第38話 未耶ちゃんと二人きり

 終礼が終わり、俺は立ち上がって生徒会室へ向かう。長岡さんはクラスメイトと話しているから置いていく。

 彼女はクラスの人気者だから、終礼後は基本的に誰かに話しかけられる。流石にそこに割り込んで一緒に行こう、なんてことは言えないからね。だから二人で生徒会室に行くことなんて滅多にない。まあそもそも生徒会自体が開始時間にシビアじゃないっていうのもあるんだけどさ。


 いつもの角を曲がり、その奥。進もうとしたが、俺は立ち止まった。


「あの、その……。その話は生徒会が始まってからではダメ、でしょうか……?」

「イイじゃん、今話せるんだったら今で。ね?」

「いや、でも……」


 ……あれって確か昨日依頼に来た人、だよな? 長岡さんの言っていた“音心狙いを装った未耶ちゃん狙いの男”。特に軽薄そうな印象は受けないが、やや強引な感じがする。

 それに。


(やっぱこの子めっちゃ良いじゃん。付き合いてー)


 動機が不純だ。これは長岡さんから聞いて知っていたけど、いざ目の当たりにすると良い気はしない。

 俺は未耶ちゃん達の前に躍り出た。


「すみません、生徒会への依頼の件ですか?」

「あ、悟先輩……」


 割って入ると、未耶ちゃんは露骨に安堵した様子で彼から一歩後ずさった。そんなにわかりやすいことしたら刺激しそうだけど……。


「……いや、まあそうだけど。でもアンタ聞いてなかったんじゃ?」

「その後長岡さん……、副会長から大体のことは聞きました。なので大体はわかります」

(……面倒臭いな。折角二人で話してたのに)

「音心に関する相談とのことなので、適当な用事で席を外させるのを考えたら……大体三〇分後にもう一度生徒会室に来てもらえたらお話を聞けると思いますが」

「……いいよ、別に。今日は帰るわ」

(ったく、邪魔しやがって……)


 依頼主の彼は悪くなった機嫌を隠そうともせず、そう吐き捨ててその場を後にする。

 ……久々にあんな刺とげしたの向けられたな。昔を思い出しそうになるけど、未耶ちゃんを助けてあげられたのなら安いものだ。


「あ、あの。ありがとうございました」


 ペコリと最敬礼辺りまで頭を下げる未耶ちゃん。ふわりと良い香りがした。


「良いよ、気にしないで」

「いえ、その……。……こんなこと言うのはあれなんですけど、困ってたので」


 俯きながら両手の指を絡ませる。パッと見は可愛いを通り越してあざといのレベルにさえ見えるけど、意図的にする立花さんとは違って未耶ちゃんは素だ。だからこそ思ってもいない人から好意を寄せられたりもするんだろうな。

 そんな未耶ちゃんの様子を何となく観察していると、肩に糸くずをつけているのを発見した。


 俺は殆ど無意識でそれを取ろうとしたが──




「きゃっ!!」




 ビクゥ! と身体全体を震わせて後ずさる未耶ちゃん。その顔は怯えと申し訳なさが混在していた。


「あ、その……」

「ごめんね。急に触ろうとしちゃって。えと、ゴミがさ」

「……あ、ああ、ゴミ! ホントだ、ごめんなさい。本当……」

(悟先輩はそんなことする人じゃないって、わかってるのに……)


 ……昔に何かあったのかな。さっきの反応と、今の思考の“そんなこと”。トラウマみたいなものがあるのは間違いなさそう、だけど。


(……聞けないよなぁ……)

「あの、悟先輩。そろそろ生徒会室に……」

「あ、うん。そうだね。行こっか」


 未耶ちゃんにそう促され、生徒会室へ歩き出す。後ろからついてくる未耶ちゃんに何か話題を振ろうと思ったが、俺は最後まで話しかけることが出来なかった。




「「…………」」


 ……さっきのせいで空気が重い。

 生徒会室に二人。長机を挟んで向かい合う俺と未耶ちゃん。お互い何かを話そうにも話題がないため黙ったままだ。


(気まずいなぁ……。悟先輩話しかけてくれないかな)


