第37話 水泳の時間
(結局、昨日は依頼のこと聞けなかったな)
プールについている更衣室。衣擦れの音を右から左へ受け流し、水着へ着替えながら俺は昨日のことを思い出していた。
操二と出会ってから生徒会室へ戻ると、依頼に来た人は既に帰っていた。どんな話だったのか訊こうとしたが、長岡さんも未耶ちゃんもどうも話したくなさそうな雰囲気で、音心もそれを敏感に感じ取りついぞ話題には触れなかったのだ。
一体何の話だったんだろう。音心には訊かせられないこと……。
「なあ、やっと水泳だな! 今から楽しみだぜ!!」
「島本、お前テンション上げすぎだろ」
更衣室の奥では島本がいつもよりも興奮しながら友人と談笑していた。身体動かすのはサッカー部だから好きそうだけど、水泳も得意とかかな。
(長岡の水着姿……!)
……ああ、なるほど。それであのテンション。
というかそうか、俺も長岡さんを見て変なことを思わないように気をつけなきゃ。長岡さん相手なら
「……あ」
そこまで考えて、俺は思わず声を漏らす。
長岡さんは四歳の頃から人の心を読めるという。だとしたら昔から嫌な妄想だとかを受けているんだろうか。幸か不幸か長岡さんは容姿に優れているし、そういうことはあってしかるべきかもしれない。
とりあえず、俺だけは変なことを考えないようにしよう。着替え終わった俺は更衣室を出たのだった。
外はうだるような暑さで、けたたましいセミの声がそれを助長している。きらきらと光る水面は気持ち良さそうで、早くプールに入りたいと急かされる。
……だけど、俺を含めた男子はそんなことを一切気にすることなく、別のことに気を取られていた。
「「「お、おぉぉ……!」」」
何故か男子よりも早くプールへ着いていた女子を見て、一様に声を上げる。いつもは制服な分どこか変な気持ちが込み上げてくるなぁ。
そして中でも注目を集めているのが、勿論長岡さん。胸があんまり大きくないのは服の上からでもわかってたけど、それでも引き締まっててとても良いスタイルだ。
……いや、何で俺こんな分析みたいなことしてるんだ。まるで変態みたいじゃないか。
不意に長岡さんと視線が合う。ふふ、と笑みを浮かべて一つウインクをされた。心を読めって合図だよな……?
(宮田くんって身体鍛えてるの? カッコいい身体)
(あんまり太らないだけだよ)
(チッ)
(え、何今の舌打ち? 普通に口で言ってる感じだからちょっと可愛かったけど)
(バカ。女の子にそれは嫌味だからね)
唇を尖らせジト目で睨む長岡さん。自分の可愛さをわかっててやってるのかな。
うん、まあ気付いてないことはなさそう。長岡さんには人の心って客観的な指標もあることだし。
「っと」
ダメだ、あんまり長岡さんを見ていると変なことを考えてしまうかもしれない。
すると丁度タイミング良く先生から集合の合図がかかる。俺は流れるように視線を逸らし、整列した。
「……よし」
俺は飛び込み台の列に並ぶ。泳ぐのは久々だ。
準備運動を済ませると後は自由時間だそうで、六列あるレーンのうち左二つはガチ、真ん中二つは緩め、そして右二つは仕切りをなくして遊びのゾーンにしていた。
ガチのレーンに並んだ理由はたった一つで、泳ぐのに集中して長岡さんに意識を向けないため。適応機制の昇華だね。
俺の番が来て、台の上に立ち水の中へ飛び込む。着水する時のドブンという重い音が心地良い。
無心で泳ぎ続けること三〇と数秒。五〇メートルプールの片道を泳ぎ切って端についている階段から上がる。
と、いきなり手が差し出された。
「はい、宮田くん」
「……あんまりクラスで俺に関わると変に思われるよ」
左手は手すりに、右手で長岡さんの手を取りプールから出る。自分の髪の毛をかきあげながら、ふとあることに気付いた。
「長岡さん、今日は髪型違うんだね」
「ん、ああこれ。私の髪の長さじゃ水泳だと結ばないと凄いことになるからね」
いつもの長い髪をハーフアップにした髪から一転、上の方で団子にしていた。初めて見る髪型だから新鮮だ。
「似合ってるよ」
「……宮田くんってさ、結構そういうことさらっと言うよね」
(そういうのはちょっとずるい)
「ん、ごめん」
「別に謝らなくても良いけどね」
俺と長岡さんはプールサイドの隅の方へ移動し、顔は合わせず二人ともプールへ目をやる。特にそれを話題にはしないけど。
「そう言えばさ」
昨日の依頼。話を聞くとしたら今だろう。ここにも音心も居ないし、多分長岡さんもそのつもりで俺のところへ来たんだろう。
「依頼?」
「うん」
「あれはね、よくあることなんだ。依頼に見せかけたアピール」
「アピール?」
何のことかわからず同じ言葉を聞き返す。誰から誰へ、何の話だ?
「会長と付き合いたいからその相談に生徒会に来るの」
「え、でもそれって」
「擬似告白、というか告白同然だよね。でも相談に来る人は大体みんな相手の名前を伏せて相談して、それで例として会長の好きなものや場所を聞き出す」
「おお、よくそんなこと思いつくなぁ……」
生徒会が相談室を担っていることを逆手に取った戦法。しかもこれなら誰かにバレる心配もないしね。
「……あ、長岡さんにはその考えが透けて見えるのか」
「そ。まあ昨日の人は心読まなくても顔でわかったけど。これは経験則だね」
なるほど。それなら確かに音心が居たら変に拗れそうだな。
「と、ここまでがいつもの話」
「え?」
「昨日のは一つ捻っていてね? 会長が居ないからか私達に想い人は会長だーって言ってきたんだよ」
「だとしたら、仲介を頼んできた、みたいな?」
「ううん。構造は同じなんだけど、相談に来た人が狙っていたのはみゃーちゃんなの」
……? 音心を好きって言ったのに未耶ちゃん? それに何の意味が──
「──あ、凄いな。そういうこと」
俺がそう呟くと、長岡さんは俺の顔を見て控えめな笑顔を見せた。まるでそれが正解だと言わんばかりのような。
「要はいつもの何某さんが好きという
「一番のメリットは何だと思う?」
「不特定多数ではなく音心のことだから個人的に相談に乗ってもらえる、もしくは生徒会以外で話す機会を得られる。何より建前として音心との練習のための擬似デートとかセッティング出来たら万々歳だな。音心の好みは知ってるからちゃんと練習にもなるだろうし」
「全問正解。流石宮田くん」
長岡さんの顔は笑っていない。一番初めに関わりを持ったあの日のような、何かを諦めたような表情。
わからなくもない。一歩引いて考えたらよく出来た話だとは思うけど、見方を変えれば騙しているのと同じことだ。そりゃそんな顔もするよ。
「まあ、その分彼は未耶ちゃんを本当に落としたいって考えも出来るとは思うけどさ」
「……やっぱりポジティブだね、宮田くん。確かにそうかも」
そう答えるが、長岡さんに納得した様子は一切見られなかった。
何より。
(そうじゃないことはその人と対面して話したからわかっちゃってるんだけどね)
残念ながら、そう考える根拠もあるようだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます