第57話 操二の本音

 運ばれてきたのは先程頼んだカレーとナン。ナンは思ったよりも大きく、バスケットから大きくはみ出ていた。


「おー、これで五〇〇円とか学生の身分様様だな、悟クン!」

「だね」

「……やっぱテンション落ちる? そりゃそうだよな、また入院だしなー」


 一番近い当事者のはずなのにどこか明るい操二。

 注文前に言ったソラちゃんの入院。あの後それについて詳しく話し出すかと思えば、飯が来てからとはぐらかされお互いスマホをいじったりしていた。


 ソラちゃんが入院か。せめて学校が休みの夏休み中だったら、なんて思わずにはいられないな。


「一応言っておくと、命に関わるようなもんじゃないらしいよ。ソラちゃんのお父さんが言うにはそうなんだって」

「連絡取り合ってるんだ」

「正確には向こうが連絡を寄越してくれた? 急だったからびっくりしたよ」


 ということはソラちゃん自身からは聞いてないのかな。だとしたらソラちゃんが別れようと思ってることも、操二はまだ知らないかもしれない。

 そんなことを考えていると、操二にじっと目の奥を見られていることに気付く。


「さっきさ、オレが飯って言った時気付いたよね?」

「まあ、ソラちゃんがいるのに? とはなったよ」

「そそ。それについてなんだけどさ、入院とは別に相談があってさ」


 操二は大きなナンを手でちぎり、カレーに付けながら。


「何かさ、ソラちゃん別れたがってるっぽいんだよ」

「……それは、本人から聞いたの?」

「んにゃ、聞いてないよー。ただ何だろ、電話とかメッセとか、そういう兆候みたいなのがあってさ」


 そういう兆候……? 嫌々してる感ってことかな。誰とも付き合ったことの無い俺にはよくわからない。


「んー……、逆で説明してみようか」

「逆?」

「そ。例えば未耶チャンが悟クンにメッセで『今好きな人はいますか?』って聞いてくるとしよう」

「っ!? ごほっ、ごほ!!」

「あっはは、もしかしてマジであった?」

「んんっ、……いや、そういうのはないけどさ」


 ただ、つい先日の花火大会では意味深なことを言われた。タイミングの良さに思わずむせてしまったけど、まあ今は関係ない。


「おけおけ。んでね、女の子から好きな人いる? って言われたらそれはもう告白も同義、勝ち確演出みたいな?」

「待って待って、急に追いつけない」

「理由は二つある。一つはそういうプライバシーに関わるような質問でも出来る間柄だと認識してもらえてるから。もう一つはこれが遠回しな好意の伝え方ってみんな知ってるから」

「遠回しな好意の伝え方……」

「この付き合うまでのじれじれを楽しみたいんだよ。好きな人誰? 誰だと思う? えー、とか。もしもお前って言ったらどうする? とかさ」


 操二はまるで当たり前と言わんばかりにつらつらと述べる。俺もナンを口に運びながら理解しようとするけど、そういうのもあるのかな、としか思えない。


「たださ、こういう感覚は恋愛して培っていくものだし今の悟クンにはわかんないかもだけどね!」

「う、いやまあそうかもだけど……」

(なんて言いつつ、長岡さんとか未耶チャンとか、後あずって子とかいろいろいけそうな雰囲気はあるんだけどねー)


 ……いちいち反応しないけど、本当にそんなんじゃないからね。未耶ちゃんは……、あれかもだけど、長岡さんとか立花さんは多分からかってるだけだろうし。


 黙りこくった俺を見てか、操二は緩やかに笑みを作る。


「長岡さんか未耶チャン、この二人のどっちかかな?」

「……えっと、何が?」

「悟クンが付き合うとしたら? どっちも生徒会だから難しいところもあるかもだけどねー」

「……俺の話は良いから、続き」

「あ、忘れてた。オレが言いたかったのはさ、人って言うのは、とりわけ女の子は結構態度とか文面に出るんだよ。感情」

(正確に言うと異性かな? オレもよく股かけてんのバレてたし)


 なんて言う操二を見ながら、その心を黙って見る。俺や長岡さんの場合は対面だと相手が何を考えているか丸わかりになるけど、操二が言うのは対異性なら文字からや電話でも考えてることがわかるってことかな。


「ソラちゃん、俺に気ぃ遣ってるんだよね」


 寂しそうに、それでいて自嘲めいたように呟く。操二は一度リセットするように水を飲んだ。


「前置き長かったけど、ここからが本題。オレは何を優先したら良いと思う?」

「何、っていうのは?」

「ははっ、悟クンなら言わなくてもわかってそうなもんだけどね」

「ソラちゃんの別れたいって意思を尊重するか、同じベクトルで今後ソラちゃんが出会う新しい恋人候補に道を譲るか、逆にそれが本意じゃないからって付き合い続けるか」


 間髪入れない俺の言葉に、操二はにこりと笑う。それは肯定そのもの。




 まだ一つ、言っていないのがあるんだけどな。




「操二自身の、付き合っていたいって気持ちを優先させるか」

「……マジでさ、オレら親友になれんじゃね?」

「本心で言ってるのか難しいことは言わないでほしいんだけどな」

(なんて言いつつ、これが本心ってことは悟クンなら一瞬で理解してるんだろうな)


 まあ、俺の特性上それは正しいけどね。


「うん、そうだね。悟クンの言う通りだよ。ただそれはオレがロリコンってことじゃなくてね」

「言ってないよ」

「誰かに代わりが利かないオレ自身を必要とされたい。……浅はかだろうけど、それが別れたくない一番の理由だよ」

(彼氏候補として、ステータスとして、サッカー部の戦力として。オレが必要とされてたのは、そういう上辺の情報だけだったからかな)


 詳らかには言わなかった操二の本音。俺相手にはそれもはっきりと伝わる。


 言葉にしないのは、男の意地ってやつか。いつぞやの島本の依頼、操二と知り合うきっかけになったあの時にも、こういった片鱗は見せていた。


「俺から言えるのは、どれを優先しても良いんじゃないかなってことだけだよ」

「……よし! ありがと、悟クン! とりあえず対面で話して、そこで決めることにするよ!」

「こんなので良ければ」

「あれだね、オレが常々悟クンに言ってる『相談してよ』ってのも、多分そこから来てそうだなぁ」


 自身を俯瞰で眺められるのは操二の良いところだな。かなり上からな物言いだけど、こういうところもソラちゃんにはちゃんと伝わっているんだろうね。




 それから俺と操二は昼食を済ませ、適当に服を見て回ったりしてから夕日が空を染める頃に解散した。夕食を食べても良かったけど、操二が明日は時間が取れなさそうだから残りの宿題を片付けると言い帰ることになった。


 オレンジ一色に染まった晩夏の空は、響くひぐらしの鳴き声も相まってどこか切なげに映る。


 何かの終わりの暗喩。多分操二にも同じように見えたんじゃないかな。

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