4章 宮田悟の夏休み

第46話 琴歌との買い物

 終業式も終わり、夏休みが始まって早三日。俺は冷房の効いた自室でぐだぐだとしていた。窓越しに外から聞こえてくるセミの鳴き声は遠く、何故か背徳感を感じる。


「あ〜……涼しい……」


 ……休みは良いものの、宿題以外は特にやることがないんだよなぁ。生徒会のみんなでどこかに行くっていうのもまだ先だし、まして他に友達なんて居ない。


 唯一誘えるとしたら操二くらいだけど、向こうはそもそも俺と遊ぶよりは他の友達と遊ぶ方が楽しいだろうしね。いつぞやに見た学校外の友達とかもいるみたいだし。


 ガチャ、とノックも無しに開かれるドア。入ってきたのは琴歌だった。


「あー、おにぃの部屋涼しー!」

「冷房つけてないの?」

「……琴歌の部屋はほら、暑いから」

「いや、だから冷房……」

(おにぃの部屋に来たかったなんて、そんなの恥ずかしくて言えないもん)


 琴歌は唇を内側にしまって目を逸らす。

 一々可愛いなぁ琴歌は。行動の一つ一つがいじらしい。


「まあ、二台も冷房つけるよりかは琴歌が俺の部屋に来る方が節約になるかな」

「う、うん! 琴歌もそう思う!」

「ずっと立ってるのもあれだからさ、隣に座りなよ」


 俺は寝転がっていたベッドから身体を起こし、隣をポンポンと叩く。琴歌はこれをされるのが好きなようで、それを知ってからはいつもやっているのだ。

 呼ばれた琴歌は俺の隣へ来て、ベッドへ腰を下ろす。


「ねえおにぃ、夏休みって予定ある?」

「うん、まあ少しはね。花火大会とか」

「え」

「生徒会で行くんだよ。琴歌が知ってる人と言ったら、前に来た長岡さんと音心かな」

「……ふーん」

「琴歌は誰かと遊びにとか行かないの?」

「あ! そう、その話に来たの!」


 ずいっと身を乗り出して俺に詰め寄る琴歌。

 何だろう、友達の話かな。


「実は明日遊びに行くんだけど、可愛い服を着て行きたいの」

「? じゃあ着て行ったら良いんじゃない?」

「去年のやつはもう入らなくて」

「ああ、一緒に買いに行こうってことか」

「そうなの! おにぃは今日暇?」

「うん。俺は暇だよ」


 何なら今日以外も殆ど暇だ。そんな悲しい事実は一々琴歌に言わないけどね、


「じゃあもう行こっか。用意するよ」

「わかった! 琴歌も用意してくるね!」


 パッと笑顔を咲かせ、パタパタと駆けて行く。


「あんまり急がなくて良いからなー」

「わかったー!」


 返ってくる声は明るい。顔を見ずとも心が伝わってくるようだ。

 これが普通の兄妹愛だったら良かったんだけどなぁ……。うちは特殊だから何とも。

 俺はベッドから立ち上がり、パジャマから着替えるのだった。




「ねぇおにぃ! このワンピースどうかな!」

「似合うと思うよ」


 モールのブティック。カジュアルな内装のそこは幅広いジャンルの商品を置いており、琴歌のような子ども服から俺が着るようなものまで何でもある。


「似合うってどう?」

「どう? ……こう、白も似合う、みたいな?」

「そっか! じゃあ次は……これとこれ!」


 琴歌は楽しそうに服を身体に当てては俺に意見を求めてくる。その姿はとても楽しそうで、思わず笑みを零してしまった。


「どっちが良いかな?」


 見せてきた服は二つで、一つはフリル付きの白いブラウスであり、もう一つは淡いピンクのものだった。

 どっちも似合うとは思う、けど。こういう時は確か選ばなきゃダメなんだっけ。


 ……さっき白が似合うって褒めたから白を選ぶべきなのかな? それとも琴歌のイメージに合う可愛らしいピンクの方?


