第53話 花火大会3

 女子トイレの長蛇の列とは対照的に男子トイレは存外早く入ることが出来た。

 外はもう暗く、あと十五分で花火が始まる時間になっている。この後は俺の知っている穴場スポットから花火を見る予定だ。こんな時間でもそこは恐らくほとんど人がいないため場所取りは大丈夫だろうが、問題は未耶ちゃん達と合流出来るか。


「それと音心は金魚すくいを終われてるのかな……っと」


 プルル、とカバンの中のスマホが鳴動する。画面には米原未耶とあった。


「もしもし?」

『えっと、こっちはやっと金魚すくい終わりました……』

「お疲れ様。音心は言い出したら聞かないもんな」

『六回目の挑戦でやっと一匹すくうことが出来まして……もう周りの目が痛くて痛くて』


 だろうなぁ……。いくら音心が小柄とはいえ、六回も粘るやつがいたらそりゃ悪目立ちする。元々内気な未耶ちゃんにとったら可哀想なことをしたな。


『あ、そうだ。合流なんですけど、悟先輩は先に愛哩先輩と一緒に見る場所へ向かっておいてもらえませんか? 会長、むしゃくしゃと達成感が釣り合わないって言っていろんなところ回ってて、もうさっきのところにはいないんです』

「そっか。なら確かに別々に向かった方が良さそうだね。場所はわかるんだっけ?」

『はい。ここからちょっと行ったあんまり目立たない公園ですよね?』

「そうそう。じゃあ長岡さんにも伝えるよ」


 わかりました、と未耶ちゃんの返事を聞いてから通話を切る。無事に辿り着いてくれたら良いんだけど。

 それから数分待っていると、長岡さんがトイレから戻ってきた。浴衣なのに駆け足だからちょっと危なっかしいな。


「ごめん、遅くなっちゃった」

「大丈夫だよ」

「じゃあまずはみゃーちゃん達と合流? 会長金魚すくい出来たかなー」

「あ、それなんだけど先に行っておいてくれだって。二人とももう金魚すくいのところから離れてしまったって電話で」

「そっか。じゃあ二人で行こっか」

「っ」


 長岡さんの不意の“二人”に思わず喉を鳴らしてしまう。

 最近会ってなかったからか、今日はいつも以上にいじられている気がする。何とかやり返したいものだけど……。


「こっちの人の少ない方から行こうか」

「はーい」


 そう言って俺は長岡さんと並んで目的地へと歩き出す。

 公園までは歩いて五分ほどの、道中が無言だと微妙に気まずくなる距離。


 ……ただ、俺と長岡さんに気まずい空気なんて滅多に流れはしない。


「ふふ、宮田くんも同じこと考えてるね」

「また心読んでた?」

「見えちゃったものは仕方がないよ。うん、でもそうだね。私達にとって相手と話すことがないから気まずいなんて、ありえないもん」


 気まずくなるのは相手が何を考えているかわからないから。俺と長岡さんからは対極に位置することだ。


「あくまで俺と長岡さんが二人で話す場合に限られるけどね」

「私はそうじゃないよー。だから学校の人気者なんだし」

「自分で言うもんじゃないって」

「でも本当のことだから。それと宮田くんにしか言わないよ」

「……誰かに勘違いされても知らないからな?」

「それも宮田くんにしかしないから大丈夫。それに私なら勘違いされてることも、あと宮田くんは勘違いすらでしょ?」

「まあ相手が何を考えてるかわかるからなぁ……」


 高校一年生の頃にあったことなんだけど、急に仲良くしに来たと思ったら勉強を教えてほしいって理由を隠してた人がいたんだよな。正面から言ってくれるとこっちもやりやすいのに。無愛想にしてたらそのうち話してこなくなったけど。


