第27話 衝突

「……宮田くん?」


 何で? と訴えるような目で見つめる長岡さん。その流れで心も読む。


(このまま行ったら丸く収まったのに、何で口を挟むの?)


 長岡さんがそう思うのも当たり前だろう。現状操二はお見舞いに善意で来ている。そしてそのせいで操二はサッカー部を辞めた。それに関する依頼もあるし、本人でさえ完全に乗り気というわけではない。

 じゃあ解決は簡単で、お見舞いを義務化しなければ良い。言い換えればソラちゃんに我慢を強いる。彼女の本心の妥協点でそもそもの問題を解消するのだ。


「でもソラちゃんの気持ちはどうなるのさ。せっかく一人の時間が減って寂しくなくなったのに」

「でも宮田くん、それは……」

「……いや、理屈は俺もわかるんだよ。最大多数の最大幸福みたいな話でしょ」


 でもその問題が重いか軽いかなんて、本人次第で変わるじゃないか。だからこそ人の本心が重要で、それが一番の尺度になる。


 俺と同じ・・長岡さんなら、そんなこと言われるまでもないんじゃないの?


「……あたしは」


 俺のせいで少し尖った雰囲気の病室に、ソラちゃんの高い声が響く。多分ソラちゃんも変な空気を察したのだろう。


「好きな人には、ちゃんと好きなことをしてほしい……」

「“寂しくなる”」

「っ!!」

「……伝わってきたんだよ。ソラちゃんの本心。それで良いの? 俺には場を収めるために我慢しているようにしか見えなくてさ」


 語調は変えずに、あえてワードチョイスだけを強くする。言葉を強制するのではなく本音を引き出すためだ。


「悟クン」

「操二」


 操二は困ったような笑顔を浮かべながら俺に目配せしてドアを指す。その後長岡さんの方へも視線をやり、その意図を理解する。


「……長岡さん、悪いんだけどちょっと外で話せる?」

「うん」


 長岡さんは俺の心を読んだのか、もしくはそれ以前なのか。短い言葉で頷いた。


 病室とドア一枚を隔てた廊下。リノリウムの廊下は足音一つなく、不気味な程静かだった。


「長岡さんはさ」


 俺は口火を切る。長岡さんの顔は見ていない、言い換えると俺は彼女の心を読んでいなかった。


「ソラちゃんの本心、わかってた?」

「勿論。昨日なんて二人っきりで女子会してたくらいだからね」


 即答。俺は気にせず続ける。


「じゃあ何でソラちゃんが辛い選択を去るように誘導したの・・・・・?」

「……後ろめたい思いもあるにはあるんだよ? だけどさ、宮田くん」


 俯いていた俺の顔を下から覗き込む長岡さん。整った顔が俺をドキリとさせた。




「これ以上の方法、宮田くんにはある?」




 口だけ笑みを作り、長岡さんは首をこてんと倒す。この場にそぐわない行動のはずなのに、どうしてかやけにしっくりと来た。


「そもそもこの話って何が終着点かわかってる?」

「……島本の依頼解決」

「それに高槻君の要望も加えてね」


 操二の要望と言うと、ソラちゃんのお見舞いの事実を隠して誤魔化すというやつだろう。


「宮田くんが悩んでいたのはそこでしょ? 島本君への上手な理由が思いつかなくて八方塞がり」

「……そうだね」

「実際私も思いつかなかったよ。じゃあ前提を変えてみたら?」

「前提?」


 同じ言葉を繰り返す。この場合における前提っていうのは……。


「高槻君がサッカー部を辞めなかったらそもそも島本君から依頼は来ないでしょ? てことは自動的に高槻君の要望も無くなる」

「だから根本の理由であるお見舞いをやめさせる……?」

「うん。でも私だって無理やりそこに持っていったわけじゃないからね。高槻君がサッカー部に未練があるのを確認して、かつソラちゃんが高槻君にサッカーをやってほしいって思えることが条件」