「あ」

「どうしたの?」

「あ、ううん。ごめん、何でもないよ」


 こういう時は心を読めば良いのか。どっちを求めてるかわかるもんね。ちょっとずるいかもだけど。


(おにぃ、どっちが好きなんだろ。白のふりふりもピンクのすらっとしたのもどっちも可愛いし、おにぃが言ってくれた方を着たいなぁ)


 あー……、なるほどなぁ。

 本心からどっちが良いか訊いていたパターンだ。だとしたらどっちを選んでも正解なんだろうけど、結構悩むね。


「……俺が好きなのは、そっちの綺麗なピンクの方かな。勿論白のフリルも似合うとは思うけどね」

「あ……、うん! わかった、試着してくる!」


 琴歌は嬉しそうに笑い、ピンクの服をぎゅっと胸に抱きしめて試着室へ走って行く。

 あれだけ喜んでくれると、やっぱりこっちも嬉しくなるね。好きにはこっちも好きで返したくなる。


「琴歌ー! 転けないようになー!」

「大丈夫ー!」


 返事もまた明るいもので、俺は自然と目を細めた。




 予定していた可愛い服の購入は済み、今はぶらぶらとウインドウショッピングをしている俺と琴歌。

 当然手は繋いでおり、小さくて温かい琴歌の手が直に伝わってくる。


「ねえおにぃ」

「んー?」

「明日は暇?」

「暇だけど。でも琴歌は明日遊びに行くんじゃなかったっけ?」


 確か家を出る前にそんなことを言っていた気がする。今日服を買いに来たのもそのためだと言っていたはずだ。


「あ、うん……。それはそうなんだけどね……?」


 言いにくいのか、握っている俺の手をにぎにぎして口篭る。

 何を言いたいんだろう。俺はほぼ無意識に琴歌を視界の中へ収めた。


(ダブルデートなんて言ったら、おにぃ変に思うかも。でも行くって言っちゃったし……どうしよう……)


 ……ダブルデート? あれだよな、二組の彼氏彼女が一緒にデートをするやつ。それに琴歌が行く、と。


 ん? でも琴歌の好きな人って……。


「おにぃ……?」


 俺、だよな?

 え、てことは俺小学生三人の輪に駆り出されるってこと?


「明日どこかに行きたいのか?」

「……言っても笑わない?」

「多分」

「た、多分って何!? そこは笑わないって言うところじゃないの!?」

「……うん」

「もー! ちょっとデートに付き合って欲しいってだけじゃん! ……あっ」


 慌てて口を押さえる琴歌。

 いや、もう全部言っちゃった後だから遅いよ。素でやっているところがまた可愛いんだけどさ。


「デートって、今日のこれも広義の意味ではデートだと思うんだけど」

「そうだけどそうじゃなくて! 琴歌が言ってるのはダブルデート! ほら、前に新しい友達が出来たって言ったじゃん?」

「ああ、休みがちだった子とーってやつ?」

「そうそれ! その子がね、何か恥ずかしくて彼氏さんとデートに行けてないんだって」


 そういう話はたまに聞くね。中学の頃にも、確か付き合ったは良いけど、その先が照れ臭くて行動に移せないという人達が居た気がする。急に関係性が変わったら確かに尻込みしてしまうかもしれない。


「それで相談を受けて、それならダブルデートは? って言っちゃって……」

「ちなみに琴歌の彼氏は?」

「おにぃに決まってるじゃん! あっ、いやまだそういうのじゃないのはわかってるけどさ……」


 “まだ”の部分についてはあえて聞き流すことにする。


「琴歌と出かけること自体は良いんだよ。今日だって一緒に買い物に来てるしね。ただ小学生三人と俺っていうのはなぁ……」

「あ、それなら大丈夫だよ! その子の彼氏は高校生だから!」

「……え?」


 小学生の彼氏が高校生? 何だそれ、事案的な話か? 普通に考えたらとんでもないだろ。


 ……一瞬だけ、既視感のある何かが脳裏をよぎる。いや、まさかね。いくら何でもそんな偶然は──




「──その子ソラちゃんって言うんだけどね、すっごいカッコいい男の人が彼氏なんだよ!」




「……ソラ、ちゃん?」


 最近まで学校に来れていなかった、イケメンの高校生を彼氏に持つ、ソラちゃんという名前の小学生。


 え、マジ?


「だからお願い! おにぃもついてきて!」


 あれか、つまりは操二とソラちゃんカップルとダブルデートをしてくれって頼まれてるんだよな。たまたま、偶然。


 ……嫌な予感がビンビンする。最悪妹とデートをする男って印象を持たれるわけだろ? そりゃ操二も小学生と付き合ってるとはいえ、うーん……。


 気が進まないなぁ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る