6章 宮田悟の思い出

第73話 罰ゲーム3

 俺の依頼も終わり、いつも通りの日常に戻る。今日からは本格的に文化祭の仕事に着手しなければならない。


 ただ、その前に一つだけ。今日はテストの結果発表だ。


 昼休みになると普段はクラスの大半が教室に残って弁当を食べるが、今は半分以上が結果発表の張り紙を見に行ってる。全員が上位十人に入れるとは思っていないはずだけど、この学校ではそれが一つのエンターテインメントになってるんだよな。


「宮田くんは行かないの?」


 声をかけてきたのは長岡さん。今回も一応勝負はしてたんだっけ。


いてからにしようと思ってたけど、長岡さんが行くなら俺も行こうかな」

「じゃあ行こっか。んふふ、今回は多分勝ってるからね」

「俺は自信ないんだよなぁ」


 夏休み明けだとどうしても気が抜けてしまう。前のように学年一位は取れてないはずだ。


 長岡さんと一緒に結果の張り出されている掲示板の前に移動する。一緒にいるとやっぱりどうしても注目されてしまうけど、半年弱も経験していると慣れるもんだな。気にせず隣を歩く。


 掲示板の前は生徒でごった返していた。一応後ろからでも見れるけど、結構見辛い。


「長岡さん、見える?」

「背伸びしたらギリギリね。……あっ! ほらやっぱり勝ってるよ私!」

「本当だ。俺は八位か」


 前回から結構順位が下がってる。中間テストは頑張らなきゃな。


 対して長岡さんは前回と同じく二位。平均八九点の高得点をたたき出していた。


 ……よっぽど前に負けたのが悔しかったんだろうな、ってのは言わない方が良いよね?


「うお、また生徒会コンビ入ってんじゃん! すげーな!」


 聞き覚えのある声に気付き思わず振り向く。そこにはブレザーを全開にした操二が独り言を言って注目を浴びていた。


「お、悟クンじゃん。今回もベストテン入りおめでと!」

「ありがとう」

「私は宮田くんより六位上だけどね」

「長岡さんもおめでとうな! やー、やっぱオレとはちげえなぁ」


 操二は何故か嬉しそうに笑う。ソラちゃんと別れてから少し心配だったけど、この調子なら大丈夫そうだ。帰ったら琴歌にソラちゃんのことも聞いてみようかな。


「んじゃオレも飯食ってこようかな。最近島本が飯めっちゃ誘ってきてうるさくてさー」

「操二が相談に乗ってるとか?」

「そそ。アイツ変に色気付いてるんだよ。悟クンも気ぃつけた方が良いぜー?」

(ガチで長岡さん狙ってるっぽいから、放っとくとアクション起こしそうだし)

「まあ、そうするよ」


 操二の真意には気付かないふりをして曖昧に答える。無論長岡さんにも意図は伝わっているだろうけど、案の定何かを言ったりはしなかった。


「あ、そうだ宮田くん。今日一緒にご飯食べようよ。どこか二人になれるところないかな」

「屋上……はこの時間だと混雑してるんだっけ」

「あそこは結構人いるぜー。……うし! じゃあオレのオススメスポットを教えてあげるわ! 学校内に三人遊び相手がいた頃そこでよく飯食ってたんだけど、全然見つからなかったとこがあってさ! 勿論今はいないけどね?」


 ソラちゃんと出会う前の頃の話かな。そんな場所があるなら目立つのも嫌だしぜひ聞きたいけど、正直検討は全くつかない。


「……あ、でも先生に見つかったらアウトだから。そこだけは気ぃ付けてね」


 ……どんなところを教えるつもりなんだ。




◇◇◇




「わ、本当に人がいない」


 俺と長岡さんが向かった先はプールのボイラー室。操二は(生徒が持ってるはずのないそれを何故か)持っていた合鍵を渡してくれて、大きな機械がそびえるそこに腰を下ろす。ちなみに鍵は「もう多分使わないから悟クンにあげるな! 大切に使ってくれよ! 高かったし!」と強引に渡された。


「ふふ、ちょっと狭いね?」

(変な気分になったらダメだよ?)

