第26話 雨と違和感
今日は俺と長岡さんと操二の三人でソラちゃんのお見舞い。昇降口で待ち合わせて病院に行くことになっている。ただ一つ問題があって。
「雨か……」
「まあ梅雨だしね」
空は灰色に染っており、強めの雨が地面を打ちつけている。じめじめして鬱陶しいったらありゃしない。
ただ問題はそこじゃないんだよな。俺は一縷の望みをかけてカバンの中を漁る。
「……やっぱり折り畳み傘も忘れてるかぁ」
「え、悟クン傘忘れたの。こんな雨なのに」
「朝は降ってなかったから、これならいけると思ってさ」
「宮田くんって変なところでポジティブだよね」
何かそれ立花さんにも言われた気がする。いつ言われたんだっけ。
視線を感じ、その方向を見る。そこにはじと目の長岡さんが俺を睨んでいた。
(立花さんにも言われたんだ)
(あれいつだったっけ。一昨日かな?)
(……ふーん)
「にしても悟クン、傘どうすんの?」
雨が止む気配は今のところない。こればっかりは傘無しはキツそうだよなぁ。びちゃびちゃになりそうだし。
「操二」
「えっ」
「入れてくれない?」
「いやそこは長岡さんに頼むところでしょ。それにオレのは折り畳み傘だから狭いし」
カバンから取り出した傘を手の中で弄ぶ。確かにあの大きさなら確かに男が一人入ると隙間もなくなりそうだけど……。
「私は良いよ?」
(まあ、ちょっとは恥ずかしいけど……)
長岡さんは内心でそう思いつつも、表情は平静そのものだ。女子の必須スキルなんだろうけど、やっぱりドキってしてしまう。
「んじゃオレは先行っとくわ! 早くソラちゃんに会いたいし!」
操二は折り畳み傘を開いて早足気味に昇降口を出る。変な気遣いとかは要らないけど、まあ言ってもしょうがないか。
「じゃあ長岡さん。お願いしても良い?」
「うん。どうぞ」
淡い水色の花があしらわれた大きな傘。すっと差し出されたそれに入れてもらい、傘の柄を持とうとする。流石に傘まで持ってもらうのは悪いし。
と、そこで不意に俺の手の長岡さんの手が触れた。思わず手を引っこめる。
「あっ、ごめん長岡さん」
「ん、大丈夫。持ってくれるの?」
「入れてもらうだけは何というか、気が咎める……みたいな」
「そっか。ありがと」
傘を受け取り俺達は歩き出す。はにかむ長岡さんの笑顔は柔らかくて、俺は思わず視線を逸らした。
こういう時いつも思うけど、やっぱり長岡さんってめっちゃ可愛いんだよなぁ……。そりゃクラスの人気者にもなるし、そこに気が利くなんて飛び道具が加わったら最強だよ。
コツン。俺の二の腕が軽く小突かれる。叩かれた方に視線を向けると、長岡さんが
「お願い、あんまり褒めないで」
(ホント恥ずかしいから……)
「ああそっか。恥ずかしがらせてごめん」
「そういうの口に出さなくても良いから!」
「でも心の中で考えてもどうせわかるんじゃないの?」
「それはそれ! これはこれだから!」
焦る長岡さんはいつ見ても新鮮だ。生徒会ではともかく、クラスでそんな姿は一度も見たことがない。
まあそれを言うなら、俺がこうやって普通に会話するのもクラスじゃ見ないんだろうけどね。
「……何か良いね。こういうの」
長岡さんは白い息を吐きながらそう漏らす。
「私の本心を見透かしてくれるのは宮田くんだけだよ」
肩が時折ぶつかりそうになる。長岡さんが濡れないようにと距離を保ちながら傘をそちらへやりながら。
「まあ
「んふふ。表面を整えてるのは私だって言うのに、勝手だよね。そのくせ本心を理解してほしいなんてワガママも良いところだよ」
目を伏せながら笑う姿はまるで自嘲のよう。どこか既視感を覚えたのは何でだろう。
「でも、俺はわかるから」
「ありがと。……あーあ、言うつもりなかったんだけどなぁ」
「初めは確か俺の事を知りたいって言ってたっけ」
「それも嘘じゃないんだけどね。気にならないわけないし」
それもそうか。俺だって友達は作るつもり無かったのに、今は長岡さんと一緒にいるわけだし。お互い様ってとこかな。
ぷたぷたと傘を叩く雨音はどこか心地良い。そんなことを考えながら、俺達は濡れたアスファルトを歩いていた。
病室に着くと、既に操二はソラちゃんと楽しそうに話していた。いつものように操二が話題を振って、それにソラちゃんが答える。
「おっ、二人も到着したかー。あーあ、もっとソラちゃんと二人っきりで話していたかったなー?」
「もう、ソウジのバカ」
「あははっ、痛い痛い」
照れ隠しにソラちゃんは操二の肩をパンパンと叩く。勿論全然痛そうじゃないけど。
