第74話 かつての

 長岡さん……じゃなかった、愛哩と昼ご飯を食べたその放課後。俺を含めた生徒会役員は生徒会室に集まっていた。


 上座に座っている音心はパン、と手を鳴らす。いつになく真面目な表情だ。


「文化祭よ」

「ついにこの時期が来ましたね……」


 音心の言葉に愛哩はため息混じりに応える。うちの文化祭は特に変わった催しなんかは無かったはずだけど……、一体何なんだろうか。


「なあ音心、文化祭って何かあったっけ? 別に普通の文化祭じゃなかった?」

「ええ。普通の文化祭なのは間違いないわ。ただ普通の学校なら委員会とかに仕事を割り振るの。……言いたいことわかる?」

「……生徒会に業務が集中してめちゃくちゃ忙しい?」

「多分思ってる三倍は忙しいわよ。……はぁ、しかも今回は他校との意見交流とかもしなきゃらしいし。うちの先生は何を考えているのかしら」


 テスト並みに憂鬱そうな顔をして音心は机に肘をつく。


 にしても、想像の三倍か……。愛哩も否定する様子が無いのであながち誇張というわけではないんだろう。


「ちなみにアタシは去年一日で一キロ痩せたわ」

「私も二キロ程痩せました……」

「長岡さんが言うと信ぴょう性があるなぁ。まあ音心はパタパタ走ってるのが想像つくしわかるけど」

「さ、悟先輩……そういうこと言うと……」

「何がパタパタよ! 本当に忙しいんだからね!? あーもう決めた、アンタのことは馬車馬のごとく働かせてやるわ!」

「まあ俺も生徒会だから別に異論はないけどさ。意見交流ってのは?」


 さっき音心がちらっと言っていたこと。うちと他校がそれぞれ文化祭の取り組みを報告しあうって感じかな。


「聞いた話だと週に一回計画とか進度を共有するらしいわ。交代で高校に出向いたり来てもらったりするんだって」

「去年はありませんでしたね」

「一昨年も無かったわよ。正直こっちだけで手一杯だってのに……」


 音心は再度嫌そうな表情で愚痴を漏らした。俺は去年生徒会じゃなかったし、どれくらい大変かはわからないけど……、とりあえず役に立てたら良いなとは思う。


「で、今日よ。今日はその交流会第一回目なの」

「……会長、急すぎません?」

「未耶はそれを悟に言いなさい。悟の依頼があったからカツカツになってるのよ」

「面目ない」

「ん。まあ生徒の依頼に応えるのが生徒会だからあんまり気にしないようにね」


 音心は持ち前のカリスマでフォローをしてくれる。そう言ってもらえると俺も気が楽だ。


 にしても今日か。罪悪感が無いと言えば嘘になるけど、ひとまずは仕事に集中しなきゃな。


 その後は音心に大雑把な説明を受け、俺達は交流相手の高校に向かった。




◇◇◇




「ここか。綺麗な校舎だなぁ」


 着いた先は白い見た目が特徴的な高校。うちの高校然とした感じではなく、まるで私立のような印象を覚える。


「まだ改装して五年もしてないらしいわよ。羨ましい限りね」

「何か……凄いです……」

「ふふっ、みゃーちゃんはこっちの学校が良かった?」

「い、いえ! 元々うちは第一志望でしたし、生徒会の皆さんとも会えましたし!」

(それに、わたしが男の人に告白して、振ってもらえましたし。……これは言えないけど)


 ……そう思ってもらえてるって考えると、本当に救われるな。愛哩も今の未耶ちゃんの思考をみてか、こっちを見て優しげに笑った。


 と、その瞬間未耶ちゃんはバッと俺の方を向いた。


「も、もしかして今の!?」

「……あ、そう言えば未耶ちゃんには言ったんだよね。……その、ごめん」

「だからいつも女の子のは覗いたらダメだって言ってるのに」

「だ、ダメです! こういうのは秘密です! もう!」

「……え、何よ悟。アンタ覗きでもやってんの? アタシを覗こうなんて百年早いからね」

「そんなことしないって」

「当たり前のように言われると何か腹立つわね。まあ良いけど」


 それ以上音心は突っ込まず、自分の家のように校舎の中へ歩を進める。元々場所を聞いてるんだろう、俺達三人は後をついて行った。




 ここの生徒会室はうちのものより二倍は広く、一人残っていた役員の女の子に連れられて備え付けられた椅子に腰掛ける。未耶ちゃんは少し緊張しており、しかし対照的に愛哩と音心は一切固くなっていなかった。


 俺の両隣には愛哩と未耶ちゃんがいて、愛哩の隣に音心が座るという席順。


 くい、と服の袖が引かれる。いつもの愛哩の合図だ。


(生徒会の人達、いないね)

(この時期だし忙しいんだろうね。うちも音心が言うには凄いらしいし)

(ブラック企業の体験授業みたいな感じだよ)

(……めちゃくちゃ嫌だな……)


 務めたことがないから実際それがどんな感じなのかはわからないけど、そう言いたくなるレベルで忙しいってことだよな。無事に終わってくれることを願うばかりだ。


 くい、と。今度は反対側から服の袖を引かれた。振り向くと未耶ちゃんが少し不満そうな顔をしている。


「……振られましたけど、堂々と見せつけられるのは面白くありません」

「あ、えと、見せつけては……」

「……知りません」

(愛哩先輩ばっかり……)


 むすっとしながら小さな両手をどちらも握るにする未耶ちゃん。子どもが怒ってる時のような仕草、って言うと怒られそうだな。自重しなきゃ。


 少しするとガラッとドアが開かれる。入ってきたのは恐らくここの生徒会の人達で、順に四人が入ってきた。元々案内してくれた子も合わせて五人がここの生徒会役員なんだろう。


 先頭にいる背の高い彼の雰囲気からするに彼が会長で、後ろの女子二人のどちらかが副会長かな。一番後ろにいる彼は──






 ──最後に入ってきた彼を見た瞬間、俺の呼吸は文字通り止まった。






 息が出来ない。冷や汗が背中を伝う。頭を殴られた錯覚を覚える。






 そして恐らく、それは相手も同じ。驚愕に目を見開いている。






「……宮田くん?」

「どうしたんですか、悟先輩?」


 隣に座る愛哩と未耶ちゃんはすぐさま俺の異変に気付いて心配してくれる。


 俺は、答えることが出来なかった。


「……悟か……?」


 絞り出された掠れた彼の声は、確かに俺の名前を呼ぶ。


 忘れもしない、かつて何度も聞いた声。


「……知業ともなり、だよな」


 辛うじて言葉を返すが、俺の声は自分でも驚くくらい、酷く低くて暗かった。






 ──知業は、かつての俺の友達だ。仲良くなって知りすぎた結果、俺から離れてしまった、“元友達”。






 浅くなった呼吸は、どうしようもなく古傷を抉るのだった。

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