第43話 能力の使い方

「なあ、お前ら生徒会にはどう見えてたわけ? 俺は普通に相談に来ただけなんだけど?」


 語気の強い物言い。下校には微妙な時間で俺達以外に周囲に人は居ないため、相手は人目をはばかることなくヒートアップしていく。

 俺の後ろに隠れた未耶ちゃんは背中の服を掴みながら震えている。早いところ決着をつけなきゃまずいかもな……。


「別に差別したわけではありませんよ。会長と長岡さん……、副会長に何と言われたかはわかりませんが、被害妄想の可能性は?」

「は? 俺がそうだって言ってんの?」

(何も知らねえくせにしゃしゃり出て来るんじゃねえよ)

「だからまず話せって言ってるでしょう」

「チッ。……別に、俺が会長のことを、その……あの、あれだよ。まあ何か、あれみたいな」

「好き?」

「馬鹿、お前身も蓋もねえ言い方してんじゃねえよ!」


 顔を少し赤くしながら吐き捨てる男。

 ……いやいや、この人が照れるとかどこ需要だよ。言い方とかどうでも良いから早く話してくれないかな。


「まあ、何だ。そういうのを遠回しに伝えたら、アタシは誰とも付き合うつもりはないって。んでもう相談には来るなって」

「それと未耶ちゃんにどう関係が?」

「ぐっ、それは……」


 結局はここだ。表向きは音心を好きということになっているため、そこを突っ込まれると何も言えなくなる。


「……あれだ。相談に来るうちに、その子のことが気になった、というか」

「それで俺と未耶ちゃんが付き合ってるって勘違いして絡んだんですか? 好きな相手に?」

「だっ、だから簡単に好きとか言うんじゃねえよ!」


 そこはどうでも良いだろ。何だ、この人実は面白い人なのか……? 一々言うことが可愛いな。


 ま、感情的になって未耶ちゃんに手を出したのは頂けないけどね。そこは正さなきゃダメだ。


(……冷静に考えたら、俺が悪い、のか? 確かにいきなり絡んだのは……、いやでも年下に言い負かされるのも……)

「お」

「あ? 何だよ」

「いえ、すみません」


 怒りから一瞬羞恥に意識が逸れたからか、頭が冷えてきたのかな。そう思える判断力があるのなら話は早い。

 あとは俺が論破しなければそれで大丈夫だ。この場は丸く収まる。


「ね、未耶ちゃん」

「は、はい!!」


 俺の服を全部捲りあげるかの勢いでびっくりする未耶ちゃん。このタイミングで話を振られるとは思っていなかったんだろう。未耶ちゃんの姿が視界にないため心は読めないが、困惑は背中からひしひしと伝わってくる。


「さっき肩にいきなり手を置かれてたけど、未耶ちゃんはそれが嫌……というか、びっくりしたんだよね」

「……はい。わたし、男の人が苦手で……」

「……そうか、だとしたら悪いことをしたな。すまん」

「あ、いえ……、その……。……はい」


 男が頭を下げると、未耶ちゃんは俺の背中から少しだけ顔を出して会釈を返した。

 もうちょっと時間かかるかと思ったけど、案外この人にも罪悪感はあったのかもしれない。もしくはカッとなってやっただけで、落ち着いてる時にはそんなことしない人間なのかもな。


