第36話 音心という幼馴染み
今日は日直だったせいで生徒会活動が始まった一〇分程後に向かっていた。先生も何も急にノート整理とか頼まなくても……と思うけど、まあ別に差し迫った仕事は無かったはずだ。一周回ってゆっくりと歩く。
チラ、と窓の外へ目を向ける。グラウンドの奥には中の緑色だった水が抜かれ、綺麗になったプールが構えていた。
「そういや明日だっけ、プール開き」
誰もいない廊下に響く独り言。確か三時間目の体育が水泳だったはず。
……長岡さんと同じクラスってことは、水着姿も──
「──ダメだダメだ、こんなこと考えてたら心読まれた時言い訳出来ない」
パンパン、と軽く頬を叩いて落ち着く。
ていうかそうだよな、俺は長岡さんが心を読めるって知ってるから気をつけられるけど普通の人は妄想を垂れ流すわけだろ。いくら四歳からずっとそうって言っても、やっぱり嫌なはずだし。
そんなことを悶々と考えていると、奥に見えた生徒会室から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。何かやってるのかな?
邪魔をしないように、俺はゆっくりとドアを開ける。
「遅れてごめん。何かやってるの?」
「あははは! 何これ可愛い!」
「うるさっ」
中ではやけにテンションの高い音心がバカ笑いして机をバンバン叩いていた。何の騒ぎだよ……。
「あ、悟先輩。遅かったですね」
「宮田くん今日は日直だったからねー。それより見て、この二人の写真! 可愛くない?」
「あー懐かしいわねぇ。確か運動会だったっけ?」
「運動会……? あっ、もしかして」
急いで机に広げられた何かを確認する。それは案の定写真で、一昨日俺や琴歌と長岡さんが見ていたやつだった。
……いや、何でここにあるんだ?
「宮田くん、写真は今日の帰りに返すよ」
「あ、うん。……いやいや、そうじゃなくて」
「何で持ってるか、でしょ? 琴歌ちゃんに会長のこと話したら何か昔話に使っても良いよーって言って渡してくれたの」
琴歌のやつ……何を考えてこんなの渡したんだ。俺が一方的に恥ずかしいだけじゃないか。
「ほら見て悟。これアタシと悟が同じチームだった時の運動会」
「ああ、あったよな。短距離走で負けて音心が校舎裏で泣いてたやつ」
「そ、そんなことは忘れなさいよ! もう!」
ふん、と腕を組んで顔を背ける。ちょっとスカッとしたからこれで弄るのはやめておこうかな。
「宮田くんも悪い人だねー」
「そもそも恥ずかしいからやめてほしいんだけどな……」
「んふふ、だから持ってきたんじゃん」
「ふふっ、どっちが悪い人だよ」
こういう時、笑ってしまうと負けた気分になるよなぁ。怒るに怒れない。
俺と長岡さんで談笑し、未耶ちゃんと音心で写真を見てお互い一度落ち着く。
そのタイミングを見計らったのか、ドアからコンコンとノックの音が鳴った。誰だろう、顧問の先生か、それとも依頼?
「失礼します。生徒会は相談に乗ってもらえるって聞いたんだけど……」
入ってきたのは割と目立つタイプであろう男子。パッと見の特徴はないが、地味でもないという感じだ。
「っ。……はぁ」
「! 愛哩先輩」
そして長岡さんは一瞬驚いてから即座に溜息をつき、未耶ちゃんも何かを察したようで小声で話し出す。一体何の話だ……?
「ごめん、宮田くん。会長と無許可のポスターの違反がないか今から見てきてくれない?」
「え、でもそれは別に今じゃなくても……」
(お願い。ちょっと依頼が面倒臭そう、というか会長がいると変に拗れそうというかね……)
声には出さず、俺にだけ伝わる方法でコンタクトをとる。
長岡さんがそう言うってことは、多分そうなんだろう。とりあえず詳しいことは後にして、今は従っておこう。
「音心、ついてきてくれるか?」
「え、まあ良いけど……。全く、悟はまだまだ生徒会ビギナーねぇ」
「何だそれ。……てことで長岡さん、俺と音心は行ってくるから」
「うん。依頼についてはこっちで聞いておくね」
「あ……」
音心を連れ出し、ドアを閉める。最後に依頼に来た男の掠れた声が聞こえた気がしたが、関係あるかは置いておいてまあ今は放っておこう。今から生徒会室に戻れるわけでもないしね。
「……うん、ここも大丈夫ね」
音心と見て回ってから既に一〇分。違反のポスターは特に無く、俺は生徒会室の依頼がなんだったのかをずっと気にして回っていた。
「後はどこだっけ?」
「えっと……、うん。今ので全部かな。後は戻るだけだけど……」
このまま戻っても良いのか? こんな微妙な時間だとまだ依頼の話が終わってるかどうかわからないな。
と、そんな時目の前から知ってる顔が歩いてきた。ユニフォームを着た金髪の好青年。身長も高くて、相変わらずイケメンだ。
「おっ、悟クンじゃん。どしたの……って、わり。邪魔しちゃった? デート?」
「生徒会の仕事だよ。そっちは部活?」
「だねー。今は休憩で、その間にオレは忘れてた教科書とかを取りに来たってワケ」
いつもの軽い口調で説明してくれる。一々本人には言わないけど、ちゃんと部活もやれているようで何よりだ。
「あ、音心には紹介まだだったな。こっちは前の依頼で調査してくれって言われてた側の高槻操二。俺と同じ二年生」
「そ。チャラチャラした見た目ね」
「で、こっちは……「生徒会長っしょ? 知ってる知ってる」……あれ、面識あった?」
音心の対応は特に知り合いのものって感じじゃないし、そもそも二人が出会うビジョンも見えないけど……。何で知ってるんだろう。
「いや、直接話したことはないねどね。ただオレ可愛い女の子は知ってるから」
「ブレないなぁ……」
過去は女遊びばかりしていたと聞く。その片鱗は今でも隠し持ってるんだろうね。
「っと、こんなこと言ってるとソラちゃんに怒られちゃうかな。嫉妬してるソラちゃんも可愛いんだけどね!」
「彼女いるんならその子を大切にしなさい」
「あいっす! ごもっとものお言葉、頂きました!」
今日はやけにチャラいな……。いや、これが元々の素なのか? 今まではソラちゃんのことで気付かないうちにいっぱいいっぱいだったとか?
ま、知る術はないから良いんだけどさ。ともかく元気そうでなによりだ。
「んじゃオレはこれで! またなー悟クン!」
「うん。またね」
まるで嵐のように去っていく操二。あんまり話してると休憩時間もなくなるだろうし、賢明かもな。
音心をふと見やる。いつもは喜怒哀楽どれかに振り切れた表情をしているのだが、今に限ってはそのどれでもない曖昧な顔をしていた。
「何かあった?」
「別に」
「……そう言えば、可愛いって言われても動じないんだな。昔は琴歌にそう言われてよく恥ずかしがってただろ」
「また昔の話を持ち出して……。そうね、今でも可愛いって言われるのは苦手だけどさ」
音心は遠くを見つめる。その先に何が見えているのか、俺にはわからず。
「チャラいやつは好きじゃないのよね」
その答えになっているようでなっていない言葉の意味は、やはり俺にはわからないのだった。
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