「ならないって」

(……宮田くんにそう言われると、こっちもこっちでプライドに触るけど。告白してくれたくせに)

(してないよ)

(だから私も口にはしてないよ。二人だけの秘密)


 長岡さんはいつかの完璧なウインクをして人差し指を唇に添える。ハーフアップの髪が小さく揺れた。


「で、一緒に食べるってことは何か用があるの?」

「二つね。一つは琴歌ちゃんがどうなったのか聞きたくて」

「あ、そっか。まだ言ってなかったっけ」


 一番協力してくれた長岡さんに何も伝えてないのは不義理だったな。琴歌のことを心配してくれているのが少し嬉しくなる。


「今朝ちゃんと話したよ。これからは俺がベッドに座ってる時は隣においでってポンポンしないようにだってさ」

「……何かそれ、エッチじゃない? 実の妹、それも五年生の子にそんなことしてたの?」

「琴歌もそんなこと言ってた気がするけど、そうか……? 俺はあんまり思わないけど……」

「じゃあそれ私にも出来る?」

「……なるほど。ダメだなこれは」


 変な雰囲気になるというか、異性にこれをするのはダメな気がする。当然同性にするなんて以ての外だけど。


「もう一つの用は?」

「罰ゲーム。勝負してたでしょ?」

「ああ……そう言えば毎回そんなことしてたっけ」


 いつもは俺がさせてる側だったから忘れてた。何か長岡さんからの罰ゲームって怖いな。考えたらめっちゃ怖くなってきた。何させられるんだろう。


「そんな怖いことはしないよ。失礼だなぁ」

「そんなってことはちょっとはするってことか……?」

「名前。二人っきりの時は名前で呼んでよ」

「……? 長岡さんって呼んでるけど?」

「だ、だから! 下の名前! 愛哩って呼んでって言ってるの!」


 長岡さんらしくない、取り乱した様子で俺へと詰め寄る。ち、近いな。長岡さんが赤くなってるから俺まで暑くなってきた。


「……ま、前にそれやった時にむず痒いってならなかったっけ?」

「なったけど! もしそういう関係になった時に名前で呼び合えないって相談してくる女の子凄いいるんだよ!? なら今から慣らしておかなきゃダメじゃん!」

(……新手の告白……? いやでも……)

(ち、違うからね? 別にずっとそういうことを考えてるわけじゃないからね? お願いだから勘違いしないでね?)

(まあ良いけど……)


 俺は仕切り直すために一度咳払いをする。名前で呼べば良いんだよな。罰ゲームなんて免罪符もあることだし。


 ……免罪符って何だ。別に名前で呼ぶための理由を欲しがってたわけじゃないだろ、俺。


「……あ、愛哩」

「……んふふ、やっぱりくすぐったいね?」

「て、てかそれなら俺だけ呼ぶのもおかしくないか!? そういう関係になった時長岡さ……、愛哩だけ俺を苗字で呼ぶのは違くない!?」

「そ、そういうこと言っちゃうの!? 宮田くんテストで負けた側でしょ!?」


 いやでも俺だけってのは道理が通らないというか、理由に対してやってることが違うしさ! こうなったら一蓮托生でやるべきなんじゃないかな!?


「……わかった。じゃあ私も二人っきりの時は宮田くんを下の名前で呼ぶよ」

「今思いっきり苗字で呼んだけどね」

「さ、悟くん! はい! これで良いんでしょ! もう!」

「はは、何か取り乱してるのは珍しいな。……その、愛哩はいつも余裕そうだし」

「っ! ……そ、そういう悟くんだって! さっきみたいな子どもっぽいこと言うのは珍しいからね!」


 ……長岡さん、顔凄い赤いな。俺も多分この感じだと赤くなってるんだろうけど、これだけ赤いなら多分俺の方がまだましなはず。俺の方が照れてるなんて恥ずかしくて思いたくないし。


「今悟くん心の中で私のことを長岡さんって呼んだでしょ。心の中でも禁止だから。愛哩って呼ばないと怒るからね」

「心の中まで監視されるとかヤンデレもビックリだろうなぁ……」

「出来るんだから仕方ないでしょ! さ、悟くんだって出来るくせに!」

「出来ないとは言えないけど……」


 長岡さん……じゃなかった。愛哩は恥じらいを隠すように声を大きくする。余裕な感じがデフォルトだからかな、本当に珍しい。


「……愛哩? とりあえず昼ご飯食べないか? あんまり話してると昼休みがなくなるし」

「あ、そうだね。うん、じゃあそうしよっか。……何か負けた気がして嫌だけど」


 ぶつぶつ言いながら愛哩は隅に置いていた弁当を手に取る。


 ただし、包みを開けはしないでそのまま膝の上に置いた。


「愛哩?」

「……ちょっと詰めるから! 逃げないでよ!」

「うわっ!?」


 スカートの下に敷いていたハンカチを俺の真横に寄せると、ぐいっと俺の隣に置いてその上に座った。片側がピッタリ長岡さんに触れてしまっている。


 ふわりと香る柑橘系の香りは紛れもない愛哩のもの。俺は反射的にゴクリと息を飲んだ。


「ふ、ふふん! これで私の勝ちだね! 悟くん!」


 ……そんなに恥ずかしがってたら勝ちも霞むよ。言いかけたけどやめる。


 視界の隅に愛哩の赤くなった耳がちらっと覗く。俺はそれに対して言葉を飲み込み、同じように隅に置いてた弁当を手に取る。


 ……触れてる部分に、何だかやけに熱を感じた。

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