「……んじゃ俺は行くわ。本当にすまなかった」

「い、いえ……」

「あ、お前には謝ってないからな、彼氏。俺はあくまでその子にしか謝ってねえ」

「俺は何もされていませんよ」

「……ふん」


 そう言い残すと、男は両手をポケットに突っ込んで去って行く。俺と未耶ちゃんは男が完全に見えなくなるまでその場に佇んでいた。


 やがて未耶ちゃんは俺の背中からそっと手を離し、ゆっくりと息を吐いた。俺は身体を反転させて未耶ちゃんと向き合う。


「お疲れ、未耶ちゃん。よく頑張ったね」

「……いえ。ありがとうございます、助けてくださって」

「気にしなくて良いよ」


 未耶ちゃんは頭を下げてお礼を言う。別にお礼を言ってもらうために庇ったわけじゃないし。

 そして、なにより。


「こちらこそ」

「え?」

「ううん、こっちの話だから」


 初めて人のために人の心を読む力こんなものを役立てられた。

 立花さんの時は結局何も出来ず、操二の時は引っ掻き回しただけ。結果は上手くいったがこの能力は使っていない。


 長岡さんも、いつもこんな風に使っているのかな。


「……悟先輩は、わたしのことどう思いますか?」

「どうって……」




「やっぱり、変ですよね。こんなの」




 ぽつりと零す、未耶ちゃんの本音。その顔は何かを諦めたような、自嘲めいた薄笑いだった。


「わたし、いつもそうなんです。男の人に声をかけられたら固まって、さっきみたいに触られでもしたら怖くなってドキドキしてしまう」

「未耶ちゃん……」

「男の人なんてみんな一緒。先輩に言った言葉ですけど、今でもわたしはそう思ってしまいます。……ホント、会長とは大違い」

「それは違うわよ、未耶」


 会話に割って入ってきたのは、幸か不幸か丁度名前の上がった音心だった。後ろには長岡さんも控えている。

 音心は俺の隣に立ち、未耶ちゃんと目を合わせる。真っ直ぐな視線が未耶ちゃんを射抜いた。


「昔から男が苦手なのに、入学式のチャラ男とか今のやつみたいなのに絡まれる。パッと見は運が悪いとしか言い様がないと思うわ」

「会長、さっきの見ていて……」

「初めはアタシが話をつけてやろうと思ったのよ」


 そう言って音心は俺を一瞥する。口元には少しだけ笑みが覗いていた。


「ただね、悟が何とかしてくれそうだったから後ろで見てたのよ。まあアタシと愛哩が割り込んでも変に掻き乱すだけかもって判断したのもあるんだけど」

「……」

「それだけでも、悟は他の男とは違うと思うわよ」

「……でも」

「ごめん、俺からも一つ良いかな」


 俺は二人に割って入る。未耶ちゃんは首肯し、音心も頷いて同調した。


「未耶ちゃんのその問題、根が深いものなのは重々承知しているんだけどさ。そもそも何があってそんなに避けるようになったの?」

「ちょ、悟それは……」

「あっ」


 これは流石に踏み込みすぎたかな……?

 やっぱりデリケートな問題だろうし、配慮が足りていなかったかもしれない。


「……大丈夫ですよ。それにこれは嫌な話じゃなくて、会長からもらった言葉ですし」

「ん?」


 会長? ちらっと音心を見ると、本人も何の話かわかっておらず首を傾げた。

 何の話だ……?


「あの日……、合格発表の日。言ってもらったんです」

「何を?」

「『気をつけなさい。男はみんな、狼なんだから』って」

「てことは音心のせいかよ!!」

「え、アタシ!? 違うのよ未耶、あれは──」

「嘘、だったんですか……?」

「ぐっ」


 未耶ちゃんは寂しそうな目で音心を見つめる。予想だにしない答えに、音心はわかりやすくオロオロとしていた。

 てかぐっ、て……。いやまさか自分の言葉でそうなってたとは思わないだろうけどさ。


「別に嘘ってわけじゃ……! そりゃ悟だって未耶とかアタシ見て興奮とかもするかもだけど!」

「あっおいお前」

「それはその、仕方ないことで! ……なんていうか、悟は大丈夫だから!」


 しどろもどろも良いところな言い訳。未耶ちゃんは不安げに両手を胸の前で握っている。

 いやそれより俺が興奮って何言ってるんだ音心は。何でこのタイミングでそんなこと……いや否定は出来ないけど!