 チラ、と未耶ちゃんを盗み見る。未耶ちゃんも同じことを思っていたようで、気まずそうな顔で下を向いていた。


 ……よし。こういう時は俺から、先輩から話しかけるもんだよな。


「未耶ちゃん」

「は、はい!?」

「前に勉強会したと思うんだけど、結局テストはどうだった?」

「あ、えと。教えてもらったところが出たので良い点数を取れました」

「おお、そっか! それは良かった」

「……今の話。前にも、言った気はしますけど……」

「「………………」」


 はい、やらかしたね俺。まずいまずい、ちゃんと会話した内容覚えておかなきゃ。こんなの良い気なんてするはずないもんな。


「さ、最近学校どう? 高校生になってそろそろ三ヶ月も経った頃だと思うけど、楽しい?」


 再度気まずくなったのも一瞬。さっと話題を切り替えたらオールオッケー。俺は当たり障りのない質問に切り替えた。


「はい。クラスに友達いますし、生徒会も楽しくさせてもらっていますし、今のところは楽しいです」

「そっか。それなら良かったよ」

「はい……」

「「………………」」


 はい、三回目の気まずいタイム。話題変えてもそもそも俺が会話慣れしていないってことを忘れてた。中学のアレがあるまではこんなんじゃなかったんだけどなぁ……。


「あ、その。未耶ちゃん!!」

「は、はい!」

「その、好みのタイプとかある?」

「好みのタイプ……? それは異性で、ということでしょうか?」

「うん、そのつもり……あっ」


 言ってから気付く。もしかして俺まずいことを訊いてないか? 未耶ちゃんに男関連で何かあったのは明白なのに、こんなこと訊くのは無神経だよな?

 しかし、口にした言葉はもう引っ込められない。俺は祈るように未耶ちゃんの返答を待った。


「男の人なんて……」


 ぼそ、と呟く未耶ちゃん。唇を噛み、目を側める。

 ……やっぱり地雷だったっぽいな。




「男の人なんてみんな一緒です!!!」




 大きな声でそう訴える。言ってからハッとして俺をおずおずと覗く。未耶ちゃんの顔はやってしまったと言外に伝えてきていた。


「……ごめんなさい、悟先輩。今日は早退します」

「あ、そっか……。うん。みんなには伝えておくよ」

「……本当にすみません」


 ポツリと言い残して、未耶ちゃんはカバンを持って生徒会室を出て行った。取り残された俺は、両手で顔を覆い。


「……やっちゃったなぁ……」


 溜め息と同時に呟いた。

 ……いくら空気感に焦っていたからって、男に何かしらトラウマがありそうなのを分かってて何であんな質問振っちゃったんだ……。今のは流石に擁護出来ないレベルだろ……。


 未耶ちゃんが出て行ってから、一分もしないうちに長岡さんと音心が二人で生徒会室に入ってくる。来る途中に一緒になったのかな。


「はぁ……」

「うわ、何よ悟。アタシらが来たから溜め息ついたの? 何かやましいことでもしてたんじゃないでしょうね」

「……いや、単なる自己嫌悪だから気にしないでくれ」

「まあ未耶が走っていったの見てたから予想はつくんだけどね」

「つくのかよ。……はぁ」


 やらかしたなぁ……。思い返せば思い返すだけ自分が嫌になる。


「宮田くん、もしかして未耶ちゃんに男の子の話をした?」

「うん、会話に困ったから好みのタイプをつい」

「あー、それは確かにまずかったかもね……。うーん、そっか」


 長岡さんは人差し指を唇に当てる。一瞬俺を一瞥し、軽く息をついた。


「……初めてだったんだけどね。男の子で仲良くなれそうだった相手。みゃーちゃんも宮田くんには心を開いてたみたいだったし」


 初めて、か。それに俺“には”心を開いてた。やっぱり未耶ちゃんは何かあったんだな。ただしその言葉だけではまだ何があったのかはわからないが。

 そんな疑念を感じ取ったのか、音心は補足という形で長岡さんの言葉を続ける。


「悟とは良い感じにだったから実感ないかもだけど、未耶って実は男嫌いなのよ」

「え、でも」

「まあ確かに最近はましになってきてはいたけどね。ただアタシは未耶が決定的に男を嫌いになる瞬間を見てるから」


 音心自身も嫌悪感を示しながら、そう口にする。心做しか眉も顰めていた。


「……本人に確認を取ってないから気が引けるけど、悟だから話すわ。未耶の昔話」

「別に無理には……」

「アンタと未耶はこれから少なくとも一年一緒に過ごすんだし、聞いておくべきよ」

「宮田くん、私からもお願い。全部知ってから未耶ちゃんと仲良くなってあげてほしいの。……それが未耶ちゃんの第一歩になると思うから」

「……わかった。俺も未耶ちゃんとは仲良くしたいしね」


 俺は頷く。その様子を見て、長岡さんは。


「んふふ、変わったね。誰かと仲良くしたいなんて」

「未耶ちゃんだからな。さっき音心も言ったけどこれから一年は一緒にやっていくわけだし」

「理由なんて何でも良いわ。とりあえず話すわよ」


 音心はいつもの長椅子の上座ではなく、さっきまで未耶ちゃんが座っていた俺の正面に座る。長岡さんはその隣に腰を下ろした。


「これは未耶が合格発表の確認に来た時の話なんだけどね」

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