……ん? ソラちゃん、何かいつもと違う? まだ出会って三回目だけど、いつもより真剣な面持ちの気がする。緊張……かな、これは。
長岡さんは一歩前に出てソラちゃんと目線の高さを合わせる。急にどうしたんだろう。
「ソラちゃん」
「お姉ちゃん……。大丈夫かな……」
「大丈夫だよ。だって高槻君はソラちゃんの彼氏でしょ?」
「……うん。ソウジならわかってくれると思う」
不安そうな表情から一転、何かを決めた目でソウジを見上げるソラちゃん。
ちゃんと心読んでなかったから推測だけど、また長岡さんは欲しい言葉をチョイスしたんだろうな。今回はソラちゃんの、勇気の出る言葉。
「ソウジ」
「どうしたの? 何か言いたいこと?」
笑顔のまま操二はソラちゃんに問いかける。
──目を疑った。俺が見ているのは本当にソラちゃんなのか。
「お見舞い、もう毎日は来なくて良いよ」
「……ん? 何で?」
笑みを崩さず、だが内心では訝しむ。当然俺も同じなんだけど、訝しむ対象が違う。操二は急に何を言い出すのか、そんなところだろうけど。俺は。
(こう言ったら操二は本当にやりたいことをしてくれる……はず、だよね……)
見た目と言葉、そして内心のどれもがズレている。有り体に言うと、どこか不自然なものを感じた。
俺の疑念は他所に、ソラちゃんは続ける。
「お姉ちゃんから聞いたの。あたしのお見舞いに来てるせいで、部活に行けてないんでしょ?」
「……それはあれ? 女子会で話した、的な?」
「うん。あ、でもお姉ちゃんに言えって言われたわけじゃないよ?」
ソラちゃんは照れ隠しにか目を伏せ、口を尖らせる。
「……その、好きな人にはちゃんと好きなことをしてほしい……、とか」
……うん。今のは本心。長岡さんに言えって言われてないのも本当。だというのに、何でこんな違和感を覚えるのだろう。
「オレの好きな人はソラちゃんだよ。好きな人のお見舞いに毎日行きたいって思うのは自然なことじゃない?」
「……うん。でも、あたしもソウジのこと好きだもん。気を遣ってほしくない」
「気を遣ってるつもりは……んんっ、ごめん」
一旦咳払いして落ち着く操二。
(言いくるめるのは簡単だけど、それはソラちゃんのためじゃないか)
こういうところが操二のモテる理由の一つなんだろう。他の相手には知らないけど、少なくともソラちゃんにはちゃんと思いやりを持って接している。小学生相手ってだけじゃ、多分この気遣いは収まらない。
「それに……、あたしが退院したら会ってくれなくなるかも……しれないし……」
「そんなことないよ。……ははっ、だから泣かないで?」
じわっと目を潤ませたソラちゃんの頭を撫でる操二。目線をソラちゃんと同じにし、困ったように破顔する。ソラちゃんもつられて目を細めた。
「でもソウジ、あたしそれだけじゃなくてね……」
「んー?」
「笑わない?」
「笑わないよ。言ってみて」
「えっと、あたしね。サッカーの応援もしてみたい、かも」
「ん、そっか。じゃあサッカー部に戻ろうかな?」
「えっ!?」
俺は思わず声を上げてしまう。そんなあっさり……いやそもそも、日中ソラちゃんが独りになる問題はどうするつもりなんだ。
「悟クンは反対?」
「いや、だってそしたらソラちゃんが独りに……」
「そのソラちゃんが言ってるんだよ」
「でもそんなの……」
ポン、と肩に手を置かれる。それまで静観していた長岡さんは、俺の視線を自分に向けて。
(大丈夫だよ。全部考えてのことだから)
(……長岡さんが言わせたのか?)
(ソラちゃんが自発的に言い出したことだよ。サッカー部のことは高槻君の学校でのことを聞かれたからだし)
長岡さんは至って真面目だ。嘘もなさそう。
しかしだからこそだろう、謎の気持ち悪さは加速していく。
「ただソラちゃん、お見舞いに行ける日は絶対行くからね。それは許してくれる?」
「うん。……来てほしい」
「そっかそっか! やっぱソラちゃん可愛いね!」
「……恥ずかしいからやめて」
そう言いつつも、ソラちゃんははにかみながら操二に笑いかける。微笑ましい姿を見て、操二も長岡さんもつられて笑う。
──ちょっとだけ、寂しくなるなぁ。
今のソラちゃんの心。これは本当に無視して良いものなのか?
操二はともかく、長岡さんはその本心を見えながら笑ってるけど、それは許容してるってことで良いの?
「……ソラちゃんは、それで良いの?」
気が付けば俺は、和やかな雰囲気をぶち壊していた。
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