第69話 擬似彼女
今日は土曜日で学校もなく、朝からずっと家に居る。両親は例によってまたデートをしているため琴歌と二人だ。
俺はリビングのソファーに腰掛け、スマホを弄っていた。
長岡さんは一時から来るのか。今が十二時四十五分だし、あと十五分だな。
琴歌に伝えていた一週間後に彼女と会わせるって言っていたのは今日。さっきから琴歌はそわそわとリビングやキッチン周りをぐるぐる歩いていた。
「本当におにぃの……いやでも嘘かもだし……か、彼女……!」
「琴歌も座ったら?」
「べ、別に良いでしょ! 今は歩きたい気分なの!」
ベタなツンデレみたいな口調でまくし立てる琴歌。まあ本人がそう言うなら良いけど。
昨日生徒会室に戻った時既に立花さんは帰ってたが、反して未耶ちゃんは残っており、テキパキと文化祭に向けて作業をしていた。音心も気にしている様子はなく、だけど未耶ちゃんの充血した目がどうしても告白の様子を思い出させる。
……未耶ちゃんに出会うのが先だったら。昨日から何度も繰り返した思考を、しかしそこで打ち切る。
結局残った事実は告白されて振ったというものだけ。対照的に浮かび上がる自分の気持ちには一旦蓋をした。
俺は再度琴歌へ目をやる。今度は同じ場所をくるくる回っては小さく独り言を呟いていた。
「おにぃはシスコン……だから彼女っていうのも……もしかしたらあだ名……?」
「なあ琴歌」
「何!? 今集中してるんだけど!」
「昨日俺さ、告白されたんだ」
「へぇっ!? ……そ、それは今の彼女とやらに……?」
「いや、別の子だよ。後輩の女の子でね」
「それって前に琴歌が出会ったあのあざとい人!?」
「あざとい……? ……ああ、立花さんは違うよ」
そう言えば琴歌は何回か立花さんと会っていたっけ。初めは確か琴歌と本屋に行った時だったはずだ。
「とりあえず、告白してくれた子は俺には勿体無いくらいでさ」
「……そんなことないもん。おにぃはカッコ良いもん。シスコンだけど」
「最近よく言われるよ」
「な、何それ自慢!? モテモテですよみたいなこと!?」
「じゃなくて、シスコンってところ」
「そ、そうなんだ……えへへ……」
回るのをやめ、今度は頬に手を当ててくねくねと尺取虫みたいに身動ぎする。五年生だけどこういう仕草を見るに、まだ結構子どもっぽいんだよね。甘やかしすぎた弊害かな。
「ごめんな」
「? 別に良いけど……」
(何に謝ったんだろ……?)
何に、か。答えようとするけど、それより早くインターホンが鳴る。
玄関を映すカメラには綺麗なハーフアップの長岡さんが笑顔で立っているのが映っていた。時間は五十分だから少し早い。
琴歌は長岡さんを見るなり、口を半開きにして唖然としていた。
「あ……愛哩さん……?」
「琴歌に卵焼きを教えてくれた時の人だね」
「覚えてるけど……嘘……愛哩さんが……?」
信じられないとでも言いたげに一歩後ずさる。この驚き方はちょっと不自然だし、もしかしたら二人の間に何かあるのかもしれないな。
俺は今行くよとマイク越しに伝え、琴歌を置いて玄関へ向かう。ドアを開けると大人な黒のロングワンピースを身にまとった長岡さんが待っていた。
「上がって」
「家の中には誰がいるの?」
長岡さんは靴を脱ぎながらそんなことを訊ねてくる。
「俺と琴歌だけだよ。両親は家にいない」
「そっか。じゃああの日と同じだね」
「卵焼きの時かな」
「うん」
長岡さんは短く答え、俺はリビングへと迎え入れる。中にいた琴歌はドアを開ける音に驚いて肩をビクンと跳ね上げた。
「久しぶりだね、琴歌ちゃん」
「ほ、本当に愛哩さん……でも……」
長岡さんのいつもながらの綺麗な笑顔とは真逆で、動揺が隠せない様子の琴歌の表情。
とりあえず、紹介からだよな。
「琴歌。紹介するよ」
「……嫌」
「え?」
「嫌! 紹介なんていらない!」
ピシャリと言い切る琴歌は自分の服をきつく握り締めていた。シワになるぞ、とは流石に言えなかった。
どう伝えようか言いあぐねていると、長岡さんが先に口を開く。
「大丈夫だよ、琴歌ちゃん」
「大丈夫じゃない! 愛哩さんは愛哩さんだから言えるの!」
「……あんまりぐだぐだしててもあれだから、言うよ。琴歌」
「ダメ!」
「長岡さんは俺の」
「ダメだってば!!!」
耳が痛くなるほどの大きな声。だけど無視して、俺は続きを口にする。
無理やり伝えたところで、琴歌の恐れている言葉は出てこないから大丈夫だ。心の中で呟く。
「──長岡さんは、俺の友達だよ。嘘を吐いててごめん、実は彼女なんていないんだ」
昨日長岡さんに頼んだこと。
擬似彼女ではなく、友達として隣に立って欲しい。
それが琴歌へ出来る“好意に対して真っ直ぐ向き合う”ということへの第一歩だ。
未耶ちゃんに教えてもらったそれは、酷く残酷で、だけど途方もなく優しいものだと理解出来たから。
「ただ、もし俺が誰かと付き合うなら、多分長岡さんだと思うんだ。だから改めて紹介した」
ただし続く言葉に驚いたのは、長岡さんもだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます