5章 宮田琴歌の恋心

第60話 二学期の始まり

 夏休みが終わり、またいつもの学校が始まる。俺は一学期と変わらずに早めの時間に登校して一人クラスを眺めていた。


 夏の間に肌をこんがりと焼いた人もいれば髪型が変わってる人もいる。中には何も変わっていない人もいるけど、それもまた個人の夏休みだ。俺だってそうだしね。


「おはよ、宮田くん」


 今ではもう恒例となった挨拶。俺の方が先に教室に着くから長岡さんが隣を通る時におはようをくれる。


「おはよう」


 それだけを返すのも春の頃からの恒例行事。クラスでは独りの俺に長岡さんが関わるべきではない。そろそろ生徒会として俺も周知されている頃だけど、やっぱり住む世界は違うから。


「んふふ、まだ違う世界なんて考えてるの?」


 ……ただ、長岡さんは夏休み前くらいからおはようだけでは済まさなくなったんけどね。


「今の状況は人気者が一人ぼっちに優しくしていること以外の何物でもないと思うよ」

「そうかな? 優等生同士、生徒会同士で何か話してるのかなーって感じにも見えると思うけど」

「……かもしれないね」

「ちょっと、無理やり会話を終わらせようとしないの。会長に言いつけちゃうよ?」

「音心は面倒臭そうだなぁ……」

「まあ生徒会でいっぱい話せるし、今日はこの辺にしてあげようかな?」


 そう言って長岡さんは気まぐれな猫のようにふらっとどこかへ行く。行く先で女子達と挨拶を交わし、自分の席に着いた。


 ……琴歌へとっさについた、彼女がいるという嘘。長岡さんなら事情も知ってるし、受け入れてくれるかな


「……まあ、俺が恥ずかしいんだけどさ」


 誰にも聞かれない独り言。今の思考、長岡さんに覗かれてないと良いけど。


 挨拶が終わると本格的に何もすることがなくなる。俺はカバンに入れた宿題の中に忘れ物がないか確認して時間を潰す。ただやっぱり全部入ってるから暇になる。


 前はどうやって時間を潰してたっけ。久しぶりの学校で勝手がわからなくなってるな。


 だがそんな風に思っていたのも束の間、新たに人に話しかけられる。今度は長岡さんじゃなくて、その長岡さんを彼女にしたいと思ってる男子の一人。


「おはよう、宮田」

「うん、おはよう」


 サッカー部の島本。操二と知り合うきっかけを作った人だ。同じサッカー部の操二とは違うタイプのイケメンで、チャラくはないけどスポーツマンとしてはモテそうな感じ。


「……な、なぁ宮田。俺お前と夏休みに一回会ってるんだけど、覚えてるか?」

「? いや、特に覚えて……」


 そこまで言って思い出す。そう言えば花火大会の日、長岡さんと二人で居た時に出会ったんだっけ。


(こいつ……やっぱ長岡と付き合ってんのか……? 高槻は付き合ってないって言ってたけどよ……)


