第70話 待ってほしい

 琴歌はきゅっと唇を結び、長岡さんは目を丸くしている。


 ……正直、ちょっと恥ずかしいな。まるで告白まがいだ。


 無言の中口火を切ったのは琴歌。何を言おうか悩んでいたっぽいけど、意を決したのかゆっくりと口を開いた。


「……い、今のって告白?」

「……いや、俺の中ではそうじゃない、けど。そう見えはするよな」

「見えるよ!!! だって今の告白だもん!」

「違うんだって。可能性の話でさ」

「違くない! それなら琴歌だって可能性あるもん!」

「血繋がってるよ」

「つ、繋がってたとしても! 可能性はあるもん!」


 琴歌は声を荒らげてそう主張するけど、このままだと平行線だ。助けを求めるように長岡さんへ目をやる。


 ……こっちもこっちで、あんまり助けになりそうはないけど。


(え? え? そりゃ最近手繋いだりとかそういうのもあるのかなーって思ったりしてたけど……意識してないって言われたら嘘になるけど……でも……)

「長岡さん」

「な、何!? 告白!?」


 顔を真っ赤にして琴歌みたいなことを言う長岡さん。やっぱりさっきのはまずかったかな。


 ……まあ、でもそれが真っ直ぐ向き合うって決めた俺の選択だ。後悔はない。


「するとしても流石に場所は選ぶよ。そうじゃなくて」

(ごめん、琴歌へのフォロー頼めないかな。俺からだと何を言っても聞いてくれなさそうだからさ)

「あ、ああ、そういうこと。急にびっくりすること言うから……」


 長岡さんはこほんと咳払いをしてかがみ琴歌と目を合わせる。未だに少しだけ赤い頬を無視して琴歌の手を握った。


「今のは宮田くんも言った通り可能性の話だよ。今は普通の友達だし、普通のクラスメイトで普通の生徒会仲間」

「……嘘だよ。おにぃは愛哩さんのことをいつも嬉しそうに話すし、愛哩さんだって前とは何か違うもん」

「まあ、一番仲の良い男の子は宮田くんだと思うよ」


 その場に合わせたものか本心か。言われて俺は少し胸の辺りに温かいものを感じる。


 それが本心だということは、俺なら嫌でもわかってしまう。


(……やっぱり、おにぃは琴歌のことなんて)


 琴歌は顔に影を落として一人思考する。言葉はそこで途切れた。


 その先を紡ぎたくないのだろう。俺は何も言えずに黙り込んでしまった。


 再度無言が辺りを支配する。進まない場をいつまでも放置していては何も始まらない。


 ……これは厳しいかな。それでも言わなきゃ、琴歌とまっすぐ向き合ったことにはならないか。


「なあ、琴歌」


 絞り出すように呼びかける。少しだけ目を潤ませながら、琴歌は俺を伏せ目がちに、上目遣いで覗いた。


「俺のことが、好きなんだよな」

「っ!」


 ……これでもう後戻りは出来ない。以前のような関係に戻れるのはいつになるだろうか。




 それとももう、戻れないのだろうか。




「こういうのは先延ばしにしてもダメだって教わったからさ、先に答えを言うよ」

「だ、ダメ! それを聞いたらもう……!」

「ごめん、琴歌。俺は琴歌を恋愛対象としては見れない」

「言うのはダメって言った! ダメなのに……!」

「理由はやっぱり俺にとって琴歌は妹なんだよ。シスコンって言われることは少なくないけど、それは実の妹だからっていうのが前提でさ。琴歌のそれとは違う」


 俺は淡々と本心を口にする。申し訳なさそうにするのも、高圧的に出るのも意味が無い。


 それは真っ直ぐ向き合っていないし、意図して態度を変えて他の要因に気持ちを左右させるのは、俺の考える誠実ではない。


「……じゃあ、どうしたら琴歌をそういう目で見てくれるの?」


 琴歌の小さな疑問は、シンと静まり返ったリビングに染み渡る。


「見れない。俺はこの先絶対に、琴歌をそういう目では見ないよ」

「……多分でも何でも、慰めでも良いから」

「ごめん」


 以前の俺ならなあなあにしていただろう。未耶ちゃんに告白される前の俺なら、琴歌が大人になるまでなんててい良く逃げていただろう。


 自分が傷付きたくないから相手を傷付けないようにする。心が読めるからこそどこが柔らかいところなのか無意識に理解出来てしまう。果てしなくずるい言い訳。


「今の俺が付き合うとしたら長岡さんで、それは間違っても琴歌じゃないんだ」

「……知らない。もう良い!」

「っ、琴歌!」


 涙が溢れてしまいそうな両目を隠すように、琴歌はリビングから逃げ出す。俺が引き止める前に家を出ていった。


 俺と長岡さんの二人になったリビングには、琴歌が出ていった時の玄関のドアがガチャっと閉まる音が響く。


「……ごめん長岡さん。せっかく来てもらって悪いんだけど、追いかけてくる」

「待って」


 俺がリビングを出ようとすると、長岡さんは俺の服の端を掴んで引き止める。思わず振り向くと、うっすら頬に朱を差した顔で俺をじっと見つめていた。


「……今の告白」

「さっきも言ったけど、これは告白じゃなくてさ。……何て言ったら良いかな」

「そういうのは受ける側が決めるの。今のは告白だよ」


 長岡さんはいたって真面目な様子で断定する。反例がいくらでも見つかる暴論だけど、不思議と言い返せなかった。


(……嬉しい、けど。本当は今すぐにでも受け入れたいけど)

(……俺が心を読めるってわかっててやってる? むしろそっちこそ告白じゃない?)

(勝手に覗かないの……っていうのは無理だもんね。無意識に呼吸するみたいなものだし、その気持ちは私が一番わかるから)

(だろうね)

(……今から言うことは口にはしてないからノーカン。それは覚えておいて)


 俺はコクリと頷く。それと同時に鼓動が早くなり、指先に心臓があるのかと錯覚するくらい感覚が鋭敏になった。


 まるで口から心臓が飛び出そうだ。真っ直ぐな長岡さんの瞳と目を合わせながら、俺はそんなことを思った。




(これが恋愛感情なのかはわからないけど、私は宮田くんのことが好きだよ。でも初めての感情だから、私にはまだこれが何かわからないの)




(……四歳から心が読めたら、そりゃそうもなるよな)

(だから宮田くんが良かったら、待ってほしいの。……ただ、これは私のワガママだから。もしその間に心変わりして誰かと付き合うことになっても、私は何も言わない。私と宮田くんはこれまで通り友達のまま)

(……ずるいな、長岡さんは)

(んふふ、女子はちょっとずるいくらいが丁度良いんだよ)


 照れ臭そうに笑顔を浮かべる長岡さんはどこか嬉しそう。つられて俺も笑いそうになる。


「とりあえず、俺は琴歌を探してくる」

「あてはあるの?」

「一つだけ。長岡さんはもう帰っても……」

「私も行くよ。琴歌ちゃんとはまだ話の途中だったし」

「わかった。なら頼むよ」


 俺は廊下へ繋がるリビングのドアを開け、長岡さんに先に行くように促す。


 レディーファーストだね。そんなことをされたら好きになっちゃうかもしれないよ。長岡さんは心臓に悪い冗談を口にして、俺達は玄関へと歩を進めたのだった。

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