第75話 俺と知業
俺と知業が出会ったのは中学一年生の頃。席が近かったから初めに話した相手だった。
『悟は頭良いんだな! オレにも勉強教えてくれよ!』
そんな風に言われてはよく勉強会をした。俺が教えて知業がうんうんと頭を悩ませ、そして遊びの誘いはいつも知業からしてくれた。
離れていった知業は、すれ違う度いつも辛そうな顔をしていた。
「久しぶり」
かろうじて声を絞り出す。二年ぶりに見た知業は少し背が伸びていたが、記憶の知業とほとんど変わらない。
「……お前も生徒会に入ってたんだな」
「二人は知り合いなのかな? 凄い偶然だね!」
俺と知業の事情を知らない向こうの生徒会長は顔をパッと輝かせて破顔する。良い人だろうということはすぐに伝わったが、少し鈍い。
現にこちら側の生徒会長、音心は悟ったような表情でいつものようにパンと手を鳴らした。
「時間が勿体ないわ。思い出話も良いけど、とりあえず意見交換を始めましょう」
向こうの生徒会長はそれもそうだと言って席に着く。残りの四人も倣って腰を下ろした。
意見交換の間、俺はただの一度も口を開かなかった。
◇◇◇
今日のところは現地解散らしく、意見交換が終わるとこちら側の生徒会メンバーはすぐに生徒会室を後にした。三人に遅れて俺も後ろをついて行く。
「なあ、悟。この後時間あるか?」
心臓が鷲掴みにされた錯覚。訊いてきたのは勿論、知業だ。
「悟先輩……?」
初めに反応したのは未耶ちゃん。心配そうな目で俺を見上げている。
「ごめん、先に行ってて」
「……大丈夫、ですか?」
「うん」
(……そんなふうに言われたら、余計心配ですよ)
心の中ではそう思いながらも、未耶ちゃんは軽く頭を下げて止めた歩を進める。音心は何も言わず、また愛哩も俯瞰したような視線を向けた後昇降口へ向かった。
「言いたいことがあってさ。……つっても、ここじゃ話せることも話せないか。ついて来いよ、うちの教室なら今だと誰も居ないはずだ」
「うん」
(……やっぱ、気まずいな)
素っ気なく返事をすると、知業は心の中で本音を呟く。
心の中で、か。本音なんて普通は見えなくて然るべきなのにな。
連れてこられたのは二年一組の教室。綺麗だった外観に違わずここも現代的で、うちの学校机ではなくまるで大学に置いてあるような机が立ち並んでいた。
知業の言う通り、俺達以外には誰も居ない。九月には似合わないひぐらしの鳴き声だけが遠くから響いていた。
「悟。お前とは二年ぶりだよな」
重い口を開いた知業は、俺ではない別の場所を見ていた。
「中三の頃が最後だし、そうなるね」
「なんつーかさ、ここでまた会うとは思わなかった。あれが縁の切れ目だと思ってたよ」
「……同情か心配か、どっちでも良いけどさ。俺は今楽しくやってるよ」
「……そうか」
一歩踏み込み、知業が言いたいであろう核心に触れる。
何を言おうとしてるかなんて、心を読まなくてもわかった。
「ついでにもう一つ言うとさ、俺は別に知業達とのあのことは別に気にしてないよ。あれは俺が悪い。知られたくないことなんて普通ならあるに決まってる」
「……悟」
「あの経験があったからこそ、俺は良い距離感ってのを知れた。お互い隠し事がないなんて理想論はやっぱり理想論で、出来ないからこそ美談として語られるんだよ」
「……そうじゃない」
「ありがとうな、知業」
「そうじゃないって言ってるだろ!!!」
怒声が教室に響き渡る。いつの間にかひぐらしの鳴き声は聞こえない。
「……じゃあなんだよ」
「お前がオレに……ありがとうなんて……! 思ってるわけないだろ……!」
「思ってるよ。知業は人の心でも見えるの?」
「お前のことならわかんだよ!!! ……お前程じゃねえけど……、オレらだって友達だったから……わかるんだよ……」
尻すぼみに告げられる『友達だった』。過去形であることに、俺は口を挟まない。挟む理由も無い。
紛れもない事実だ。
(クソ……こんなことが言いたいわけじゃねえのに……!)
「……じゃあどんなことが言いたいんだよ」
「っ!!」
「懐かしいな、その顔。思ってただけなのに言い当てられて嫌悪感を示す表情」
「……わざとかよ」
「本音で言い合いたいんじゃないのか。美辞麗句は嫌なんだろ」
「ああ、言えよ。言ってすっきりしてくれよ。……このままじゃ気持ち悪くて仕方ねえんだよ、悟」
自己満足の極地。俺のことを思ってくれてのことかもしれないけど、根底にあるのはどちらなのか。
それとも、悪者になろうとしているのか。
「……わかった」
「……」
「察しの通り知業を恨んだ時期もあった。だけどよく考えたら一方的に俺が悪いってこともわかった。だから高校では誰とも仲良くならないでおこうと思った」
そうすれば、かつての過ちなんて犯しようがない。
「だけどさ、今日見ただろ? そんな俺が生徒会に入ったんだよ。……初めは無理やりだったけど、だんだんちゃんと俺の居場所になってきてさ」
「……ああ」
「生徒会以外にも友達だって出来たんだ。操二はこんな俺でも親友になれるって言ってくれたし、立花さんは出会えば人懐っこく接してくれる」
「……」
「端的に言えば、最近は充実してたんだ」
声のトーンが無意識に落ちる。どれも嘘偽りない本心だからこそ、現状にどこかギャップを感じていた。
「……何で今更知業が出てくるんだよ……。お前の自己満足に俺を付き合わせるなよ……!」
「……そういうところも、変わっていないんだな」
「……そういうところ?」
「優しすぎるところだよ。優しいからこそ優しいところしか見ない。嫌なところはとことん嫌で、目を背ける」
「……お前がそれを言うのかよ」
「お前が悪いとは言わないけど、あの後話し合いの場を作ろうとしても避けてたのはお前だろ」
「避けさせたのはお前らだろうが!!!」
一気に頭に血が上り、今度は俺が怒号を浴びせる。知業は感情の爆発に真正面から向かい合っていた。
「……すまん、悟。発端がオレ達なのは変わらないのにな。あの時の言い方は今でも後悔してる」
「……話がそれだけなら、俺はもう帰るぞ」
「……なあ悟。最後に、この場を設けたのは間違いだったと思うか?」
その問いかけに何の意味がある。正解だったと言えば俺も知業も良い気持ちになれるのか? 間違いだったといえば何か丸く収まるのか?
そんなの、言うまでもない。
「俺のことならわかるんだろ。なら察してくれよ」
ドアを開けて教室を出ていく。ついてくる足音は無い。
机がガンと蹴られた音だけは、嫌に耳朶を打った。
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