第45話 ……気まずい
「「「「…………」」」」
放課後の生徒会室。部屋には既に全員揃っているというのに、誰も口を開くことがない。タイピングの音と紙の捲られる音が辺りを支配し、クーラーのせいもあってどこか寒々しい。
……気まずい。昨日未耶ちゃんに勘違いされちゃって、今朝は長岡さんに変なこと言っちゃって。試しにちらっと二人を一瞥するが、未耶ちゃんは俺を見て顔を赤くし、長岡さんはそもそも気付かない。
縋る思いで音心へ助けを求める。俺は強引に視線を合わせ、目で会話を試みた。
“音心、この空気どうにかしてくれないか?”
すると何となくニュアンスは伝わったようで、音心はアタシ!? と声に出しそうな程驚いて。
“無理無理無理! ていうかこれ多分悟のせいでしょ!? アンタがどうにかしなさいよ!”
……ということを、伝えてきた。
ちなみに俺の場合は音心の心が読めるので、考えていることを一言一句違わずに理解出来る。長岡さんにしかしたことなかったけど、こういう使い方もあるんだな。
まあでも、実際その通りなんだよなぁ……。長岡さんはそのうちなんとかなりそうな予感はあるけど、未耶ちゃんはどうしたら良いか全然わからない。
試しにもう一度未耶ちゃんの方を向く。何故か未耶ちゃんもこっちを見ていたようで、バチッと目が合った。
(わ、見られちゃった。わたしが悟先輩のことを見てたの、バレちゃったかな……)
未耶ちゃんはまた頬を染めて、紅潮したそれを隠すように両手を当てる。両手を身体の内側にしまう体勢のため、その、膨らんだ胸がむぎゅっと……。
「んんっ!」
「っ!?」
長岡さんの咳払いが生徒会室に響き渡る。
完全に俺が変なことを考えたせい、だよな?
(当たり前でしょ。みゃーちゃんの胸ばっかり見て。また嫌われても知らないからね?)
(う……、肝に銘じます)
確かにあり得る話だから、気をつけなきゃ。女子はそういう視線に敏感とも言うし。
「悟先輩……」
「えっ?」
「あ、いえ! 何でもないです、すみません……」
思わず呟いてしまったのか、俺を呼んだと思ったすぐに撤回する未耶ちゃん。反射的に心を読む。
(視線で会話。さっきは会長で次は愛哩先輩……、浮気なのかな)
「うっ、浮気!?」
「ふぇっ!? い、今声に出して……ああっじゃなくて!!」
「大丈夫だよみゃーちゃん。声には出てなかったよ」
(今のも宮田くんが悪いね)
「だけど……、うーん。俺が悪いか……?」
何となく長岡さんを見る。長岡さんは俺をジト目で睨んでいたが、次第にゆっくり俺から目を逸らした。
(……ダメ、じっと見るのは何か恥ずかしい)
それを聞いた(正確には心を覗いた)俺はどう反応したら正解になるんだ。多分反応しないことが正解なんだろうけどさ。
「……悟、アンタ本当に何やったのよ」
ほんのりと軽蔑するような目の音心はやれやれとジト目を向ける。
……ごもっともで。
音心にそう言われるのも無理はない。俺はトイレと行ってその場から一旦逃げたのだった。
トイレから戻った後は三人とも既に仕事モードに入っており、夏休み前に片付けておかなければならないものを着々とこなしていた。
俺も一人だけ遅れるわけにはいかない。残していた配布プリントの作成等に取り掛かり、気付けば一時間程が経過していた。
「……疲れたから休憩!」
タン! と勢いよくエンターキーを押し、その反動で座りながらぐうっと伸びをする。
音心は未耶ちゃんと同じくらいの身長、つまり低めだが、その体勢だと未耶ちゃんとは違ってあんまり胸が強調され──
「宮田くん?」
「い、いや今のは不可抗力というか!」
「ふーん。まあ良いや、私も休憩」
「あ、じゃあわたしも……」
長岡さんに続いて未耶ちゃんも手を止める。それなら俺も流れに乗っておいた方が良いかな。俺はキーボードを叩く指を止める。
「……にしても、こうも生徒会の人員が少ないとプリントを作るのも一苦労だな」
「この人数で文化祭が生徒会主体だもんね。去年も結構苦労したんだよ?」
「あ、悟先輩がサボった疑惑のある去年の文化祭」
「未耶ちゃん余計なこと言わなくても大丈夫だからね」
「にゃーもー! 休憩中にまでそんな話するのはやめましょうよ! もっとほら、夏休みのこととか!」
夏休みかぁ。期末テストも終わってるし、もう残り数日でそうなんだよな。正直あんまり実感がない。
「そう言えば夏休みの間って生徒会の活動はどうするの?」
「わ、わたしもそれ気になってました」
「基本は無しで、招集があった時だけ集まってもらうことになってるわ……って! また生徒会の話! もっと楽しい話とかあるでしょ!?」
「私は夏と言ったらお祭りとかかなぁ。あの雰囲気が好きで」
「良いわねお祭り! 生徒会のみんなで行きましょうか!」
長岡さんの発言に音心が乗っかり、やいのやいのと盛り上がる女性陣。みんな楽しそうで何よりだ。
「悟、アンタはどこかみんなで行きたいところはないの?」
「俺? 俺は……」
……ここ二年は夏に誰かと遊びになんて行った覚えがないな。強いて言うなら琴歌と……でもそれも普通にショッピングとか散歩とかだし。
──あ。
「海とかどうかな」
「「「えっ」」」
「えっ」
(宮田くん、女の子三人に向かって海に行きたいって……水着?)
