第44話 閑話 長岡愛哩2
時刻は午後の九時。私は自室のベッドでごろんと寝転がっていた。
今日はいろんなことがあったなぁ……。みゃーちゃん狙いの先輩の依頼を解消して、かと思ったら一緒に帰る宮田くんとみゃーちゃんの二人に絡んで、撃退したと思ったらみゃーちゃんが男の人を受け入れる努力をするって決めて。極めつけはみゃーちゃんの勘違い。
「はぁ」
このため息は、一体なんのため息なんだろう。
疲れたから……とはちょっと違う。別にこんなのよくあることだし。
みゃーちゃんが宮田くんから好かれてるって勘違いしちゃったから……ううん、それも違う。だってそれはみゃーちゃんの男性恐怖症克服の一歩かもだし、そもそも私は宮田くんと付き合ってるわけじゃないもんね。
意味のわからない気落ちに余計疲れていると、不意にスマホがメロディーを奏でだす。これは電話かな。スマホを取って確認してみると、電話をかけてきたのは会長だった。
「もしもし? どうかしましたか、会長?」
『愛哩ね。いや、ちょっと世間話? みたいなことをしようと思って』
会長が世間話かぁ。クラスの女の子とかはたまに電話くれるけど、会長からは初めてかも。どんな話をするのかちょっと気になるなぁ。
……なんて。
多分、今日の私を見て心配してくれたんだよね。口には出してなかったけど不思議そうにしてたもん。
『最近愛哩のクラスはどう?』
「クラスは特に変わりありませんよ? 私はみんなと仲良くさせてもらってますし、宮田くんは相変わらず一人です」
『悟が一人ねぇ……。悟の昔を知ってるアタシにしてみると、全然信じられないのよ』
「小学生の頃の宮田くんですか?」
『そうそう、あの頃はいつも遊んでたのよ。勝負だなんだって言って。たまに琴歌の面倒も見たりしてね』
琴歌って宮田くんの妹の琴歌ちゃんだよね。あの元気な感じだと、確かに会長とは合うのかも。
『何で悟、一人になっちゃったのかしら』
「それは──」
『?』
言いかけて、私は慌てて口を噤む。
危ない危ない、こういうことは本人の許可無しに言っちゃダメだよね。私と宮田くんだけの秘密、なんて言うと恥ずかしいけどさ。やっぱり知られたくはないことだろうし。
……にしても、相手の心が読めないのはやっぱり疲れるなぁ。電話はそういうものって割り切ってるから慣れてはいるけど、何となく息苦しい。
『愛哩?』
「あ、ごめんなさい。それより会長、今日の帰りのことなんですけど」
『……やっぱりお見通し? あの時愛哩何か考え事してそうだったから、ちょっと気になって』
こういうところ、会長はホントに良い人だよね。今は心は読めてないけど、会長は多分気になったじゃなくて心配したんだと思う。こんな時はいつも心配してくれるもん。
「考え事……どうでしょう。考え事というよりは……」
言葉を探しながら、私はその時のことを思い出す。みゃーちゃんが会長に言われた、偏見を無くして男の子を判断しろという言葉。
そして、その後のみゃーちゃんの思考。
“……でも、今はやっぱり悟先輩でも怖い……。会長も悟先輩だって女の子に興奮するって……”
その時の私は、即座に「宮田くんに限ってそんなことはないよ。少なくとも二ヶ月はそういう素振りを一切見せなかったし、そもそもみゃーちゃんが初めに仲良くなれたのはそういうことじゃない?」という
いつもならそうやってフォローするつもりだったし、実際言うつもりだったんだけど。
宮田くんの思考を見て、私は咄嗟に閉口した。
“ただ、だから未耶ちゃんの望む言葉──俺は未耶ちゃんに興奮しない、なんて綺麗事を言うのは間違っている。
さっきは人のために能力を使えた。でも今回のこれは、未耶ちゃんのためになるとは思えない”
「まあ、考え方が宮田くんと違ったってことです。会長」
その場しか考えてなかった私か、みゃーちゃんの未来を考えた宮田くんか。言い方に自虐が滲んじゃってるけど、どっちが良いかなんて明白だよね。