「悟先輩は、大丈夫?」

「そうよ。まだ知り合って二ヶ月程度でしょうけど、未耶自身も自分の目で悟を見てきたでしょ?」

「……でも」

「確かにそういうやつもいるわ。実際絡まれたのが良い証拠ね」

「だったら、それが答えじゃないんですか?」

「それでも偏見は良くないわ。だから初めから決めつけるんじゃなくて、未耶自身でその人本人を見て、その上で判断しなさい」


 言われた未耶ちゃんは俺へそっと視線を向ける。潤んだ瞳は心を如実に表しており、そして何より。


(……でも、今はやっぱり悟先輩でも怖い……。会長も悟先輩だって女の子に興奮するって……)


 絡まれた理由はどちらも異性へのアプローチ。そこがネックになるのは自明で、いくら頭ではわかっていても、やはり心の中では不安感が拭えていない。


 ただ、だから未耶ちゃんの望む言葉──俺は未耶ちゃんに興奮しない、なんて綺麗事を言うのは間違っている。

 さっきは人のために能力を使えた。でも今回のこれは、未耶ちゃんのためになるとは思えない。


 だから、俺は一〇〇パーセント未耶ちゃんの望む言葉を捨てて未耶ちゃん自身に回答を委ねた。


「俺もさ、音心の言うようにそういうところがないとは言いきれないよ。でも未耶ちゃんを傷つけることは絶対にしないから」

「悟先輩……」

「少しで良いんだ。信じてもらえないかな」


 未耶ちゃんの忌避する部分を肯定した上で投げかける、無責任な『信じて』。彼女の顔は迷いで揺れている。


(……悟先輩は、わたしが仲良くなれた初めての男の人。だけどやっぱりそういう部分もあって……、でも……)


 ……悩むのは当然だよね。今まで信じてきたものを曲げろって言ってるのと同じなんだから。

 俺も音心も、それから長岡さんも黙って未耶ちゃんを見守る。次に未耶ちゃんが口を開いたのはそれから数分後だった。


「……わかりました。まだ少しだけ、だけど。悟先輩を信じてみることにします」

「よし! よく言ったわ未耶!」

「わっ、会長! いきなり抱きしめないで……」

「良いのよこういう時は! ほら、よしよししてあげるわ!」


 わしゃわしゃと未耶ちゃんの頭を撫でまくる音心。未耶ちゃんは困ったように、そして音心は後輩の成長が嬉しいのか、どちらも笑顔だった。


「あ、あんまり撫でないでください! 子どもみたいじゃないですか!」

「アタシからしたらみゃーなんて赤ん坊同然よ! よーしよしよし!」

「みゃーじゃありません! もう!」


 いつものやり取り。音心はいつも未耶ちゃんのことをみゃーとは呼ばないけど、これはわざとなんだろうな。今までは嫌な男の影を思い出させてしまうから避けていた、可愛くも忌々しいあだ名。


 いつか未耶ちゃんも男を受け入れて、とまでは思わない。

 だけど少なくとも俺とはまた仲良くして欲しい、なんて思うのはやっぱり俺のそういう部分のせいなのかな。


「悟先輩」


 音心のなでなで攻撃が一段落したのか、未耶ちゃんは俺の前へ躍り出た。何だろう、何か言いたいことでもあるのかな。


「わたし……、わかってますから」

「え?」

「『そういうところがある』って、つまりそういうことなんですよね?」

「そういうこと?」

「もう、誤魔化さないでください。わたしも、その上で悟先輩を信じるって決めましたから」

(たとえ悟先輩が、わたしのことを好きでも)

「……ん?」


 たとえ悟先輩がわたしのことを好きでも?

 うん? 後輩として、って意味?


(たとえ悟先輩が、わたしを好きにしたくても)

「んん!?」


 なぜかニュアンス変わっちゃったけど、つまりあれか!?

 俺が未耶ちゃんのことを好き、って勘違いさせちゃったってことだよな!?


「……大丈夫ですから。今はまだダメですけど、いつかわたしが男の人を大丈夫になったら、その時は、先輩から」

「いや、えっと……」

「そ、それだけですから!!」

(言っちゃった言っちゃった! 明日襲われちゃったらどうしよう!?)

「いやそんなことしないからね!?」


 恥ずかしくなったのか、未耶ちゃんはカバンを抱えて走り出す。方向から察するに帰るんだろう。


「これで未耶も変わったら良いんだけどね。ね、愛哩?」

「……そうですね」

「? 愛哩、ちょっと暗い?」

「あ、いえ。大丈夫です。私も良くなることを願っていますよ」


 何故か暗い長岡さんだけど、今はそんなこと関係ない。


 ……未耶ちゃんの勘違い、どう解けば良いんだ!? 明日からちょっと気まずいぞ!?

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