。
ほら。愛さんには強く映ったのかもだけど、舞さんには見透かされている。
(逃げてるなぁ)
口に出さないのはせめてもの優しさだろう。それかもしくはその行動が
「あーごめん、宮田くん。やっぱり言うね」
「逃げてる?」
「そうそれ。正直私は長岡さんの恋路も宮田くんの性格も、ついでに言えば愛ちゃんの宮田くんへのお願いにもさほど興味無いんだ」
「舞ちゃん!?」
「だけどこうやって着いてきててお節介を焼いてるのは、愛ちゃんが友達だからでさ。宮田くんがどうにかしてくれるなら私としては万々歳ってわけ」
「舞ちゃん……!」
「……あーもー、こういうのは言うつもり無かったのに」
今までの俺の知ってる舞さんとは少し違う。
……違うと言うか、知らない一面かな。ともかくこの発言は予想していなかった。
「だからこれは無理を承知で、というか無茶ぶり? どうにか出来ない?」
「また凄いことを言うんだね……」
「よくわかんないんだけど、宮田くんならどうにかしそうって思って」
「根拠が無さすぎる……」
「女の勘、って言えば男子は納得してくれるでしょ? それだよ」
どこか無感情に告げる舞さんは見透かすような目線で俺を射抜く。何故だか出会った頃の愛哩を思い出させた。
「引き受ける引き受けないの前に、一つだけ良い?」
「どうぞ」
「俺が何かをするまでもなく、長岡さんは島本を振ると思うよ」
「そ、それはわかんないじゃん! 島本君カッコイイし!」
「愛ちゃんはお口チャック。まー私もそう思わないことはないんだけどね。今まで何人の男子を振ってきたか、多分宮田くんの知ってる数の十倍は知ってるよ」
俺が知っている数なんて又聞きの二、三人くらいしか知らないので、多分誇張抜きにそんな気がする。重要じゃないから一々言わないけどさ。
「でも女子っていうのは、何に対しても理由が欲しいの」
「理由?」
「言い換えると言い訳かなー。例えば告白を断る言い訳。好きな人を諦める言い訳。ベクトル変えると好きになる言い訳とか」
「わかりやすいね」
「それは私の説明がってことだよね? 女子がわかりやすい生き物ってのも別に否定はしないけど、他の人の前では誤解されない言い方をするようにねー」
なるほど、確かに今のはそう捉えられかねないな。気を付けよう。
「で、今回は愛ちゃんが告白するための言い訳を作って欲しいってこと」
「無理難題頼んだ手前、成功したのに告白しないわけにはいかないって認識で合ってる?」
「流石優等生だねー。張り紙でよく名前を見るだけはあるや」
「そういうことなら、とりあえず引き受けてみるよ」
「……なんかやけにあっさり受けてくれるんだね。見返りに私に何か要求するつもり? そういうのは愛ちゃんにしてね?」
「まっ舞ちゃん!!!」
別にそういうつもりは一切無いんだけどな。まあこれも簡単な冗談、軽口だろう。
「宮田くん、私達に今言った言葉を信じる言い訳をくれない?」
「生徒会は生徒の依頼を解決することもしてるんだよ」
「……あは、何か宮田くん面白いかも。好きになったらごめんね? 私頭の回転早い人好きなんだ」
「それは何の言い訳?」
「あはは! ホント面白いなぁ」
舞さんは機嫌良さそうに笑いながら後ろで手を組む。何となくだけど、舞さんは俺と相性が良さそうだ。基本近付かれることに警戒をしてしまう俺なのに、舞さんの距離の詰め方には何故か不快感を感じない。
「……なんか私だけ置いてけぼりなんだけど」
「話の中心は愛ちゃんだからだいじょーぶ。ね? 宮田くん?」
「そうだね。俺に何が出来るかはわからないけど、やれることはやってみるよ」
「わ、わかった! ありがとね!」
愛さんはパッと顔を輝かせて必死にお礼を言う。むしろお礼を言いたいのはこっちだ。
舞さんの言葉を借りると、愛哩へ行動を起こす“言い訳”をくれた。
俺はこの後の展開を予想しながら、何をしようか考えを巡らせるのだった。
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