第39話 未耶のトラウマ
今から四ヶ月前のこと。つまり三月、それも合格発表の日で、アタシがまだ二年生だった頃。アタシは中学生間で問題が起きないか生徒会役員として監視していた。
(正直目立ったことは起こらないと思うけど……)
まあ一応念の為。アタシが言い出したことじゃないけど、精神状態が云々は確かに一理ある。面倒だけどやるに越したことはない。
にしても。
「いろんな表情の子がいるのねぇ」
溜め息と同時に呟く。そりゃ自分の努力が報われたか否か、大きな単位で見たら人生にすら影響する話だもんね。
ざっと見渡しただけでも、嬉しさが滲み出ている人やホッとした表情の人、感情の読めない人やこの世の終わりみたいな顔で絶望する人も。みんなさまざまだ。
そんな中、目につく男女が居た。二人で話しているってことは同じ中学なのかな。チャラそうな男は背の低い女の子へ熱心に話しかけていた。
「ね、だからみゃーちゃん! 落ちた者同士でパーっとやんない? 俺の友達とかも呼んでさ!」
「いえ、その……」
「だぁいじょうぶ大丈夫、アイツら良いやつだからさ! モチロン俺も!」
「……いえ、あの」
……あれは女の子嫌がってるっぽい? 嫌なら嫌って言えば良いんだろうけど、とりあえず困ってるなら助けなきゃ。そのための監視だったし。
アタシは彼女達の前へ歩み寄り、声をかける。
「お二人、ちょっと良い?」
「え? あ、なんです? 今俺らお疲れ様会の……あ、生徒会さん」
腕章を見て顔が一瞬引き攣る。やましいことをしているってのがバレバレね。
「お疲れ様会は勝手にどうぞって話なんだけど、どうも見てる限りじゃそっちの子が乗り気じゃないように見えたのよね」
「え? いや全然! むしろお願いしますーって感じだったよね? みゃーちゃん?」
「っ……」
みゃーちゃんと呼ばれた女の子は俯き、声を出そうとして口を開くが何も言わずまた閉じる。言葉を選んでいるのが丸わかりだ。
「嫌がってるんじゃないの?」
「は? いやんなわけないですって。俺ら仲良しですもん。な?」
「さっきから回答を押し付けようとするのはやめなさい。この子静かそうだから押せばいけそうっていうのは理解出来るけど」
「チッ、なーみゃーちゃん。この人に何とか言ってやってくれよ?」
次第に苛立ちを隠せなくなってきた男は女の子に言葉を強要する。どこまでも数の有利を保とうとする。男なのに残念なやつ。
「……その」
「おっ? なになに? ビシッと言っちゃってよ?」
「落ちた者同士、というのにはいけません……」
「え? マジで言ってんの? 何で?」
「わたし……、落ちてません……」
心底気まずそうに、重い口を開く女の子。彼女は小さな身体をさらに縮めてずっと下を向いていた。
訂正する間もなくあれよあれよと進んだってことね。それは断るの、というか断るまでの道のりが面倒か。この子も災難ね。
そして
「あ、そう。つーことは俺をバカにしてた、的な?」
「え、え? いや、そんなつもりは……」
「あーあ。んだよ気分悪ィな。それなら初めっから言えよバーカ」
豹変した男は被害妄想を拡大させて女の子を罵倒する。
この、アタシが黙って見てるのを良いことに好き勝手言って……!
「チッ、もう良いわ。ほらどけよ」
「きゃっ!?」
男に肩口を押され、ドサリと尻もちをつく女の子。女の子の目は怯えで揺れて、身体を震わせていた。
「アンタ!!!」
「はい? もう良いでしょ、俺帰るんですし」
「人に手出しておいてどの口が言うのよ!!」
「だーかーら、それも良いでしょ? とっとと退散しますって。それか何、謝れば良いってことです? ごめんねみゃーちゃん、ちょっとイラついてさ」
パン。
乾いた音が辺りに響く。張った手はじんじんと痛んだ。
「……ってーなてめえ!!」
「同じことをあの子にもしたって何でわからないのよアンタは!!!」
「っ!!」
「自覚が出てきたのなら謝りなさい!! それさえ嫌って思うような最低な奴の自負があるならとっとと帰りなさい!!!」
「関係ねえくせにしゃしゃんじゃねえよ! 言われなくとも帰るところだよクソが!!」
最後に捨て台詞を吐き、男は肩を怒らせて校門を出ていく。勿論謝罪はない。
見ると、どちらも大声を出していたからか周りの注目を集めていた。あちこちからひそひそ声が聴こえてくる。
「ごめん。えと、みゃーちゃん、だっけ? 念の為保健室に連れて行くから着いてきて」
「あ、あの。その……」
「もしかして立てない? 気が利かなくてごめんね」
アタシは屈んで女の子に肩を貸す。立ち上がったところで、彼女はようやくまともな返事をした。
「わ、わたし……みゃーではなく未耶、です」
「そ。じゃあ未耶、行くわよ」
「はい……」
§
「これが大体の理由」
音心はふう、と一息ついて少しだけ眉を顰める。理由は言わずもがなだ。
「アタシが未耶って呼ぶのはこのことをあんまり思い出してほしくないからなんだけど、どこぞの副会長は反対らしくてね」
「だからこそ受け入れるために慣れるべきじゃないです? 可愛いあだ名だからって理由も勿論あるんですけど」
長岡さんと音心はまるで軽口を叩くかのように言葉を交わす。あだ名にもそういう理由があったんだな。
「未耶ちゃんの言い分としては子どもっぽく思われるのが嫌って話だけどね。ご両親からは未だにそう呼ばれてるらしいし、自分の中でそういうイメージが付いちゃったんじゃないかな」
「なるほど。男嫌いってことはひとまず納得したよ。ただ……」
「「ただ?」」
二人して復唱する。そんな大袈裟なことを言うつもりはないんだけど……。
「その話を聞いたらさ、俺がもう男ってだけで拒絶されない?」
「うん、正直アタシもそう思ってたわ。だけどね、悟」
「何?」
「アンタはもう仲良くなってたじゃない」
音心は当たり前だと言いたげな口調で平坦に告げる。何故かドキリとした。
「……だから、ほら! 数学の証明みたいな、あの……」
「数学の証明……?」
未耶ちゃんの男嫌いと俺が既に仲良くなっている。これが数学の証明とどう絡む──
「あ、帰納法ってことか」
「そうそれ! 悟も伊達に学年一位を名乗ってないわね」
俺が未耶ちゃんでも親しめる男の具体例になって、そこから男全体に広げていく。まあ、言いたいことは伝わった。
「多分厳密な使い方は違うと思うけどな」
「い、良いのよ別に! 要は悟には未耶を何とかしてあげられる可能性があるってことなんだから!」
「私からもお願い。こればっかりは男の子の宮田くんにしか出来ないと思うの」
俺にしか出来ない。現状を考えると確かにそうだよな。それに俺も今のままが明らかに正しいとは思っていないし。
机の下でコツンと脛を蹴られる。俺は思わず二人の顔を見ると、長岡さんがこちらを笑顔で見つめており。
(会長狙いを装った未耶ちゃん狙いの人はこっちで何とかしておくからさ。お願い出来る?)
その笑顔のまま軽く首を傾げる。
それを見て無理と答えられる人は多分殆どいない。何となくだけどそう感じた。
「わかった。俺に出来ることであれば何でもやるよ」
そして、俺はそう力強く答えた。
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