 長岡さんの表情に申し訳なさは微塵もない。まるでそうなるのが当たり前と言わんばかりのもので。


 だけど俺の目にはそれが酷く歪に映った。


「でも最後にソラちゃんは寂しがったじゃないか」

「それはそうだけど、かと言ってその場しのぎのでっち上げでみんなのためになるの? 宮田くんの主張はサッカーをやりたいって思ってる高槻君のことは考慮に入ってる?」

「本当にずっと続けたいなら、部活終わりと休みの日に来るってだけで良いじゃないか。その場の判断で辞めるのを決めたんだ、操二の事情はソラちゃんのそれよりも軽いと見るべきだ」

「……じゃあどうしろって言うの。宮田くんが何か良い方法を見つけてくれるって言うの?」


 ジロっと。長岡さんと関わるようになって数ヶ月、俺は初めて敵意を向けられた。鋭い視線が俺へと刺さる。


「そうは言わないけど、それでも俺ならソラちゃんの本心に逆らう選択は取らない」

「違うよ」

「違うって、何が──」

「私と宮田くんは違うんだよ。大事にしているものが」


 大事にしているもの? それが今の話とどう関係している?


「私は解決を優先しているだけ。だってそれが私達のここにいる理由なんだし」

「……取り繕った言い方だね。要は問題の表面を整えるだけで中身のことはまるで考えていないじゃないか」

「逆じゃないの?」


 お互い段々と口調が乱れてくる。強い力で押せば強い力で押し返させるように、どんどん刺々しい雰囲気になっていって。


「宮田くんは本心を大事にし過ぎだと思うよ」

「そんなの当たり前だろ!!」


 思わず大きな声で怒鳴ってしまう。

 でも本心が大事なんて、心が見える俺達が一番よくわかっていることだろ?


「……だから! 宮田くんが思ってるより本心は重要じゃないんだって!! ……というかさ」


 熱くなった頭をふうと一息ついて冷やす長岡さん。俺も同じように息を吐いたけど、依然として落ち着ける気配は無い。


「これに関しては、本心がどうっていうよりもソラちゃんか独りになるのを見過ごせないだけでしょ?」

「っ……!!」

「ほら図星じゃん。宮田くんがそんな顔だと心読むまでもないよ」


 冷めた目で俺を見つめる。それはまるで自分には関係の無い遠くの人混みを見るような眼差しで、何の感情も篭っていないようだった。

 ……敵意に続いて、これもまた初めてだな。


「ねえ、宮田くん気付いてる? ソラちゃんのしようとしてることは、過去の宮田くんと似たようなことだって」


 言われて気付く。元友達に近付くなと言われて、言い換えると元友達のために・・・距離を置いた俺。操二が本当にしたいことを優先してもらうためにお見舞いに来るなと言ったソラちゃん。確かに同じ構造だ。


「ただそれは似てるんであって同じじゃない。少なくともソラちゃんの選択は相手のことを思ってやったことだからね。一人の時間であって独りじゃないお思うよ」

「……俺のは逃げただけ、か」

「そこまでは言わないけどさ」


 長岡さんはさっきと一転、少し申し訳なさそうな顔をしていた。

 ……そんな顔しないでよ。俺の過去を掘り返したってことに対してなら、それは要らない心配だ。


「私帰るよ。傘は……ごめんね」


 コツコツと靴音を立てて廊下を歩き出す長岡さん。

 そう言えば俺、ここに来るまでは長岡さんと相合傘してたんだっけ。ふと意識すると確かに雨音が聞こえてくる。音の少ないここでは鬱陶しい雑音でしかない。


 視界には華奢な身体の長岡さん。読むつもりのなかった心は、反射で俺の頭へ流れ込んできて。




(……悪いこと、言っちゃったかな)




 堪らず長岡さんから目を逸らす。自然と歯を食いしばった。そう本心・・で思わせてしまったことが何よりも悔しくて。


「……ごめん」


 勝手に漏れ出た謝罪は、恐らく廊下の先にいる長岡さんには届いていない。元より聞かせるつもりもなかった。

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