第55話 花火大会5

 フィナーレに打ち上がる枝垂れ柳の大群のようなランドマイン。あまりの量にまるでそこだけが昼のような錯覚を覚える程のそれは、花火大会の終わりを告げていた。


「花火大会、終わったね。宮田くん」

「そうだな。そういや結局音心達は来なかったね」

「何がそういや結局〜、よ! この女たらし!」

「痛っ、いや何だ!?」


 いきなり後ろから頭を叩かれ反射的に振り返る。そこには子どもっぽい浴衣を着て不機嫌そうな音心と、何やら難しい顔をした未耶ちゃんが二人して立っていた。


 ……え、いつから居たんだ?


「いつから居たんだって顔ね」

「心読むなよ」

「顔に書いてあんのよ。なぁにが『じれったいよ』よ! めっちゃ男らしいじゃない!」

「褒めてんのか貶してんのかどっちだそれ」

「ねぇ未耶! 未耶なんてずっと口開けてたんだから!」

「か、会長! そういうことは言わないでください!」

(は、恥ずかしい……!)


 未耶ちゃんは頬を紅潮させて音心に怒る。確かにあんまり自分が口を開けてたことなんて言われたくないよな。俺が未耶ちゃんなら俺だって恥ずかしいだろうし。


(ね、宮田くん)


 突然こっちを向いた長岡さん。長岡さんは心の中でだが俺を呼んでいた。


(私達、どこまで見られてたんだろ)

(どこまでって、そりゃ……)

(手繋いだところもかな?)

(……さあね)


 彼女は特に照れることもなく、既にいつも通りの様子だった。

 このままだと流れが悪い。そう思った俺は、別の話題へ移した。


「この後ってみんなどうする?」

「私は大丈夫だけど、確かみゃーちゃんが門限厳しかったんだよね」

「は、はい。いつも申し訳ありません」

「そっか。ならもうお開きかな」


 最後の方は音心や未耶ちゃんと離れたからちょっと早い気がしなくもないけど、門限なら仕方ない。もう時間も夜の八時半ですっかり暗くなってるしね。


「そうだね。じゃあ宮田くんは未耶ちゃんを送って行ってあげてくれる? 女の子一人じゃ危ないでしょ?」

「え、いや俺は別に良いけど、それは長岡さんと音心もじゃない……?」

「愛哩はあたしが守るから安心しなさい。それにアンタが居た方がナンパされないのよ」

「ああ、なるほどな。……ってことだけど、良いかな? 未耶ちゃん」

「だ、大丈夫です! お願いします!」


 丁寧に頭を下げる未耶ちゃん。そんなに緊張しなくても良いんだけどなとは思うけど、男が苦手なのは今も変わってないんだよな。いくらナンパ避けとはいえ俺も男だ。緊張もしてしかるべきだろう。


「じゃあ俺達は行くよ。二人ともまたな」

「またね」

「悟ー! 送り狼になったら去勢するわよー!」

「誰もそんなことしないから!!!」


 ……最後に変な心配をされたけど、とりあえず俺と未耶ちゃんはその場を後にしたのだった。




 未耶ちゃんは花火大会の会場までは徒歩で来ていたらしく、大体三十分くらいだそうだ。そんな長い間一人で歩くのは、いくら日が落ちていなかったとはいえ怖かっただろう。いつ誰が声をかけてくるかわからない。


 街灯が道路を照らす道中、俺と未耶ちゃんはほとんど会話を交わさなかった。しかしその中で新たに口火を切ったのは未耶ちゃんで、あのから始めてポツリと呟いた。


「悟先輩って、愛哩先輩と付き合ってるんですか?」

「急にだな……。別に付き合ってないけど、どうして?」


 いきなり脈絡のない質問が飛んできたので内心驚く。顔や言動に出さなかったのは先輩の意地ってやつだ。


「……花火を見てる時、お二人手を繋いでいましたよね」


 ……見られてたのか。さっき明確に手を繋いでいたと弄られなかったからバレてないと思ってたけど、そう上手くも行かないな。


「……えっと、まあ」


 違うとは言えず、かと言ってひけらかすのも多分違う。俺は曖昧に肯定した。


 気まずい無言が流れる。誘蛾灯のジーッという音、そしてどこかで鳴いている夏の虫の声だけがやけに耳に響いた。


 そう言えば、未耶ちゃんには勘違いされてたんだよな。俺が未耶ちゃんを好き。後輩としては勿論好きだけど、恋愛対象としては正直見たことがないから何とも言えない。


 まして知った経緯は心を読んでしまったからだ。客観的な根拠にはなり得ず、どう言い方を工夫してもただの自意識過剰人間になってしまう。


「もしも。もしもですよ」


 そして固まった空気を裂いたのはまたしても未耶ちゃん。俺は静かに視線を向けて続きを待った。


「もしも悟先輩が愛哩先輩のことを好きならば、わたしは応援します。お似合いだと思いますし」

「……うん」

「でも」


 そう続け、未耶ちゃんは俺の着ている甚平の袖を小さく掴む。


 男の俺に自分から近付いたのだ。未耶ちゃんの手は、微かに震えていた。


「そうじゃないならわたし、応援しません」


 それだけ言って、未耶ちゃん袖から手を離した。

 普通ならその真意は自分なりに汲み取ることしか出来ない。相手の考えなんてわかるはずがないのだ。


 しかし、俺に限っては。俺と長岡さんに限っては、対象の人物を見るだけで全てわかってしまう。それはほぼ無意識の呟きから、内に秘めておきたかったものでさえも。




(悟先輩が愛哩先輩と手を繋いでたの、何か嫌だったもん)




 ……これは、多分良い変化だ。0と1では全くの別物であり、未耶ちゃんはあの男の件からついに一歩を踏み出したのだ。


 たとえそれが複雑な感情を伴っていたとしても、それは恐らく良いことのはず。未耶ちゃんを送り届けるまで、俺は自分へ必死にそう言い聞かせていた。

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