 だよね。そういう話。俺と長岡さんには仲間意識はあっても恋愛感情はない。早いところ伝えた方が今後楽かな。


 ……あの日に繋いだ手は、空気に流されただけだから。現に今日の長岡さんも気にしていなさそうだったし。


「ごめん、花火大会の時に出会ってたね」

「だ、だよな! ……その、お前と長岡って……、そういう関係なのか……?」

「違うよ」


 島本の望んでいる言葉。俺は即座に否定する。


「そっか……おし! わかった、ありがとな!」


 そう言って島本は俺の席を後にし、長岡さんの席へと向かっていく。多分挨拶しに行ったんだろうな。


 ……何かさらに長岡さんに偽彼女を頼みにくい状況になった気がするけど、気にしないことにしよう。それはそれ、これはこれだ。


 見ると時間も良い頃合いで、俺は窓の外を眺めながら朝礼を待った。




 今日は始業式と宿題点検、あと明日のテストの注意事項の通達なんかで午前中に学校が終わる。だけど生徒会はそろそろ文化祭が近付いてきたとかで放課後に活動があるのだ。

 生徒会の一大イベント。ほとんど裏方らしいけど、目の回るような忙しさだって聞いてる。


 俺は終礼後もクラスメイトに引っ張りだこな長岡さんを後目に生徒会室へ向かう。


 鍵は……まあ開いてるかな。取りに行くの面倒だし、未耶ちゃんか音心のどっちかが開けてくれてることを期待しよう。


 幸い生徒会室は明かりが点いていた。誰かがいるのは確定。ドアをスライドして中に入る。


「悟じゃない。愛哩は?」

「長岡さんはまだ教室。というかこの流れ何回やるんだよ」

「休みの可能性も考慮してってことよ」


 生徒会室には上座の音心しかいなかった。俺も定位置に腰を下ろす。


「なぁ音心」

「何? 何か悩み?」

「……あー。まあそれもそうなんだけど、それは長岡さんと未耶ちゃんが来てからすることにするよ」

「そ。それで?」

「琴歌覚えてるだろ? 琴歌のこと、音心にはどう見えてた?」

「どうって……普通に良い子? 後はブラコンだなーって」

「そっか」


 音心が琴歌と遊んでいたのは小学生高学年、つまり六年か七年前の話だ。その頃から片鱗は見せてたってことなのかな。


「ふふっ、もしかして妹の相談をするつもりなの?」

「そうなる……なぁ……」

「アンタも大概シスコンね」

「最近否定出来ない気がしてるよ、それ……」

「それだけ悟が優しいってことよ」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど」


 琴歌がああなったの、やっぱり俺のせいなのかな。だとしたら本当に申し訳ないことをした。今はまだ小学生だから恋愛はそれ程って感じだろうけど、これが中学、高校まで続いていたとしたら恋愛の機会を俺が奪うことになる。それはいけないことだ。


「何に悩んでるか知らないけど、生徒会は悩み相談も受け付けてるんだからね」

「ありがとう音心」

「こういう時は先輩に甘えなさい。……はぁ、明日のテスト嫌だなぁ……」

「音心はまた赤点か?」

「まだわからないじゃない!」

「補習で活動に穴を空けないように頼むよ」

「そこなのよねぇ……勉強しなきゃ……」


 ぐだっと机へ伏せる音心。何も文化祭前まで補習を組まなくてもとは思うけど、まあ仕方ないか。俺は俺で長岡さんに勝てるよう頑張ろう。


 少しすると、長岡さんと未耶ちゃんが一緒に生徒会室へ入ってきた。二人とも教室で友達に足止めを食らっていたとのこと。


「わ、会長どうしたんですか……?」

「明日のテストが憂鬱で絶望してるんだよ」

「そうよぉ……生徒会の仕事もあるのにぃ……」

「た、大変ですね……」

「普通にやったら赤点なんか取らないと思うんだけどね」

「はい出た悟の悪いところー!!! アタシは点数取れないから嘆いてんのよバカ!」

「ごめんって」


 まあ三年生のテストは難易度が跳ね上がってるかもしれないから、滅多なことは言わない方が良いか。音心も機嫌悪くなってしまいそうだし。


 長岡さんと未耶ちゃんは自分の席に座る。長岡さんは早々に弁当を取り出し、未耶ちゃんだけは机に伏せる音心を見てあわあわしていた。


「ごめん、ちょっと良い?」


 俺は各々のすることを遮るように口を開く。長岡さんと未耶ちゃんは不思議そうにこちらへ目を向け、むくりと起き上がった音心だけはさっきの話かと当たりをつけていたようだった。


「生徒会への依頼なんだけど、良いかな」

「宮田くんに誰か言いに来たの? 直接は恥ずかしいとか?」

「そうじゃなくて、俺からの依頼でさ」


 その言葉に長岡さんと未耶ちゃんは目を丸くする。まさか俺が依頼をするとは思ってもいなかったのだろう。


「どうしたの? クラスで私以外の友達が欲しいとか?」

「誰がそんなこと頼むのさ……」

「さ、悟先輩! わたしも友達ですよ!」

「ありがとう未耶ちゃん。でもその気遣いはちょっと心に来るかな」

「あ、あれ!? ご、ごめんなさい!」

「やーい悟の女泣かせー」

「ここぞとばかりに弄ってくるなよ!?」


 ……みんな自由だなぁ。仲良くなれた証拠でもありそうだけどさ。


「その、俺の依頼っていうのは……」

「いうのは?」

「……誰か、俺の彼女になってくれない?」

「「「!?!?!?」」」

「あっ違うマジのやつじゃなくて!!!」

「あ、遊びってこと……!? 悟、アンタとんでもないクズね!?」

(悟先輩がそんな……いやでもそういう人じゃないはずだし……え……?)

(あ、私何かわかったかも。琴歌ちゃんの話かな)

「ごめん言い直すし音心はとんでもないこと言うなよ!?」


 三者三様自由過ぎる反応に、俺はさっきのバカな自分をぶん殴りたくなったのだった。

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