第59話 嘘つきはダメな兄貴の始まり

「ソラちゃん、別れたんだって」


 夏休みも残すところあと一日。そんな日の夜、いつも通り俺の部屋に来ていた琴歌はおもむろにそう呟いた。


「そっか」


 操二はそういう道を選んだんだね。なら俺からは何も言えないや。


「お見舞い、行ってあげなよ」

「誰の? ……あ、ソラちゃんのことかな。ソラちゃん身体弱いからかよく体育も休んでるんだ。学校休んじゃったら行くよー」

「ソラちゃんは琴歌以外に友達いるの?」

「何それ失礼ー。ソラちゃん可愛いし良い子だからいっぱいいるよ。学校に来た初めは緊張してたみたいだけど、今はもうみんな友達」

「そっか」


 良いことだ。そこに操二が関係ないとは言えないはずだし、やっぱり二人が付き合ったことには意味があったんだと思う。


 多分、俺がわざわざ伝えなくても理解してる気がするけどね。人の考えてることっていうのは思ったよりも伝わってる。


「あ、そう言えば琴歌。宿題は終わった?」

「お、終わってるもん! 今日の夕方まで頑張ってたもん!」

「今日の夕方までやってたのかよ」

「そう言うおにぃはどうなの! どうせ琴歌と同じでしょ!」

「俺は七月中に終わっちゃったからなぁ……」

「……ふ、ふーん? まあ小学校と高校じゃ違うだろうし?」

(え!? おにぃそんなに頭良かったの!? 本当に琴歌のおにぃ!?)


 心の中で飛び上がるくらい驚いている琴歌には触れず、俺はベッドに座り直す。


 夏休みの宿題っていざやってみると思ったより少ないんだよなぁ。そりゃ面倒なやつはあるけど、それでも難易度は控えめだし。


「……あ、そう言えば夏休み明けにテストあるんだっけ」


 すっかり忘れてたけど、確か長岡さんにまた勝負を挑まれていた気がする。まあどうせ今までの復習だろうし、こんな夜から焦って勉強するものでもないか。


 琴歌はそんな俺を見てか、勉強机に備え付けられている椅子に座りながらじっと怪訝な目を向けていた。


「おにぃサボろうとしてるでしょ。ダメだよ? 成績落ちちゃう」

「順位なら上がりようがないけどね」

「え? 諦めたってこと?」

「一位より上はないから」

「なぁっ!? おにぃ、何でそんなに勉強出来るの!? 本当に琴歌のおにぃ!?」

「この短時間で二回もそれ言うのか……」

「言ってないよ? ……もしかして口に出てた!?」


 はっとして口元を両手で抑える琴歌。

 そっか、さっきのは心の中か。たまにごちゃごちゃになるから気をつけないと。


(……あ、でもおにぃが本当のおにぃじゃなかったら)


 ん? 琴歌の内心がよくわからない方向へ進む。何を言うつもり……、というか考えるつもりなんだろう。


(琴歌がおにぃのことを好きになっちゃうのも当たり前じゃん)

「!?」

(しかも血が繋がってなかったら結婚も出来る……? あれ? 出来るのかな?)

「こ、琴歌!?」

「へ!? な、何!? もしかしてまた声に出てた!?」


 今度はりんごみたいに顔を真っ赤にする。思わず口を挟んじゃったけど、今のは……。


「声は出てなかった、けど……」

「けど!? 何!?」

(も、もしかしてバレちゃった!?)

「……えと、そう! ソラちゃんって仲の良い男子とかいるの? だから操二と別れたのかなーって!」


 我ながら苦しい言い訳だなぁ……。脈絡無さすぎるだろ。


「あ、んと、そういう人はいなかったかな。ソラちゃんは何と言うか、女子に守られてるお姫様みたいな感じ? というかこれ前も言わなかった?」

「あ、あれ? そうだっけ?」

(……そう言えば、おにぃって彼女いないよね? ちゃんと聞いたことなかったというかどうせいないだろうけど、はっきりとは知らないかも)


 口を半開きにして琴歌は考え込む。連動して俺は目を逸らす。


 ……これ、やっぱりそろそろどうにかしないといけないよな。実の兄を恋愛的に好きなんて、明らかに間違っている。操二達とはまた異なる話だし、今までは可愛いからって放置してたけどさ。


「ね、ねぇおにぃ!」

「はい!?」

「かの、彼女はいるの!?」

「いるよ!?」

「!?」

「!?」


 あれ!? 俺今いるって答えたのか!? 何かそんな気がする!!!


「……嘘。おにぃに彼女……? シスコンのおにぃが……?」

「あ、今のは……」

「何!? あ、やっぱり嘘だったんでしょ! もーびっくりしたんだから!」


 心底安心した様子で胸を撫で下ろす琴歌。大きな溜め息が聞こえてきた。


 そりゃもちろん嘘だけど。そう思いながら俺は熟考する。


 あながち今の嘘は悪くないんじゃないか?


 失恋のパターンっていうのは告白して振られるか相手に新たに恋人が出来るか、もしくは元々恋人が居るかだ。


 まして相手は実妹。恋愛的に好きだと、口にした時点でアウト。なら二つ目か三つ目のパターンがこの場合は最適だ。


「……ごめん琴歌」

「? 何が?」

「いるんだ、彼女」

「……嘘なんでしょ? 琴歌知ってるよ、おにぃは学校ではあんまり人と話さないって」

「最近は生徒会にも入ったし、その流れでさ」

「……嘘! だっておにぃはシスコンなんでしょ!」

「それは否定出来ないかもだけど……」

「ほ、ほら! えへへ……、……じゃなくて!」


 上がった口角を両手で戻しながらずいっと近寄ってくる。仕草が一々可愛いな。


「……会わせて」

「え?」

「だから、彼女と会わせてって言ったの! じゃないと信じないもん!」

「いや、それは……」

「……ほら、本当はいないんでしょ? 嘘つかなくても良いよ」

「……わかった。ただその子にも予定があるから、一週間後で良い?」

「ほ、本当にいるならね! じゃあ琴歌部屋に戻るから! ばいばい!」


 琴歌はそんな捨て台詞を吐いて俺の部屋を後にする。部屋の中が一気に静かになった気がした。


 ……彼女。当然実際はいないんだけど、どうにかしなきゃ。


 本当に、どうしようかなぁ……。

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