それから会長とは些細なお喋りを一時間くらいして、通話を切った。
……今日はこのままだと色々考えちゃいそうだから、もう寝ようかな。照明はリモコンで消すとして。
私はくたっとベッドに倒れる。時計の針の音が嫌に響いたけど、極力意識しないようにして目を閉じた。
翌日。昨日早く寝たおかげか、いつもより早い時間に登校することが出来た。私は通学路を一人でゆっくりと歩く。
出る時間が違うと顔ぶれも全然違うんだなぁ。同じクラスの子とか、知ってる人は──
「──あ」
「ん?」
見知った後ろ姿に思わず口を開く。その相手──宮田くんも聞き覚えのある私の声に反応したようで、振り返って私が追いつくのを待っていた。
「おはよ、宮田くん」
「おはよう」
(長岡さんと登校中に出会うのは珍しいな)
「んふふ、宮田くんに会いたくてね」
(ホントは早く寝たってだけだけど)
「……そういうことさ、前も言った気がするけどあんまり人に言わないようにね。俺は長岡さんの心を読めてるから勘違いしないけどさ」
「もちろん宮田くんにしかしないよー」
だって宮田くんならわかってくれるしね。私をわかってくれるのは宮田くんだけだから、なんてことは本人には言わないんだけどね。
ちら、と宮田くんを見る。宮田くんはなぜか隣の私と反対の方向を見ていた。
そして、宮田くんの耳は赤くなっていて……。
「ちょ、ちょっと宮田くん!? 今の心読んだ!?」
「……さ、さあ」
「ねえ、女の子の心は勝手に読んじゃダメって言ったでしょ!?」
「その、何かごめん」
「謝るってことはそれが答えじゃん! もう!」
まったく、宮田くんはいっつも勝手に読んで……! いや、普段はもうしょうがなくてもさ? こういうのは読んだらダメって相場が決まってるでしょ?
……何か負けた気分。ちょっとからかっちゃお。
「宮田くんは良いね、みゃーちゃんに好かれちゃって」
「っ! ごほっ、ごほ!」
「昨日のアレ、私もちゃんと見てたからね?」
「あれはほら、勘違いだし……てか好きの方向がそもそも逆だろ!? いや俺が好きってわけじゃないけど!」
「んふふ、どうだか」
なんてからかうけど、話題に出すとやっぱり昨日のことを思い出してしまう。まして会話の相手は宮田くん。張本人だ。
「長岡さん?」
心を読めるようになったのが、私は四歳。宮田くんは確か小学六年生。つまり一二歳くらいかな。明らかに私の方が長いのに、この差ってなんなんだろう。
使い方を教えてあげる、なんて言っておいて。これじゃどっちが先輩かわからないや。
「長岡さん」
「っ、何?」
肩をとんとんと叩かれて、呼ばれていたことに気付く。宮田くんは妙に納得したような顔をしていた。
「今日少し暗いなって思っていたの、そういうことだったんだね」
「?」
「いや、何だか悩んでたみたいだからさ」
「……また勝手に心を読んだの?」
「違うよ。長岡さんって意外とわかりやすくてさ、まあみんながどうかは知らないけど、俺にはすぐわかるんだよ」
宮田くんはさも当然かのように告げる。それはまるでイメージで着飾った私を簡単に見透かすよう。
──トクン。鳴らすつもりのない胸が、私を無視して高鳴る。
「……あ、いや。ごめん、俺だけって何か気持ち悪いかも」
(こういう時あんまり人と会話してなかったのが悔やまれるんだよなぁ……。上手な言葉が出てこない)
「……」
「な、長岡さん? やっぱり怒ってる?」
「ぷっ、あはははっ!」
「なっ、笑うことないだろ!?」
笑われると思っていなかったのか、宮田くんは照れ隠しに怒ってくる。
ああもう、宮田くんってホント面白い!
「ううん、馬鹿にしたんじゃないの」
そう。これはそんなんじゃなくて、もっと良い方向の。
「今のは嬉し笑い、だよ」
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