(や、やっぱり悟先輩はそういう!? でも、いずれはそうなるかもだし……)
(悟ってば欲望に忠実ねー)
「ごめん今のはよく考えずに言った俺が悪かった」
だって去年琴歌と(というか家族で)海行ったから……。むしろ他に夏らしいことはしていないし。別に泣いてないからね。
「んふふ、宮田くんってば誰に言い訳してるの?」
「……世間に?」
「わ、思ってたより範囲広い」
「まあエロの悟は置いといて、未耶はどこか行きたいのとかはある?」
「わたしは一度花火大会に……」
「夏の風物詩ね! 良いチョイスよ未耶!」
ビシッと未耶ちゃんを指差す音心。
そう言えば花火大会は琴歌と行かなかったなぁ。琴歌はいつもクラスの友達と行ってるんだっけ。
「あの、でもちょっと怖くて……」
「怖い?」
「花火大会ってよく声掛けてくる人がいるじゃないですか。なので去年は行けてないんです。丁度受験でもありましたし」
「みゃーちゃんのそれすっごいわかるなぁ。強引な人とかだとホント嫌だよね」
「そうなんです。何されるかわからないのがもう……」
「ふ、ふーん……? まま、まあそういうこともあるのかしらね……?」
未耶ちゃんと長岡さんのあるある話に、音心は震えた声で頷く。視線も泳ぎまくっていた。
(え、何もしかしてそれが普通なの? アタシがナンパされたことないのってもしかして普通じゃないの? 別に自分のことを可愛いなんて思ってるわけじゃないけど、何かちょっとプライドに来るものがないような気がしなくもないみたいな)
「音心」
「っ! な、何!? 別にされたことないとかそんなんじゃないからね!?」
「いや、多分音心は可愛くてもナンパされないタイプなんだよ。男からしたら気の弱そうな子か男に慣れてそうな子に声をかけるのが定石だろうし」
こういう時は欲しい言葉をあげるのも良いよね。それに実際そうだと思うし、長岡さんや未耶ちゃんに音心が劣っているとも思わない。
言われた音心は暫し目を丸くしたが、やがて我に返ってそっぽを向いた。
「あ、あっそ! 励ましありがと!」
「うん、まあ今のは本当に思ってることだけどな」
「……へぇー! そ! じゃあこの話は終わり! 早く仕事を再開するわよ!」
音心はそう捲し立て、パソコンのキーボードを叩き始める。褒められることに慣れていないのだろう。普段は自信満々だからかギャップが映える。
「音心も昔と変わらないな」
「にゃーもー! というかアタシが休憩終えたんだからアンタも働きなさいよ! あ、それと!」
「?」
それと、って何だ? 何か言い忘れていたことでもあるのか?
「お祭りとか花火大会、あとそれと海? 愛哩と未耶もだけど、日時はまた連絡するから来てよね!」
「はは。ありがとうな、音心」
「生徒会は悟も含めて生徒会よ」
さて、今年の夏は少なくとも去年の夏よりも楽しくなりそうだ。
俺は夏休みに思いを馳せながら、残りの仕事に取り掛かったのだった。
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