第56話 三日前の爆弾
夏休みも残り三日に迫った頃。俺は特にどこかへ行くでもなく、クーラーの効いた自室のベッドでごろごろとしていた。
「暇だなぁ」
「おにぃぼっちだもんねー」
「琴歌も同じじゃん」
「琴歌はおにぃといるからぼっちじゃないもん」
「その理屈だと俺もじゃないか……?」
俺の勉強机の椅子に座りながらくるくる回る琴歌。お互いスマホを見ながらの会話なので、顔は見ずに軽口を叩き合う。
こんな暇な時間も良いんだけど、やっぱり何かしてないと無駄に過ごしてる感は否めない。何か起きないかな、なんて起きもしない出来事を夢想してはまたごろんと寝返りを打つ。
そんな時、くるくる回っていた琴歌がぴたっと動きを止める。視線は自身のスマホへ注がれていた。
「え……? っ、うわぁ!?」
ガタッと椅子を倒して床へ転げ落ちる。何かあったのかな。そう思い琴歌の方を見た。
「痛た……」
「大丈夫か?」
「うん、頭は打ってないけど……。……、本当なの……?」
「何かあった?」
「……これ、言っていいのかな」
椅子を戻しながら琴歌は呟く。個人的な問題なのかな。
(ソラちゃん、本当に別れるの……?)
「え!?」
「何!? 急にどうしたのおにぃ!?」
「あ、いや」
適当に誤魔化すけど、内心かなり驚いている。
ソラちゃんが別れるってことは、つまり操二との恋人関係を解消するってことだよな……? あれだけ操二を好きなのに、本当にそんなことをするのか……?
「えっと、俺に関係のあること?」
「え? いや、うーん……。……まあ、おにぃなら、言っていい……?」
「言いにくかったら良いけどさ」
「……おにぃさ、ソラちゃんのことは知ってるよね?」
そう前置きし、琴歌は訥々と語り出す。
「今そのソラちゃんからメッセージが来たの。相談に乗ってくれないかーって。それでわかったって返したら、何か彼氏さんと別れようと思うって来たの」
「二つ確認するけど、ソラちゃんの彼氏ってのは琴歌も遊園地で会ったあのチャラい人のことだよな?」
「そう、だと思うよ。ソラちゃん学校では特に仲の良い男子もいないし」
「あと一つだけど、まだ別れてないよな?」
「うん。それはそうだと思う」
まだ別れてないけど、別れを切り出そうと思ってる。それもソラちゃんから。少なくとも遊園地の時は別に不仲ってわけでもなさそうだったし、別れるような理由もないはずだけど。
……いや、遊園地で操二から教えてもらったことがあったか。他校の友達に関係を訊かれて誤魔化したこと。それに対してソラちゃんが気を遣ったこと。
「……そっか。ありがとう、琴歌」
「ううん。……それにしても、驚いたなぁ。あんなに大好きだったのに」
呟く琴歌を後目に、俺は操二へメッセージを送るか悩む。
別に俺が関わるようなことではないのかもしれない。だけど内情を知ってるうちの一人、何か相談に乗れないかとも思う。
それがお節介だとしても、そう考えてしまうことだけは確かだ。
「……人の心配かぁ」
「? どうしたのおにぃ」
「ううん。何でもないよ」
つい数ヶ月前ならそう
これも長岡さんの、みんなの影響なのかな。良い変化だと思いたいね。
そんなことを一人で考えていると、手に持っていたスマホがブーッと振動する。これはメッセージだな。
スマホの画面を確認してみると、タイミングが良いというか、案の定の送り主から届いていた。
『今日、空いてる? 空いてたらどっかで遊ばね?』
俺はそれに空いてるよとだけ送り返して、返信を待った。
午後一時。最寄り駅の前は平日にしては人が多く、夏休みの最後を楽しもうと学生達が明るい顔で話したりしていた。
集合場所は駅前の時計台の前。その中で頭一つ分背が高くて金髪の、端正な顔をした男へと声をかける。
「ごめん操二、待たせたね」
「言うて一五分前だしオレが早すぎるだけだよー。こっちこそ急にごめんな!」
白地の柄物のシャツに薄手のカーゴパンツ。それでも格好がついてる辺り、流石のイケメンというところだね。適当なTシャツとハーフパンツを合わせてきた俺とは大違いだ。
「悟クン、早速で悪いんだけど飯行かね? オレもう腹空きすぎて棒になりそうでさー」
「昼は抜いて来いって言ってたのはそういうことか。良いけど、どこか行きたい場所とかあるの?」
「ナンとかどーよ! 近くのとこ学割使ったらえげつないくらい安くなるらしくてさ!」
「へー。そう言えば行ったことなかったなぁ」
「女の子と行けるような店かってのも確認しときたくてねー」
その言葉を聞いて、俺はピクリと反応する。
“女の子と行けるような”。
ここでソラちゃんと、と言わなかったのには何か意図があるのだろうか。女遊びが激しかった昔からのクセなのか、もしくは既にメッセージ上で別れた後だから言えた言葉なのか。
……遊園地に行く時のナンパ発言を考えると、前者な気もするんだけど。ただそこでソラちゃんはやきもちを妬くって知ってるはずだし、そんな不義理な発言はするのかな。
そんな風に頭を巡らせる俺を見てか、操二は意味深な吐息を漏らした。
(さっすが悟クン。今の“女の子”ってだけで何か勘づいちゃうんだ。やっぱすげぇなぁ)
……そんな回りくどいことしなくても、とは思うけど。これは心が読めるからこそ意図に気付けたってだけなんだよな。
俺は目的地へと歩き出す操二の後ろを、微妙な距離感のままついて行った。
到着したところは駅から数分で着けるインドカレー屋で、お昼時のピークを過ぎているからか中は閑散としていた。しかし店頭からでも香るインドカレーの匂いはそれだけでも美味しそうで、思わずお腹が鳴りそうになる。
片言の店主に連れられ、奥の席に座った。奥に俺、手前に操二だ。
「いやー、やっぱここ選んで正解だわ!」
「まだ食べてないだろ……」
「ほら、人少ないじゃん? 相談しやすそうだなーって」
「ああ、そこはもう隠さないんだ」
「やっぱバレてるよなー。流石悟クン」
そう言ってくれるが、実際は琴歌から聞いてただけなんだけどね。連絡してくるタイミングも良すぎたわけだし。
「……よし、じゃあ注文前に先に本題だけ言っておこうかな」
操二は人当たりの良さそうな笑顔を消し、真面目な表情で俺を見る。思わず唾を飲んだ。
「ソラちゃん、また入院することになったんだよな」
それは、俺が思っていたものなんか鼻で笑える程の、大きな爆弾だった。
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