「今の宮田くんのそれ、勉強出来ますアピール? 夏休み明けのテストでは絶対勝つからね」

「勝手に心読んでそれはもはや当たり屋じゃない? あとテストは負ける気ないよ」

「ちょっと連勝して油断したのが宮田くんの敗因だよ」

「またそうやって死亡フラグを建てて……」

「死亡フラグじゃないから。勝ったから」

「流石に過去形は否定せざるをえないよ?」


 何でも出来る長岡さんより、やっぱりこっちの方が好感持てるなぁ。親しみやすいし面白い。


「……ん?」


 見覚えのある人達がいる男女二人ずつの四人組。あれは確か……。


「あ」


 そして俺と長岡さんを見て、その中の一人が思わず声を上げる。体格がしっかりしたラフな格好の男。

 サッカー部の島本。以前操二に関する依頼を生徒会へ持ってきて、かつ俺の隣にいる長岡さんに恋愛感情を抱くクラスメイトだ。


「よ、よぉ長岡! それに隣には……宮田も……」

「どうしたの島本君? 誰か知ってる人でも……あ! 長岡さん! こんなところで奇遇だねー!」

(隣には宮田君! つまり付き合ってるってことだよね! てことは島本君失恋しちゃって私と付き合うってことだよね!)

「いや飛躍しすぎ……むぐっ!」


 あ、ああ口を抑えてきたのは長岡さんか……。急に何をされたのかとめちゃくちゃびっくりした。


(宮田くん、それ愛ちゃんは口に出してないから自重しなきゃ)

(そっか。ごめん)


 愛ちゃんってのは島本を好きなクラスの子だったはずだ。もう一人の子も確か似たような名前の子である。


(……ううん。こっちこそごめんね、宮田くん。愛ちゃんに舞ちゃんか……。噂になっちゃうかも)

(大丈夫だよ。相手も長岡さんだし)

「ちょっ、それどういう……」

「あ、あの長岡? 何で宮田の口抑えながら見つめあって会話してんの……? 何で宮田も通じ合ってる感目で出せてんの……?」

「「あっ」」


 パッと距離を取る俺と長岡さん。そりゃそうだ、他の人から見たらこんなの不自然極まりないもんなぁ……。


(つ、付き合ってんのか!? 長岡が!? 宮田と!? 嘘だろ!?)

「島本君」

「なっ何ですか長岡!?」

「ふふ、何で敬語なの? それより四人で来てるなんて、もしかしてダブルデート?」

「そ、そんなんじゃないよぉ長岡さん! やだもう、私と島本君がデートなんて……」


 長岡さんの言葉にいの一番に反応したのは愛ちゃん(さん)だった。分かりやすく嬉しそうな顔。

 それにしても、長岡さんはテンパってる島本よりもあの子の欲しい言葉を選んだのか。なるほどなぁ……。


「邪魔しちゃ悪いし、私達はもう行くね?」

「あ、うん! 長岡さんも楽しんでね!」

「ありがと。それじゃ行こっか、宮田くん」

「あ、おい長岡……」


 島本の言葉を遮るように、長岡さんは俺の手をとって歩き出す。去り際に見えた島本の顔は、当然納得はいってなさそうだった。


 それから島本達から充分離れたところで、長岡さんは口を開いた。


「ねえ宮田くん、さっきの相手が私だからってどういう……」

「あ、そろそろ着くよ。この辺りはほとんど人いないなぁ」

「え。ああ、えっと、そっか。本当に穴場なんだね」


 何かを言いかけた長岡さんは、遅れて話を合わせてくれる。飲み込んだ言葉を口にする様子はもうない。


 さっき、見えてしまった長岡さんの心、



 ──私が心を読めるって知ってても、宮田くんは付き合ってるって噂されることが大丈夫なの?




 ……俺は心を読めてしまうからさ。だからわざわざ口に出さなくても、長岡さんの言いたいことはわかってしまうんだよ。


 長岡さんに視線を向ける。


 そこで気付かされた、長岡さんのこちらを見る瞳。

 水面のように揺れるその意味は、赤い耳が充分過ぎる程雄弁に語っていて。


「……花火、始まっちゃうよ」


 俺は心を読めてしまう。そしてそれは、長岡さんも同じなんだ。


「こっち」


 答えない代わりに、答えを無理やり先送りにするように、狡い俺は。


 長岡さんの柔らかい手をとって、前を歩いた。

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